9/29(火) 部田凛々子⑦

 生徒会が立ち去るのを見て、舌打ちして有志軍団も人の壁に突っ込んで行った。

 体育館もお開きな空気が流れ、生徒たちのざわめきが広がる。



「壊れた入場ゲートどうするんだろ」「あと1日しかないのに復旧できるの?」「ゴンドラもただのゴミになったなー」「文化祭もうダメじゃね……?」



 けれどみんなの言う通り、文化祭準備に関してはまだ解決してないことが多い。

 入場ゲートなんか大破と言える惨状……。予算ギリギリで進めていた準備、資材を買い直す資金も絶望的だ。

 生徒たちの不安は膨らむ。



「かいちょ、大丈夫?」



 音和が茫然自失としていた凛々姉を案じるように声をかけた。

 凛々姉はこくりと頷き、弱々しく笑う。



「ええ、ありがとう。……でもあなたたち、いつの間にこんなに調べてたの。驚いた」

「えへへ。カッコよかった? かいちょーのマネだよ」

「……あたしの?」

「うん! かいちょーはいつもダメな人にはダメって、カッコよく成敗するから!」



 こくこくと頷く音和に、凛々姉は苦笑いをしながら、とんでもないとばかりに首を横に振る。



「かいちょーがね、『支えて』って言ってくれてうれしかったよ。これからもひとりで抱えずに、みんなを頼ってね!」

「あ……」



 音和の無邪気な笑顔の向こう側に、虎蛇会みんなの姿が見えた。

 頷いたり、手を振ったり微笑んだりと、個性的で愉快な面々が凛々姉を待っている。



「……でもあたしは、結局なにもしていないよ。頑張ったのはみんなだったから」



 どうしたらいいのかわからない様子で、凛々姉は肩を落としていた。



「おーそんなことないぞ、部田ー!」



 野太くてよく通る声の主は、体育教師だった。人の山をかきわけて、ずんずんと前に出てくる。



「ゴンドラを誰よりも先に調べてくれたのもお前だったしな! それに夏休み前から商店街の人々と交流して、文化祭準備に必要な資材の流通ルートを作ってくれていたとも聞いてるぞ」



 この前、野中が段ボールを取りに行ってたスーパーもそのひとつなのだろう。野中も気づいたみたいで、「あー」と口を開けていた。



「有志ステージの機材費を誰も自己負担しないで済んだのも、部田の節約のおかげだそうだな。部田、見えるところでの活躍が全てじゃないんだよ。君が文化祭実行委員会の会長をしてくれたおかげで、例年よりもはるかにスムーズにことが動いている。それに、おーい!」



 体育教師が振り向いて、体育館の壁際に立っていた二人の男子を呼びつけた。



「お前らぁ、ちゃんと謝れよ」

「……ご迷惑をかけてすみませんでした」



 文化祭委員会の男子じゃん。

 あれ、もしかして……。



「会長、忙しいのに。大雨の中、家に話しに来てくれてうれしかったです。責めずにずっと俺の話ばっかり聞いてくれて……」

「俺もっす! こんなに話を聞いてくれた人は初めてでした。俺のメン弱メンタルのせいなのに、先輩のせいにしてすみません。みなさんもごめんなさい! 許してもらえるのなら今からでも、できることをさせてください!」



 昨日の昨日で、すぐに飛んだやつらに話しに行ったのか。知らなかった……。自分だってかなり憔悴していたのに。

 凛々姉を見ると、ほっとしたように彼らを見つめた。



「許すもなにも。あんたたちのことサポートするって約束したから」



 男子二人は再び、同時に頭を下げた。



「あのっ、あたしたちも部田さんにお礼が言いたくて」



 振り返ると、申し訳なさそうにアイドルJKたちが揃っていた。



「電話をかけてきた人をSNSで特定して、事務所に報告してくれたって聞いてます。おかげで対応ができました。……あのときは強く当たってしまってごめんなさい。ありがとうございました!」



 ぺこりときれいに4人揃って頭を下げる。



「そんな、当然のことで……」

「おいおい謙遜するな! 文化祭期待しているよ、!」



 わははと体育教師が豪快に笑う。



「かいちょがいなくなったら無理無理!」

「部田さんの制裁はいつも痛快ですよ♡」

「会長、ついていきますよー!」

「かいちょーは、無敵」



 虎蛇のみんなにも駆け寄られて、凛々姉の目には涙が浮かんでいた。

 とりあえずは、大団円……か。まだまだ問題は山積みっつか、むしろ状況は絶望的だけどな。

 ほわほわキャッキャしている女子たちから視線をずらすと、ゴンドラと入場ゲートの残骸が存在感をこれでもかと主張しながら転がっている。はは……どうするかな、あれ。



「んじゃ体育館片付けたら、入場ゲートの代わりにペーパーフラワー作るとかさ。虎蛇に帰ってみんなで代案考えようぜえ」



 苦笑いしながら女子たちの中に入って行くと、凛々姉が俺の顔をじっと見つめた。



「……なに?」

「その通りだなと思って」

「危機感ねえな」

「あはは。自分にできないことはもう諦める。できることをするよ」



 凛々姉は俺の肩をぽんっと叩くと、そのまま虎蛇会の輪を抜けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る