9/29(火) 部田凛々子⑥

 しかし吉崎は黙ったままだった。


 おいおい。さっきあれだけ、学校のためにって笑ってたのに。あれ全部、嘘だったのかよ……。

 ちょっとだけ見直したと思ったら、結局こうなのかよ。

 痛む胸を押さえて呼吸を正す。悔しさにまかせて問いただしたいけれど、ひとまず冷静になろうと努める。


 ああーーー、辛いなあ。もう、誰も裏切らないでくれよ。

 裏切るほど嫌いなら、関わらないでそっとしておいてくれよ。

 凛々姉の痛が少しわかった気がする。誰かに気持ちが入ると、脳みそバグるわ……。



「……私に弁解させてください」



 ついと吉崎をかばうように前に出てきたのは、生徒会副会長の八代だった。



「今回の虎蛇会への妨害行為について。全て生徒会の行動だったと認めます」

「八代?」



 吉崎は困惑した表情で八代を見上げる。



「申し訳ありません、会長。……全て僕が独断で指示をしていました」

「っ……!?」



 吉崎の顔色が絶望に染まる。



「それはあなたが文化祭実行委員会を疎ましいのだと思い、排除しようという僕の判断です。でも本日、会長が文化祭実行委員会を嫌ってはいないという話を聞いていて驚きました。あなたは真に学校のことを考えていらっしゃったのですね……。僕はあなたのことを一番に理解していると思っていましたが、どうやらそうではなかった。それが本当に遺憾でなりません。全責任を取って、生徒会副会長を……辞任いたします」



 八代は罪を一人でかぶっているのか? それとも、本当のことなのか……?

 吉崎……っ!



 パンッと乾いた音が響き、メガネが宙を飛ぶ。

 八代は頬を押さえることもなく、打たれたままになっていた。



「なに、言ってるの……。これは、生徒会全体の責任です。とうの昔に、あなたが生徒会をやめれば済む話ではなくなってるのよ?」



 吉崎の口調は力強い。けれど、最後は涙声になってかすれた。



「あたしの軽率な行動が、あなたたちを追い込んでしまったのね。本当にごめんなさい……」

「謝らないでください……」



 いつも堂々として自信ありげな八代の、生徒会長にだけ見せる顔を見てしまった気がした。

 吉崎は目を閉じて頭を横に振り、こらえるように口を一文字に結ぶ。そして意を決したように凛々姉を正面に、頭を下げた。



「うちが迷惑をかけてごめんなさい。あたし、あなたとやり合うの、嫌いじゃなかった……」



 凛々姉は吉崎が頭を上げるまで静かに見守ってから、いつもの強気の顔を作った。



「あたしもあんたの単純なところ、嫌いじゃないわ」

「……まったく最後まで減らず口なのね。……今後の生徒会については、これから話し合い、結果を報告します」



 そして吉崎はぼそりとこぼした。



「もし解散しても、いち同級生として、話してあげてもいいわよ」

「……今くらい静かならね。うるさいのは苦手なの。うちのメンバーたちだけで手一杯だから」



 吉崎は口元だけで力なく笑うと、八代の腕を引いて観衆の中に突っ込んだ。

 鈴見も慌ててそのあとを追う。



「おい鈴見」

「なんだ」



 俺の呼びかけに、眉を寄せて振り返る。



「達者でな……」

「……武士じゃねえよ」



 生徒会とももうこれで、話すこともなくなったのかもしれない。

 むかつくことばかりだったけど、これはこれで寂しい気がした。

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