9/30(水) 部田凛々子①
とうとう文化祭を翌日に控えた。
門の修復も、多くの人の手伝いで完了し、体育館の清掃や復旧だって間に合った。
ゴンドラは危険と見なされ、後日になるが取り外す工事が入ることになった。
星が見える時間にも関わらず、まだ準備をしているところもある。校内の明かりが消えるのはもう少しあとだろう。
最後の仕事を終えた俺は凛々姉と一緒に、室内の閉鎖感から解放されようと屋上に出て風を感じていた。
もうやれることはやり切った。あとは本番を待つだけなのだ。
「とうとう明日かー」
「うん。とうとうここまで来た」
凛々姉は目を細めながら、気持ちよさそうにぐっと背伸びをした。
晴れやかで、希望に満ちて、少し寂しそうでもあった。
「とはいえ、明日もやってもらうこと多いから。気を抜かないように」
「もう凛々姉の無茶振りにも慣れてるんで、あんまり驚くことない気がするわ」
二人でくすくすと笑う。
たとえ本番でなにかトラブルがあったとしても瑣末なものだろう。あとで笑って話のネタにでもしてもらえばいい。
「……落ち着いたら改めてあんたに謝ろうと思ってたの」
真面目なトーンだけど、雰囲気は重くない。
「あなたはあたしのことをずっと考えてくれたのに、あたしは全然あなたのことを大事にしていなくてごめんなさい。いくら謝っても感謝しても、あなたに返し切れる気がしない」
「いいんだよ。俺こそ凛々姉のことを本当に思うなら、5月のあのとき、無視すればよかったんだから」
凛々姉と偶然ぶつかったとき。
「でも3年ぶりに変わらずに名前を呼ばれてさ、俺、嬉しくて嬉しくて天に舞い上がるような気分だったんだよ」
……大好きだった人だから。
残酷な結末を恨んだこともあった。
でも、どこに恨みをぶつければいいのかわからなくて、もやもやした気持ちは浄化することなく、ただ、日々を費やすことでうやむやに薄まっていっただけだった。
あの未消化すぎる
「……本当におばかね。こんなあたしのことなんて、放っておけばいいのに。過去とはいえ、好きだった、なんて……」
「好きになるのは俺の勝手だろ! 好きな子の悪口言うなよ〜! ぶーぶー!」
「でも、納得できない。あんな振り回すだけ振り回したあたしを、好きになる理由がわからない。今回だって愛想尽かすタイミングは何度もあった……でしょ?」
「だから、そういうのって理屈で考えることじゃないんだって!」
過去のことだとはいえ、あんまりそういうの言及されると恥ずかしいんですけど!
でも、手すりの上に置いた腕に顔をうずめて拗ねてる凛々姉を見ていると、まあ今日くらいは、話してしまってもいいかと思ってしまった。
「……そりゃ毎回毎回、最悪だって思いながら付き合ってるけど」
「そんなに!? せいぜい4回に1度くらいかなと……」
「……いやマジで取らないで」
つか4回に1度とか思ってたんかい。
うろたえている凛々姉がちょっとウケた。
「小学生のころ、俺、おとなしいし女みたいな名前だしで、オトコオンナって言われて。それに音和と一緒にいたから男友だちも少なかった。でもあのころ、凛々姉って地区のボスだったじゃん? しかも小5の女子がだよ。すごいなーと思ってたんだ」
隣からうめき声が聞こえてきた。
強いって言われるのは恥ずかしいって、中学のときも言ってたしな。
さっさと本題に入るとしよう。
「近所のメンツで虫取りに行くってとき、俺と音和はショボいからって仲間はずれにされたんだよ。でも凛々姉は誘ってくれた。『オトコオンナが遊んじゃいけないなら、年下の女にも勝てないあんたたちは? あたしに勝ってからいきがれば?』ってね。覚えてる? それから男子とも仲良くなったんだよねー」
俺たちなんかを助けたって、凛々姉にはなんの得もなかった。
だけど彼女は損得なんて関係なく、誰にも左右されない。自分の美学だけで動いているところがすごいと思ったんだよ。小学校のとき、そんな屈強なやついなかったから。
だから、凛々姉が誰かにとっては恐怖の対象だったとしても、救われた俺にとっては、確実にヒーローだったんだ。
「もともとそういう恩があるからっていうのもだけど。やっぱ、好きだった子が困っていたら、どうしても助けたいよ」
……暗闇だから良かった。電気の下では絶対無理だった、こんな話。
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