1-3 ラッキースキル発動中!? おねショタ・イン・ザ・ベッド!

 アルマーチ街の宿屋さん。


「――驚いたよベル君。まさか数十分程度で街に辿り着けるなんて」

「え、えへへ」


 その後、僕とミライさんは野盗さんや魔獣さんに襲われる事なく、最も近い街に真っ直ぐと来る事ができた。

 夜の闇の中だったが、幸運値ステータスのおかげで一度も迷うことは無かった。


「私がひとりで歩いていたら3日は掛かっていただろう」


 それは流石に盛りすぎじゃなかな?

 朝になれば、遠目でも街の方向はわかるだろうし。


「幸運値9999999か。運というのも、なかなか侮れないな!」

「そう言ってもらえると光栄です」


 街まで円滑に先導するために、ミライさんには幸運ステータスの事を話した。そうでなければ、僕に道案内などさせてくれないと思ったからだ。


「アッハッハ! これでは本当に私がおもりしてもらったようなものだ!」

「いえ、ミライお姉さんが一緒に居てくれて、心強かったです!」


 僕は本心を口にする。

 仲間だと思っていた人達に捨てられたばかりで、心細かったのだ。ミライさんと出会っていなければ、この足取りも重かったことだろう。


「キミはいい子だよ。よしよし」

「ふわぁっ…」


 クマ耳を撫でられた。

 少しくすぐったいな。


「まだ宿も決まっていないのだろう? 夜も遅いし、今夜はこの宿屋に泊まるとしようか!」

「あ、その。でも僕、今、無一文でして…」

「なあに、ミライお姉さんに任せなさい! 宿代くらいは出してあげよう!」

「そんな、悪いです! …あの、ギルドさんで稼いだら返しますから!」


 そう言ってミライさんに続き、宿屋さんの入り口を潜り抜けたときだった。


「「「おめでとうございます!!」」」

 ちりん、ころんっ。


 僕達を迎えたのは、祝福の拍手と、ベルの音だった。

 僕とミライさんが呆気にとられている間に、受付係らしいお姉さんが僕の手を取る。


「そちらのお客様はこの宿屋に訪れた10000人目のお客様になります! 一部屋の宿代と、朝の食事代をサービスさせていただきまーす!」

「す、凄いな…ベル君…」

「あはは、こういう事、よくあるんですよ」

「よ、よくあることなのかい!?」


 少しヒいてるミライさん。

 この人でも動揺する事ってあるんだ。


「アッハッハ、少し残念だが、私が貸す必要は無くなってしまったな!」

「いえ、お気持ちだけで、とっても嬉しいですから!」

「私は自分の宿代を払うとするよ」


 どうやらここの宿屋さんは料金先払いらしい。先に入ったのはミライさんなので、僕の前に受付を済ませようと、懐から財布を取り出すミライさん。


 ちゃりんっ☆

 机の上に銅硬貨が一枚落とされる。


 ……ん?

 今、ミライさんが財布を開く前に音がしたような…?


「………………。」


 慌てて財布を開き、固まっているミライさん。


「どうかされましたか?」

「ああ、いや。財布に穴が開いていたようでな、ホラ…」

「どれどれ――うわ、本当ですね」


 ミライさんの財布の底から、宿屋さんの床が見える。

 当然ながら、中に硬貨は一枚も入っていない。すべて溢れてしまったのだろう。


「盗賊団と一戦交えたときに、破れてしまったのだろう」

「盗賊団さんとは一戦交えてませんよね…?」

「先日新調したばかりだったのだが…不良品だったのだろうか」

「ふ、不運ですね…」

「アッハッハ! よくあるんだよ」

「よ、よくあることなんですか!?」


 この展開は予想できなかった。

 受付係さんはニコニコと残りの硬貨が出てくるのを待っている。銅貨一枚で泊まれる宿屋さんなどありはしない。


「ふう。仕方ない、か」


 ミライさんは銅貨を財布に入れて、鎧の中にしまう。銅貨はちゃりんちゃりんと音を立てて、床の隙間から落ちていった。


「あっ……。私は別の宿を探すとしよう」

「え!? でもミライお姉さん、たった今、無一文になりましたよね!?」

「アッハッハ! 無一文でも泊まれる宿屋はあるさ。…たぶんな!」


 明るく笑い、扉を開けるミライさん。


 ザー……ザー……。


 いつのまにか雨が降り出していたみたいだ。

 とことんついてないな、このお姉さん。


「雨、か……雨がなければ作物は育たない! うむ! 天の恵みに感謝だな!」

「あの、ミライさん!!」

「ミライお姉、いや、もういいか。――ベル君。達者でな」

「一緒に寝ましょう!」

「そうだな、一緒に…………えっ??」


 ミライさんが驚いて振り返る。

 というか、宿中が静まり返って、注目されているような……。

 僕はおずおずと受付係さんの方を見る。


「えっと、その、一部屋に二人泊まっても構いませんか?」

「いえいえ、ベッドはひとつしかご用意できませんが構いませんか?」

「構いません、ありがとうございますっ!」

「ごちそうさまです」


 え、何が?

 鉄面皮の受付係さんの表情が、心なしかイキイキと輝いて見える。

 ミライさんは挙動不審にドアの外にちらちらと目をやっている。


「き、気持ちはありがたいが、しかし同じ部屋に未婚の男女がというのはだな…」

「あ、ぼ、僕! 一人だと怖くて夜寝れなくて! ミライさんが一緒に寝てくれないと困るんですっ!」

「うぐっ…!! うむむむむ……」


 捨てられた仔犬さんのように目を潤ませて、ミライさんを引き留める。…実際、捨てられたんだけど。


「そ、そういう事なら仕方あるまい。ベル君! 一晩だけ、お邪魔させて貰うよ」

「は、はいっ!」



 ――――

 ――



「じゃっ、おやすみベル君」

「ちょっ、ま、待ってください!」


 宿屋さんの一室にて、僕はミライさんと格闘していた。

 ミライさんは鎧を脱ぎ、薄着で冷たい床に転がっている。このまま寝ては、体調を崩してしまうかもしれない。


「駄目ですよ女性の方が床で寝るなんて! 僕がそこで寝ますから、ミライさんはベッド使ってください!」

「ベル君が得た報酬を私が横取りするわけにはいかないだろう流石に!」

「じゃあやっぱり同じベッドで寝ましょうよ! 僕、他の人と一緒じゃないと寝れなくて…」

「………………。」


 さっきと同じ手を使うが、ミライさんは黙り込んでしまう。

 流石にしつこかったかな?

 けど、ミライさんには、冷えた床で寝て欲しくないし。


「――よし、じゃあ一緒に寝ようか!」


 あれ?

 今まで渋っていたのが嘘のように、ミライさんはすっと立ち上がると、ベッドのフチに腰掛ける。


「その代わり聞かせてくれるかな。…ベル君がどうして、あんな時間に、あんな所にひとりでいたのか」

「えっ…」


 ミライさんは、さっきまで見せた事の無いような、真剣な目をしていた。


「ベル君は聡明な子だ。それが碌な装備も持たずに、夜に魔族の出る森に近づくなど、なにか悪い事に巻き込まれているのではないかと思ってな」

「そ、それは…えと…」

「私でよければ、相談に乗らせてくれないか? 気を悪くしたのなら、すまない。思い出したくないことも――」

「いえっ! 僕、話しますっ!」


 興味本位では無い。ミライさんは、こんな僕を本気で心配してくれているのだ。

 それに、この胸の内の仄黒くズキズキしたものを、誰かに聞いて欲しかったというのも、嘘ではない。


 僕はこれまであった事を、ぽつり、ぽつりと話し始めた。



 二年間、勇者パーティーのメンバーとして旅をしてきた事。

 自分なりに頑張っていたが、どうやらメンバーの足枷になっていたらしい事。

 ついに見捨てられ、ひとりぼっちになってしまった事。


 ミライさんは、ときに頷き、ときに怒り、真摯に僕の身の上話を聞いてくれた。


「…辛かったろうな」


 いつの間にか赤くなっていた目元を袖で隠すと、ミライさんはそっと僕を抱き寄せる。


「こんないたいけな少年を、装備も取り上げて森に放置するなど不届きな奴らだ! それも2年間、共に旅してきた仲間を! なにが勇者なものか!」

「でも、仕方ないんです。僕が役立たずだから…」

「自分を卑下するのはよせ。私はキミがいなければ、今頃、夜の雨に打たれていただろう」

「ミライさん……ぐすっ」


 暖かい言葉に、僕は込み上げてくる涙をこらえる。

 それから、ミライさんに背中をぽんぽんとマッサージされているうちに、僕の意識は薄れていった。


「おやすみ、ベル君」

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