6/25(木) 葛西詩織①

┛┛┛




「なー帰るの? どっかで遊んでいかね?」



 放課後、ふらふらと後ろを通り過ぎようとしていた野中の服を引っ掴んだ。

 布が引きつり、野中が立ち止まる。



「ごめん、今日は先約があるんだわ」

「なんだよ〜〜付き合ってくれよ〜〜〜どこのオンナと会うつもりよ〜〜〜〜〜」



 さめざめと泣くフリをすると、手が頬に添えられる。



「いじらしい子猫ちゃんだな。俺がエイティーンになったら苗字をプレゼントすると言ってるだろう」

「野中のそんな男らしいところが好き!」

「俺のハートはお前専用!」



 自分の席でイチャイチャ密着していたけど、誰もツッコんでくれないどころか、教室の空気がスベッているのを感じてそっと離れた。うん、今ならなかったことにできるよね。



「なっちゃんからお誘いって珍しいな?」

「ちょっと逃避したくて……」



 本日、期末考査1週間前につき、範囲が発表された。勉強しなければならない。でも絶対にしたくない!! ……という心のせめぎ合いにより、かなり気分が沈む日だった。



「はああ。今日は音和でもつかまえるわ」

「また遊ぶべ」

「うい~」

「ウィッシュ~」



 緩くあいさつを交わすと、野中はカバンを背負い直し、先に教室を出て行った。俺も帰ろうと机に向かうと、ふと斜め前の席のいちごと目が合う。



「!!」



 ん?? なんでもじもじしてんだろ。



「あ、あたし今日もバイトっす。はは……」

「き、勤労だなあ……」



 こいつ、テスト週間なの忘れてシフト入れたな?



「で、知実くんっ!! よかったら、あたしとお勉強をしませんか!?!?」

「おお?」



 ま、まじか。でも俺、テスト1週間前から勉強とかしたことないし、ぶっちゃけしたくない。いくらいちごのお誘いでも、これはちょっと……テンションが上がらん……。



「これも青春のひとつかなあーって」



 そんな不安そうにチラチラ見てくるのはズルい。はあ。



「そういえば、いちごって成績どうなの?」

「できなくはない、と思うよ。せっかく学校に行けてるんだから、勉強ぐらいはと思ってて」

「ふーん。じゃあそもそものテスト勉強のやり方から教えてよ。俺、一夜漬け以外、したことなくて」

「え。いいの? ……うん、うんっ!」



 笑顔で立ち上がり、いちごは荷物をまとめ始めた。



「えっへへ、お友だちとお勉強って憧れだったんだー」

「おーげさだなぁ」

「そんなことないよ!」



 そう言って、意外にもむくれた。



「だってあたし、前の学校でも帰ってすぐバイトしてたから、友だちなんていなかったし……」



 こいつの青春作りを手伝うって約束したのは俺だしな。しかたねー。



「……俺、ほんっとーに勉強できないけど、それでもいいなら」

「いい! ありがとー!! やった、知実くんはヒーローだね」



 本当にうれしかったらしく、俺の手を握って飛び跳ねている。これはちょっと俺が恥ずかしい……が、可愛いから許す。


 うん。いちごに暗い顔は似合わない。

 無邪気な様子にクラスメイトも目を細めて笑っていた。いつの間にかこの子が笑うと、みんなが癒される存在になっていたんだな。



「あーんたたち、人の横でなんなの!? かゆいかゆい!」



 前の席のポニーテールが口をへの字に曲げて振り向いた。



「なんだよ七瀬。過ぎた焼きもちは可愛くないぞ」

「は? 誰があんたなんかにっ!」



 ほっぺたを殴られそうになるのひょいっとよけると、スネを追撃された。



「ほんと勘弁してよねーったく。いっちー気をつけなよ? なっちゃんてムッツリだから」

「めちゃくちゃ紳士な俺になんてことをっ!?」



 完全な言いがかりに抗議する! しかも教室オフィシャルの場でなんてこと言うんだ!!



「ふーん。なっちゃんがあたしの匂い嗅い」

「ゲフンゲフン!! あーあーなんのことかな」



 ちょっと待って!? あのときのバレてたのかよ、めちゃくちゃ恥ずかしい!!



「ふーん? 首筋を舐めるように凝し……」

「ゲフンゲフンゲフンゲフン!! 何か勘違いがあったのかもしれないけど、そう思わせるような俺の行動が悪かったね! ウン! それはごめんね!!」



 でも否定していないと変態道まっしぐらだから、絶!!!対!!!に!!! 否定の姿勢でやらせていただきます!!!



「?? じゃああたしバイト行くね」

「あ、あたしも帰るー! 校門まで一緒にいこーよー」

「うん! じゃあ知実くんあとで~」



 そして女の子たちも行ってしまった。七瀬、いちごに変なことは言わないでくれよ頼む。

 ……さて、いい時間になったし、俺も音和探して帰ろ。

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