6/23(火) 葛西詩織②

 なんかもっと軽い感じで彼氏いるか聞きたかったんだけど、なんでこんな気まずい感じになるんだろ。俺の話術まじで壊滅的じゃね? つらくね? 俺 a.k.a ダサ・ダサMENじゃね??



「……小鳥遊……くん?」

「YEAH!」

「なんだかごめんなさい、私こういう話は苦手というか、慣れていなくて……」

「ああいえいえ。俺が悪いんす、俺の経験値不足っていうか」



 ああまた、どうでもいい情報をバラしてしまったよオーイ!

 もうだめだ精神的にもたない。話題変えようっと!



「と、ところで先輩、虎蛇は慣れました?」

「ええ。……楽しい、です。みんなで集まって何かするってこと、初めてだから」



 ホッとした安らかな表情で答えてくれた。



「そか、良かった。会長が無理やり先輩を引き込んだみたいだから、ひやひやしてました。楽しいなら本望っす!」



 大きく伸びをする。気持ちいい放課後だ。



「副会長さんが盛り上げてくれるおかげですよ」

「じゃあ詩織って呼んでもいいですか?」

「ダメです」



 相変わらずこっち方面は手厳しいんですね。



「先輩、夏、みんなでなにかしたいですねえ」

「??」



 はて、と首を傾げるその姿は小動物のようで可愛らしい。年上とは思えないそんな無垢な姿に、少しだけ、心が浮つくような感覚を覚えた。



「例えば……海で泳いだりバーベキューしたり花火したり。うん、どうせなら合宿がいいな。絶対楽しい!」

「……合宿ということはお泊り、ですか?」

「日帰りでもいいけど、お泊り会ってわくわくしない? 先輩、ざこ寝ってしたことあります?」



 先輩の表情が綿菓子を口に含んだときのように、ふわっと緩んだ。



「ないですっ。楽しそうですね!」



 そう言って目を閉じた。細い指を絡ませて、なにか夢想しているようだ。

 お泊りに深読みすることもなく、喜んでくれたらしい。なんたるいい子。いい子オブザイヤーを差し上げたい。



「んじゃ虎蛇で、会長にも話通しますか」

「あ、でも小鳥遊くん、部田さん今日は帰りましたよ」

「えー? どした会長、やる気ないな!」

「あの、明日はテストなんです」



 あ……。そういえば明日は3年の実力テストがあるから虎蛇はナシって話だったっけ。



「……先輩、なんでここにいるんですか」



 のんびりご本を読んでいらっしゃったからつい忘れてたけど。先輩も3年で、明日テストだよな。つか、俺。話しかけちゃまずかったのでは!?



「あ、すみません。俺、めちゃくちゃ邪魔でしたね、帰ります!」



 椅子を片付けようと立ち上がる。



「あ、いえ。趣味の本を読んでいただけなので大丈夫ですよ」

「え? テストは……」

「難しいものではありませんから」



 ……なぜか先輩は、勉強をしないでもいいらしい。

 テスト前に勉強しないのは、頭がすっげーいい天才か、どうしようもない落ちこぼれのバカかどちらかだが。先輩は間違いなく前者だろう……。

 葛西詩織、恐ろしい子ッ!!



「でも、私もそろそろ帰りますね」



 時計を見て先輩も立ち上がった。



「明後日は全校期末考査の発表でしたね。小鳥遊くんもテスト頑張ってくださいね」



 おうふ……期末テスト……。範囲広くてめんどくさいんだよな……忘れてたのに。



「そーですねー」

「分かりやすく嫌そうな顔しますね」



 そうやって笑うけど、勉強とかマジ、頭痛にしかならないんだよな。あまつさえ腹痛や嘔吐感もおぼえるし、絶対寿命縮めてるわ。



「と、とりあえず下に降りますかー。俺カバン取ってきます!」



 ごまかすように椅子を戻して、そそくさと先に図書室を出た。

 カバンを取って図書室に戻ると、先輩も帰る準備を済ませていた。そのまま一緒に下駄箱まで行き、靴を履き替え、外に出る。



「ではこちらで」



 校門の前で、先輩は別れのお辞儀をした。



「あ、俺も坂下るんで、途中まで一緒に帰りましょ〜」



 この間は逃げられたけど、先輩に彼氏がいないこともわかったし。俺が気にする要素はなにもない!



「お先にどうぞ」



 え? あれ? 先輩は?



「誰か来るんですか? だったら一緒に待ちますよ」

「いいえ、ひとりでいいんです」

「でも」

「……あなたが帰るのを待ちたいんです」



 先輩は表情も変えずに、そんな冷たい言葉を告げた。



「えっと……??」



 やべ、混乱してる。

 なんで? 俺、嫌われるようなことした? 合宿、楽しみって言ってくれたのに。全然意味がわからん。



「じゃ、さよなら……」

「はい、また」



 えーなにこれ。キツイ。


 背を向けてひとりで坂を下りる。

 体操服を着た自転車の学生たちが、俺をどんどん追い越していく。

 みんな楽しそうに話しながら、坂を下っている。

 俺はひとり振り返る勇気もなく、ただまっすぐ家路についた。

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