9/29(火) 部田凛々子⑧

 ステージの下に設置されていたマイクを凛々姉が取った。

 音響係は一瞬驚いていたけれど、理解したとばかりにアンプをつないだ。

 キーンとハウリングがして、体育館に残っていた生徒たちが一斉に前に注目する。

 凛々姉が息を吸った。



「虎蛇会の部田凛々子とりたりりこです。

 創立以来、一番の文化祭にしたいと思ってこれまでやってきました。

 テクニックや見栄えよりも、最後に全員が笑えることが

 より良いゴールだと信じて、運営しています。

 そのためにみなさんにお願いがあります。

 どうか、私に力を貸してくれないでしょうか」



 帰ろうとしていた生徒たちが立ち止まる。

 生徒会の3人も玄関先で振り返った。



「まず壊れた設備は優先的にリペアを。そのための資金は、余った予算で十分まかなえます。……私に嫌味を言われながらも、頑張って切り詰めてくれた全校生徒のみんなに、感謝しないとですね」



 ざわめきが大きくなる。



「そこで、みなさんに、どうか私たちに加わって欲しいんです!

 私は、ひとりでなんでもできると思っていました。

 でも、それは間違いだった。結局周りの人が支えてくれてたのに、できると勘違いしていただけ。

 でも今は、たくさんの人の支えがあるおかげで、こうやって前に立たせてもらえていることに感謝しています。

 正直、入場門も壊れたし、お金が足りてもマンパワー的には最大のピンチ。

 だけど一人じゃ無理なことでも、誰かと力を合わせれば必ず大きな力になります。

 そのひとりをここにいるあなたに。そして、今教室で手の空いている人にもお願いしたいんです。

 どうか不可能を可能にするために、みんなの手を貸してください!」



 深く、みんなの前で頭を下げた。


 凛々姉が頭を上げると、生徒たちのざわめきが歓声と拍手に変わった。



「なんだよ、むかついたけどどーにかなるならよかったな! よっしゃ、野球部集合ー!!」

 と、野球部のキャプテン。


「体育館の装飾手伝いますっ。舞台ももっと映える見せ方にしましょー!」

 と、アイドルJK。


「楽しかったですねえ、犯人探し。次は材料最安値も検索してアポ入れまでやりますよ」

 と、音和セキュリティーグループの山下くん。


「んじゃ俺、買い出し行くわ」

 と、野中。


「あたしたちも手伝うよ、穂積!」

 と、1年ギャルズ。


「僕は各所への情報伝達ですかねえ」

 と、カメラの宮下くん。


「しかたねーな、俺のペイントアートを入場門でも爆発させっか。お前らサボってたんだろ、一緒に手伝え」

「う、うん!」

 と、赤髪男子と委員会男子2人。


「僕たちはダメじゃない。それを部田さんに教えてもらった!」

「うおーー!!」

 と、文化祭実行委員会男子たち。


「あたしたちも、今は話し合いじゃなくこちらに手を貸すべきね」

「同感です」

「手の空いている者を呼んできますね!」

 と、吉崎いのと八代と鈴見。


 ありえない活気が、体育館に溢れていた。



 各々がせわしく動き出す。その光景に何度も目をまばたかせながらも、静かに凛々姉は周りを見回した。

 どんどん人がはけて、正面にいた俺と視線がぶつかる。


 俺と凛々姉はある程度の距離を取って向かい合っていた。



「気になって調べたんだけど、白鳥が水の中で必死にバタ足してるの、ガセなんだって」


「どうしたの、今さらなことを」


「げ、知ってたのかよ……。人一倍努力家だけど一切見せずに、凛として、気高く、孤高で。凛々姉っぽいじゃん!と思ってたらこのざまだよ」


「それならあたしはスワンボートにでもなろうかしら」


「急にコミカル! それでいいの!?」


「もういいのよ。それに……これからはあなたたちが、一緒に漕いでくれるでしょ?」



 ご都合主義? なんとでも好きに言いやがれ。

 毎度ヒロインらしからぬ悪い笑みを浮かべる凛々姉。

 そんなうちの愛すべき魔王の声が、みんなに届いたこの瞬間があったことだけは、確かなのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る