9/18(金) 穂積音和①
登校すると、机の上に「ドロボーの席」とマジックで書かれていた。クスクスと笑い声が聞こえるし、中村さんははっきり「ドロボー登校してんだけど」と言った。
しばらく見つめていたけど、雑巾を持って外に出る。息がつまりそう。胸が痛い。生まれたての痛覚に、戸惑いを隠せない。
「大道具にシンナーあったよ。使う?」
雑巾を濡らして戻ってくると、隣の二宮くんが大きな液体を持って来てくれた。
「迷惑をかけてごめんなさい……」
「いいって」
優しくしてもらって泣きそうになった。
┛┛┛
木曜の体育が今日にかわったから、1限目から移動だった。
体育が終わって、更衣室に戻る。すぐリュックを確かめて、変わりない様子にほっとした。
みんながあたしを避けて着替えている気がする。狭い空間のこの時間、息がつまるようだった。
「私物盗まれてないか見ておこーっと」
「キャハハ、やめなってえ」
中村さんの言葉に、みんな一斉に荷物を探る。
念のため、もう一度リュックを調べてみるけど、たぶん……大丈夫。
瀬田さんとバチっと目が合う。すぐに逸らされた。
瀬田さん……。あれから、話せてない……。
「てか穂積ー、瀬田ちゃんに謝ったの?」
「そういうのって、ちゃんとしたほうがいいよ?」
更衣室にほとんど人がいなくなってから、田中さんと水川さんが近づいてきた。狭い室内で、一番奥にいたあたしには逃げ場がない。
「瀬田もちょっと待ってー。謝ってもらおうよ」
「え、あたしは……」
中村さんが瀬田さんの肩に手を置いた。
あたしは田中さんと水川さんに両側から引っ張られて、瀬田さんの前に連れてこられた。
「瀬田、さん……」
おそるおそる声をかけたとき、後ろでピコンとスマホの音がした。動画で証拠、取る気だ……。
向かい合った瀬田さんは、とても悲しそうな表情をしていた。
……。
……っ!
「……あたしじゃない」
「はー?」
中村さんににらまれる。
「誰の机からお財布が出てきたっけ?」
「あたしじゃない。昨日はお昼、田中さんにジュースかけられてすぐに外に出て、帰ってきたの6限の前だよ」
「すぐ出て行った証拠は? 誰もあんたの行動なんか見てないんですけど」
「それに、かけたんじゃなくて偶然なんだけど。超失礼ー!」
田中さんに足を蹴られた。向かい合っている中村さんが、田中さんを睨む。更衣室に残って遠巻きに見ている人がいるし、動画も撮っているから、暴力を残したくないみたいだ。……それならっ!
「……中村さんってドジだよね。間違えてジュースかけたり、間違えて足ひっかけたり、間違えてぬいぐるみやノート投げたり。体育でも、間違えてボール投げつけるもんね」
「ふざけんな、わざとだよ! ……チッ」
中村さんの顔が引きつる。わなわなと唇を震わせたあと、スッと表情が消え、あごでほかの子に指示した。隣で動画を切る音が聞こえた。
「……なんなのお前。つうか、お前が人の男にも色目使ってるからだろ! 前みたいに空気になってろよ!」
ムービーを止めた途端、中村さんが怒鳴った。鬼気迫る顔に、ハッとする。
……ずっと怒ってた理由って
あ。でもあたしにはそんなことって感じだけど、中村さんはそうじゃなくて、いろいろこじれていったのかな。
知ちゃん。本当に、言わないとわかんないことだらけだ。
「……もう空気はやだから」
「はあ?」
「みんなと仲良くしたい。あたしは、中村さんとも仲良くしたいよ」
「っ!?」
みんな驚いてるみたいだけど、……嘘じゃない。
「誰があんたなんかとっ!」
「じゃあ無視したらいい」
「だ、だからあんたが人の男に……っ! もう彼氏に関わんな。一生、話すんじゃねーよ!」
「それでいいなら、池田くんとは話さない。謝って欲しいなら謝る、ごめんなさい」
「なにそれ。そういう生意気なとこ、存在自体がむかつくんだよ! クラスから消えて欲しいって言ってんの!! あんたはうちのクラスにいらないから」
「まー、存在がむかつくのは同意ー」
田中さんも頷く。
「……お互いのこと知らないから」
「はあ?」
「あたしも中村さんみたいに好きな人が大事で、知ちゃん以外はどうでも良かった……。だから、クラスでも空気で良かったの、知ちゃんがいるから!」
だから、何されてもまいっかって思えてた。どう思われても良かったから。
「でも、いろんな人とお話ししていくうちに、一人ひとりがおもしろいって思った。白黒の世界に色がついたの。今さらだけど、クラスのみんなのこともっと知りたい。多分、好きな人のために一生懸命な中村さんの気持ちも、すごくわかる」
「っ、全然ちげーよ! 黙れよ!」
中村さんは瀬田さんの肩に乗せていた手を上げた。
「ぶちたいならそうしなよっ!」
怖くても、もうあたしは目を逸らさない。
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