1-2 出会いは突然に!? 見習い女騎士ミライ登場!

「…すっかり暗くなっちゃった…」


 僕が森を抜けたのは、夜になってからだった。

 不吉な道を避け、かつ最短ルートで歩いてきたはずなんだけど、やっぱり体力ないなあ。


「これからどうしようかな」


 お金もない。武器も防具もない。仲間も居ない。

 幸運値9999999が聞いて呆れる、と、少し自虐してみたりもする。


「ううう、ぐすっ、ぐすん」


 情けなくて流れてくる涙を啜り上げる。

 2年間、ボクなりに頑張ってきたつもりだったのに。

 こんなに簡単に棄てられるなんて。


「…ちーん。仕方ない、街へ行こう」


 このままここで泣いていても何も変わらない。

 街の方向はわからないが、僕は幸運値9999999だ。直感に従って歩を進めれば、悪い事にはならない。ずっとそうやって生きてきたんだ。

 袖で涙を拭って、右足を踏み出したときだった。


「ひぃっひっひっひっ! オイそこのガキ!」

「ひえっ!?」


 草むらから、生キズの多い浅黒いおじさんが20人ばかり飛び出してきた。僕はあっという間に、おじさん達の集団に取り囲まれてしまった。


「ぼ、僕になにかご用ですか?」

「なんでもいい、有り金全部置いて行きな!」

「俺たちゃ泣く子ももっと泣く、ウミガメ盗賊団だぜ!!」

(海亀さん!? 平野なのに!?)


 泣きっ面に盗賊団。

 森を抜けてくる冒険者さんを狙っているのだろう。

 皆、怖そうな顔で舌なめずりをしている。


「お、お金は1円も持ってません! ごめんなさい…」

「そんなわけねえだろ! 身ぐるみひっぺがしてやる!」

「親分、コイツ黒熊の獣人ですぜ!」

「へへ、珍獣じゃねえか…カワイイ顔してるし、奴隷商に高値で売れるぜきっと」

「ち、近づかないでくださいっ!」


 牙をむき出しにしたおじさん達の輪が、じりじりと狭まってくる。欲望にまみれた手が、僕を掴もうとする。


「ひぃっひひひひひひひひ!!!」

「ぎゃははははははははは!!!」

「だ、駄目です…………!」


 ――そのときだった。



「その薄汚い手を離せ! 盗賊ども!!」


 夜の闇に、高らかな声が響き渡った。


「だっ、誰だ!!」

「まだ触ってねえよ!!」


 盗賊さん達は動きを止め、声のした方を見る。

 ボクもつられて、怯えた顔をそちらに向ける。


「私の名は見習い騎士ミライ。いずれこの王国一の騎士になるため、ひとり修行の旅をしている者だ」


 銀色の剣を携え、銀色の鎧を着た、長い銀髪サイドテールのお姉さんが。

 少し離れた岩の上で、満月をバックにカッコイイポーズで立っていた。


「私は18年前、マズシー村の農家の家で生まれた。幼き頃に母上を不幸で無くし、それから父上は男手ひとつで私を育ててくれたのだ。しかし小さい村でな、同性の友達があまりできなかった」


「おいガキ! テメエの仲間か!?」

「む、無関係です!!」


 盗賊団のおじさんの言葉に、僕は全力で首を左右に振る。女騎士見習いのミライさんは、夜空の星より目を輝かせながら語り続ける。


「私は村の少年達に混じって剣の修行に明け暮れていた。――あるとき村を襲った魔物の群れを追い払った駐屯騎士団の剣さばきを見た私は、そうだ、私も女騎士になろうと決意を固めたのだ」

「いつまで喋ってやがる!!」

「まだ十分の一だ!!!!」


 まだ十分の一なのかあ。


「構わねえ!! ヤっちまえええええ!!」

「親分に続けえええ!!!」


 頭に血がのぼった盗賊団さん達は、ギラついた剣を振りかぶり、ミライさんに向かって走り出す。


「まだ名乗りの途中なんだがな――――よかろう、相手になってやる。だが女の騎士見習いと侮った事を後悔するなよ? 私の剣さばきは、並の男が10人束になっても敵わない程と父上から評された程だ。恥をかきたくなければ降参するがいい。そう、あれは五年前――」

「死ねやあああああああ!!」


 ミライさんが喋っている間に、盗賊団のおじさんのひとりが剣の間合いまで接近していた。上段に振りかぶった重い剣を、ミライさん向けて振り下ろす。


「あ、危ない――ッ!!」

 つるん――ごちんっ☆



「………………ん? あれ??」


 拍子の抜けた声を出すミライさん。

 剣を振り下ろそうとしたおじさんは、ミライさんの足元に転がっていた。


 泥を踏んで転んでしまい、転んだ拍子に、自分の剣で目を貫いてしまったのだ。倒れたおじさんの後頭部から剣先が突き出ている。どくどくと真っ赤な水溜りに、盗賊さん達は動揺する。


「お、親分!!? 親分――!!」

「くそが! 覚えてやがれ!!」


 ピクリとも動かなくなった男を抱えて、盗賊さん達は夜の闇に消えていった。

 決着だ。


「なんだったんだ、今のは」


 ミライさんは剣を鞘に戻す。

 いきなり襲いかかってきた相手が、勝手に転んで致命傷を負い、逃げ去っていったともあれば、こうも言いたくなるだろう。僕だってそうだ。


「まあいいか。少年君、危ないところだったな!」

「は、はい! ありがとうございます!」


 差し出されたミライさんの手を握り、ボクはペコリとお辞儀をする。ミライさんの手は、力強く、そして、暖かかった。

 遠目だとちょっと変な人だなと思ったが、近くで見ると、すごく美人さんだ。

 僕は頬を赤くする。


「私の名は見習い騎士ミライ。いずれこの王国一の騎士になるため、ひとり修行の旅をしている者だ。私は18年前、マズシー村の農家の家で生まれた。幼き頃に母上を不幸で無くし――」

「ぼ、僕はアベル・ダービーと言います! ミライさんが来てくれて本当に助かりましたっ!!」

「――ム? そうか、うむ」


 ミライさんの自己紹介が始まりそうだったので、慌てて割り込む。助けてくれたのはありがたいが、もう時間も遅いし、長引くのは勘弁だ。

 少しだけ残念そうなミライさんの顔に、僕は罪悪感を覚える。


「このご恩、決して忘れません。じゃあ、またどこかで――」

「待ちたまえ。キミみたいな幼い少年がこんな夜中にひとりで出歩いては危険だ」

「幼くなんてないですよ! こう見えてもう13歳です! 立派に成人してるんですからね!」

「アッハッハ! すまないすまない、てっきり8歳くらいかと!!」

「むうぅっ!」


 ぺこぺこと平謝りをするミライさん。

 僕も彼女が作る空気につられて、少し頬を膨らましてしまった。相手、恩人さんなのに。


「じゃあこうしよう! 君を救ってあげたお礼に、この私を街まで護衛してくれないかなベル君!」

「えっ!? …ベル君…!? えっ!?」

「文句は無いだろう? なにせキミは私に借りがあるんだからね」


 ああ。

 この女性ひとは、本当に良い人だ。

 僕が負い目を感じないように、そして自然な流れで護衛を受け入れられるように、言葉を選んでくれているのだ。


 ここまで言われてしまっては、断れない。


「わかりました。じゃあ、その、よろしくお願いします、ミライさんっ!」

「アッハッハ! ミライお姉さんでいいぞベル君!」

「はい! …え? あ、はい。ミライさ」

「ミライお姉さん」

「…は、はい。ミライお姉さん」


 ちょっと強引なところあるな、ミライさん。

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