9/30(水) 部田凛々子②

「ねえもしかして。応援演説で決めていた原稿を読まなかったのも、わざとだったりするの?」

「え、よく覚えてますねえ……」

「いやあたし記憶力はわりといい方だし。なんなら一言一句言える」

「なんでだよ!」



 やっべえ、一番恥ずかしいやつだぞ。



「元の原稿を持ってきたとき、苦手って言ってた割にはちゃんと書かれていて直すところなかったし。変だなと思ってたのよ」

「あーーーーー」



 そんな目をギンッ!と開いて、こっち見ないでください。

 いつのまにか攻防が形勢逆転しているな……。まったくなんなんだよ、今日は厄日かよ。

 納得しないと帰してくれそうにないな。うわあ。



「……だってむかついた」

「あたしに?」

「生徒会にだよ。演説の原稿、生徒会が用意してくれてたんだ。俺が苦手って言ったら、生徒会に協力してくれるお礼にせめてって、用意してくれたんだ」




……


…………


………………




 ——部田凛々子さんの応援演説は、1年A組、小鳥遊知実さんが行います。



「じゃあちょっち場を温めてくるぜぇ!」



 えりを正して、ニカっと笑って舞台袖から歩いて行く。

 壇上に立って、正面を向く。

 全校生徒が俺に注目していた。

 特に緊張はしていなかった。

 だって用意されている原稿読むだけだし。


 一礼してポケットから原稿を出して、開いた。

 最初の一文を読み上げようと、口を一度開いて、ふと考える。

 生徒会が用意してくれたこれを読んでしまったら、

 凛々姉は、本当にひとりになってしまうんじゃないか。


 反対側の袖で、杠先輩と安達先輩が心配そうにこっちを見ていた。

 全然話さない俺に不審に思った、生徒たちのざわめきも大きくなる。

 先生のひとりが椅子から腰を半分ほど上げたとき、

 俺は原稿を、下ろした。





「とある偉い人が言いました。


『雪を知らない人に、

 いくら口頭で説明をしても、

 そのものを理解してもらうのは難しいのだ』

 と。


 雪。

 空から降る、小さな白いつぶ。

 雪は冷たくて柔らかい。

 あと、とても幻想的だ!

 雪を知っている僕なら

 きっとそう説明すると思います。


 しかし雪国に住む人は、雪の脅威を知っています。

 雪が家を潰すことも、

 ときに命を奪ってしまうことも……。


 春の雪どけ。

 美しい響きですよね。

 でも実際にとけた雪は、決して美しいものではありません。

 土が混ざって泥だらけで、

 わざわざ触りたいと思う人はいないでしょう。



 部田さんは誰よりも勉強をしてきました。

 運動神経を高めるためにも努力をしました。

 それは誰かが、勉強や運動でつまずいたとき、

 一番に手を差し伸べられる存在であるために。


 そして孤独をとてもよく知る人です。

 でも誰かがもし、孤独を抱えてしまったとき、

 必ず、誰よりも誠実に寄り添えるでしょう。


 部田さんは多くを知って、

 ときに自分の体で感じて。

 心から、誰かのためになれるように、

 がんばってきた人なんです」




………………


…………


……




「俺の小さな反抗かなあ」

「そう。ありがとう。……なんだかラブレターっぽいなと思っていたの」

「え!? どこが!?」

「ん?」



 低い声に脅される。



「いや違くて! そんな恥ずかしいこと大衆の面前でやってるって思われてたの!?って!!! そしたら俺、羞恥で無理すぎ」

「知らないわよ。受け取ったあたしがそう思っただけ」



 と、凛々姉がまた拗ねる。



「……でもチュン太、そんなことして生徒会に怒られたりしなかったの?」

「うん。原稿がいたらなかった?って申し訳なさそうにはされたけど」

「それならいいけど。あなたは損な役回りばかりしてるから、敵を作らないか心配だわ。気をつけなさい」

「お、おう」



 なんだか心がくすぐったいような気がして、街に目を向けた。

 遠くに見える漆黒の海の周りに集まる人の生活を感じさせる明かりが、海の物寂しさを包んでいるように見えてどこかほっとした。

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