2-3 運も実力のうち!? クソデブキモハゲ豚野郎カマッセ、死す!?

「ぶ……ぶひぃ……ぶひ……」


 目を回してヨタヨタしているカマッセさん。僕は今度こそと、死角になる背中側から接近する。


「いけ! ベル君!!」

「もらったっ!!」


 ミライさんとの思いがひとつになった!

 カマッセさんの大きな背中に、僕の水の剣があたって決着!

 ――――とは、ならなかった。


 バフウッ!!

「わぷっ!?!?」


 眼に痛みを感じ、僕は顔をおさえる。

 ざらざらした感触でわかった。カマッセさんに、砂をかけられたのだ!


「剣と剣の決闘で――卑怯だぞカマッセ!!」


 ミライさんは激昂する。

 他の冒険者さん達も、カマッセさんにブーイングの嵐を浴びせる。


「正々堂々とした決闘じゃなかったのかよー!」

「見た目も中身も汚いわよ! セクハラ豚野郎ー!!」

「ぶひひ! こ、ここが実戦でも、同じ事が言えるのかブヒ!? ぶひぶひぶひひ!」


 カマッセさんは体制を立て直したようだ。僕はまだ、眼がぼんやりとしか見えていない。


「ぼぼぼ! 僕様の勝ち、なんだなああああああ!!!」

「ベル君! 避けるんだあっ!!」


 カマッセさんの鼻息が迫り、ミライさんの叫びが耳朶を打つ。

 誰もが僕の敗北を確信した、まさにその瞬間。


「ぶひひ――――ぶひ!? ぶひいっ!?」


 薄ら笑いをやめ、今度はカマッセさんが顔を覆う番だった。ようやく砂がとれたので、僕もカマッセさんよ顔をしっかりと見定める。

 カマッセさんの顔の上半分に、巨大な鳥さんのフンが貼りついていた。


「な、なにが起きたでぶぅっ!?」


 中型の鳥モンスターさんが、僕達の頭上を舞っていた。あのモンスターさんが落としたフンが、カマッセさんに直撃して、視界を防いだんだ。


「ギャハハハハ!! 天罰だぜ天罰!!」

「お似合いよカマッセ!!」


 あの、応援してくれる人達のガラが悪いんですが……ちょっと勇者パーティーの人達みたいだなあ。

 召使いのおじさん達は、手が出せなくてあわあわしてるし。


「ぶひ!! く、臭いんだな! は、張り付いて気持ち悪いんだな! 洗いたいんだなあ! み、水ぅ! だ、誰でもいいから、水をくれなんだなあ!」

「え? あ……どうぞ」


 僕は水魔法剣の先を、カマッセさんの顔に向ける。


 ぺちっ。

 バシャあああああ!!


「ぶぃい??っ。と、取れたんだなあ……そんじゃあ勝負の続きだぶひ!!」

「あ、いえ……決着です、カマッセ様……」

「ぶひ??? ぶひぶひぶひ???」


 審判のおじさんの申し訳なさそうな言葉に、カマッセさんは肩と同化した首を捻る。

『なにが起こったかわからない』と言いたげだ。


「アッハッハ!! 教えてやろうカマッセよ! アベル君の水魔法剣が、キミの顔面に触れたのだ!!」

「ぶ…………ぶぶぶうううっ!!!?」


 ミライさんは腕を組み、得意満点の笑顔だ。

 眩しいなあ。


「そ、そ、そ、そんなの卑怯ブヒ!! ズルいブヒ!!」

「え、ごめんなさい……水が欲しいって言ってたから、つい……」

「だめブヒだめブヒ!! やりなおし! やりなおし!!」


 駄々をこねるカマッセさん。

 ……うん。実力で勝ったわけじゃないから、やり直しでもいいんだけど……。

 しかしミライさんは、それを許さない。


「カマッセ、キミは先程こう言ったではないか。ここが実戦でも同じ事を言うのか――と!」

「ぶひ!??」


 ピシャリと指を突きつけるミライさん。

 カマッセさんは、盛大なブーメランを食らって目を白黒させている。


「実戦にやり直しなどない!!! この勝負、文句なくアベル君の勝ちだ!!」

「ぶ……ブッヒィィ???ッッッ!!!」


 ワッと拍手喝采の嵐が、四方八方から僕をうつ。


「すげえじゃねえかちっこいの! スカッとしたぜ!」

「カッコよかったわよ! ウチのぐうたらな主人よりもね!」

「あはは……」


 愛想笑いで手を振る僕。

 勝った。勝ったんだ!

 綺麗な勝ち方ではないけど、勝ったんだ!!


「おめでとう。そして、ありがとう、ベル君」

「ミライさん……」


 ミライさんは、軽くお辞儀をしていた。

 そうだ――これで僕は、ミライさんと正式にパーティーを組める。

 ここから、すべて始まるんだ!



「……んなの――認めないブヒぃいいぃいいいぃいいい!!!」

 ――どしんっ!!

「わあっ!?」


 僕は地面に転がった。カマッセさんに再び突進されたのだ。カマッセさんは、そのまま僕に馬乗りになる。


「ベル君ッ!!!」


 僕に駆け寄ろうとするミライさん。しかし、カマッセさんの使用人さん達が、複数でミライさんを羽交い締めにする。


「なっ――き、キミ達!! なんのつもりだ!? 離せ!!」

「ぶひゅ、ぶひひぃ……す、少しおとなしくしててね、み、み、ミライたん……!」


 カマッセさんは舌舐めずりをして、周りの冒険者さん達に向かって叫ぶ。


「お、お、お前達も邪魔するなよブヒ!! ぼ、僕様のジャマしたら、ベイブ家が全力でお前らを潰してやるんだなあ!!」

「「「!!!」」」


 ベイブ家――確か、どこかの王様の血族だって話だ。そんなものに狙われては、冒険者さんの首なんて簡単に飛ばされてしまう。

 カマッセさんに野次を飛ばしていた冒険者さん達は顔面蒼白になり、サッと目を逸らした。


「ぶひひひひぃいい……お、おしおきタイムなんだなぁ!!」


 カマッセさんは、お腹のポケットから、ぎらりと光る短剣を取り出す。万が一のために、隠し持っていたのだろう。


「やめろカマッセ!!? なにをする気だ!!?」

「み、ミライたんは、こ、このチビの顔がいいから、惑わされているんだな! か、顔をグシャグシャにしてやれば、こんなやつ嫌いになるはずなんだな!!」


 ミライさんの顔から血の気が引く。


「くそっ、くそっ……ベル君!! 逃げろ!! 身をよじって逃げるんだあっ!!」

「は、はい…………うぐううっ……!!」

「む、むむ、無理に決まってるんだなあ!! ぼ、僕様の体重は、140キロなんだなあ!! ぶっひゃっひゃっ!!」


 大声で品のない笑い声をあげるカマッセさん。

 僕の眼前に、短刀の刃先が迫る。

 ほ、本気で刺すつもりなのか!?


「やめるんだカマッセ!! やめてくれ!!」

「や、やめて欲しかったら、僕様と、結婚を前提にパーティーを組むと、や、約束するんだなあ! ブヒブヒブヒ!!」

「そ、そんなっ――!?」

「い、嫌なら、このチビを、痛い目にあわせるんだなあ……!!」


 なんて事を言い出すんだ!?

 ミライさんの表情が、絶望の色に染まる。


 ……僕のせいで……

 このままじゃ、ミライさんが、僕のせいで……!!


「……さ~ん……に~~い……いぃ~~~ち……」

「わ、わかった! カマッセ、キミとパーティーを組――」


 ミライさんが、そう口にしかけたときだった。




「カマッセ様あああああああっ!!! ここにカマッセ様は来て居らっしゃるかあああああああ!!?」



「ブヒ!?」


 叫び声にも似た、大声が轟いた。

 皺の深い白髪のおじさんが、冒険者さん達をかき分けて、広場の中央に走ってくる。


「ブヒブヒ!! し、執事長!! い、いいい、今いいところなんだから、ど、どっかいってるんだなあ!!」


 ああ、カマッセさん家の執事長さんか。

 他の使用人さん達も、彼に向かってお辞儀してるし。


「カマッセ様!! 何をしておられるのです!!?」

「お、お、お前に口出しされたくないんだなあ!! し、執事の分際で……弁えろなんだな!! 名家の僕様が何をしようが!お前には――」

「とにかく!! 急ぎ、お屋敷にお戻りください!!!」

「ブヒ?」


 執事長さんは、尋常ではない様子だ。息を切らし、血相はミライさんと同じくらい蒼ざめていた。

 その理由は、すぐに彼自身の口から明かされた。


「――お、お、お母上様が、木組みのバルコニーから転落して――助けようとしたお父上様も、崖下にーー!!」

「――!? ぶ、ぶひ!? なにをわけのわからないことを……?? パパ上とママ上が……???」

「ともかく、急ぎ馬車にお乗りくださいッッッ!!!」

「わ……わかったぶ!!」


 今度は、カマッセさんが蒼くなる番だった。

 執事長さんの言葉を聞いたカマッセさんは、短剣を放り投げて立ち上がる。そして執事長さんの後を追って、大急ぎで馬車に乗り込んだ。


「ハイヤーッ!!」


 観戦に来ていた使用人さん達が全員乗り込むと、馬車は猛スピードで走り去っていった。


 あとには、土埃と、ぽかんと口を開けた僕と、ミライさんと、冒険者さん達が取り残された。

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