9/18(金) 穂積音和②

 中村さんがひるんだ隙を見て隣を見れば、右腕を掴んでいた水川さんが気まずそうに顔を後ろに引いた。



「ずっと誰のことも見てなかったからわからなかったけど、水川さんも毎日髪型もメイクも可愛いなって気づいたよ。普通に可愛いと思ってたけど、研究熱心なんだねって」

「え。あ、ありがと?」

「田中さんはっ、いつもお弁当手作りって聞いた。同い年なのにすごいなって」

「っ! 何も知らないくせに、人んちの事情に口挟むなよ!」

「知らないから知っていこうじゃだめなの? 一方通行じゃなくて、誰がえらいとかじゃなくてっ。せっかくのクラスメイトなんだよ。自分の自信のなさは自分で解決しなよ! 下に見る人を作って安心するために、みんな高校きてるの!?」



 遠巻きに見ていた女子たちが顔を見合わせている。


 うちのクラスでも派閥みたいなのが少しあって、あたし以外にもおとなしい子を仲間はずれにしているのを見た。

 中村さんだけじゃない。どの学校にも、どのクラスにも、無意識に出来上がっているクラスカースト。

 下だと思っている子には何をしてもいい。だってその子、言わないから。嫌でも、言えないから。強い子ばかりじゃないから。

 バカにされても我慢するしかなくて、笑っていても心はじくじくと傷ついてく。自尊心が低くなって、周りをシャットダウンして。

 シャットダウン後はあたしと同じ。世の中に期待するのを諦めて、色が見えなくなっていく。



「そんな風潮、くそくらえだよ!!」



 頬に温かいものが伝わって落ちた。



「ねえ待って。あたし、お財布は音和ちゃんが盗んだって全然思ってないよ」



 ずっと黙っていた瀬田さんが、軽やかで優しいトーンで言った。

 それはあの日、階段で初めて話したときのような声だった。



「もうやめよ。音和ちゃんいい子だよ。お財布も出てきたし、もう何も思ってないよ。これじゃクラスまとまんないし、文化祭も楽しくないよ。ミサちゃんも考えてみて? もなかちゃんも楽しいのこれ」

「んー、ミサがやるから付き合ってたけど、もな別に、穂積チャンのことなんとも思ってないんだよね〜」



 水川さんが爆弾発言を落として、中村さんの顔が引きつった。



「は!? こいつ、男はべらしてむかつくって」

「えーでもー、いうてもなのほうがモテるしー。それに野中先輩ってカッコいいけど、別に将来性はなさそーじゃん?」

「……わかる?」

「キャハハ! だよねぇ穂積チャン〜」



 中村さんがわなわなと震える横で、瀬田さんが苦笑しながら言う。



「アンちゃんは?」

「……いや、あたしもミサに付き合ってたのもあるけど。穂積ってなに考えてんのかわかんなくてムカッてしてた。でも、ちゃんと喋れるんなら、なんか別によくなったかも。ち、ちょっとだけ可愛いって思ってたし」

「だよね、素直で可愛いよねー!」



 と、瀬田さんが笑う。



「お互い頭冷やそう。音和ちゃんこんな子だし、きっと仲良いクラスになれると思うんだ! うちの学校、基本いい子ばっかだもんねえ」

「……」



 中村さんはそっぽ向いて顔しかめていたけど、あたしの腕は、ふたつの重みからすでに解放されていた。



「じゃあお財布の件はおしまい! 音和ちゃん一緒に教室いこっ」



 こくりと頷くと、瀬田さんもトートバッグを手にした。瀬田さんといつも一緒に行動している角さんも待っていてくれて、3人で更衣室を出る。


 帰りがけ、あんまり話したことない同じクラスの女子にも「いろいろ考えさせられたよー」って、話しかけられたりした。

 恥ずかしくて少し頷くことしかできなかったけど、またちょっとだけ前進できた気がする。


 チャイムが鳴った。

 2限のためにみんなで階段を駆けあがった。

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