5/25(月) 小鳥遊知実③

 なあ、日野。

 未来がない自分のために生きるのが無駄だと思うなら、大事な人のために生きるって、できないかな。

 それって、結局は自分のためなのかもしれないけど。俺が生きた証を残すことが許されるなら、大事な人に覚えていてもらう希望を支えに、頑張れそうな気がするんだ。


 残り少ない世界に俺ひとりきりだなんて、今にも壊れてしまいそうで、本当はとても不安で。

 ほらね。俺はぜんぜんかっこ良くない。どうしようもなく弱い人間なんだよ。


 ……人と関わっても、状況は変わらないかもしれない。

 結局はただのおせっかいかもしれない。

 でも、もしかしたら誰かの小さなキッカケになるかもしれない。

 だから、


「日野」


 俺は顔を上げた。


「はい」


 優しい返事が返ってくる。


「ありがとう。うれしかった」

「本当のことを伝えただけ。もっと周りを見て、信頼して欲しいです。みんな知実くんを支えたいって思ってるんだから」

「ほんとすまんかった」

「じゃあ……お願い聞いてくれないと許しません」

「え、なになに?」


 めずらしく強気な日野に興味があった。俺になにを求める気なんだろう。


「あたしのこと、苺って」

「呼びません」


 即答だった。


「だ、だってずるい!! あたしだけ知実くんって……」

「それはウチでバイトしてるからだろ! 俺は日野で充分だ」


 名前なんて呼べるかよ、恥ずかしいだろ。


「うぅ……」


 顔を真っ赤にして、涙目で見上げてくる。

 いや……それをされると、さすがに悪いことしている気がしてきた……。


「あの……な」

「やっぱりあたしのことなんかどうでもいいですよね。どうせガヤで、ひな壇芸人です。ていうかステージでもなく客席です。来世はお刺身の上のタンポポの緑の部分でしょうね」


 なんだそのたとえは。しかもかなり卑屈!


「あ、敬語」

「はい? そんなの戻りました。もう知実くんとは距離おいちゃいます」

「マジかよ!」

「超マジです。なんならさん付けで呼んでしまいます。知実さん知実さん知実さん知実さん知実さんTさん」

「もはやイニシャルトークに!」


 他人行儀に戻られるのって、思ったよりダメージあるんだな。つれー。


「……ちご」

「え?」

「いちごいちごいちごいちごいちご!!」

「ええ??」

「いちご。俺はお前の青春作りに協力する。もう足を突っ込んだんだ。嫌だって言っても絶対に最後まで見守るからなっ!」


 きっと真っ赤になっているだろう自分の顔。でもいちごは茶化すことなく満面の笑みを浮かべた。


「はいっ!」


 可愛らしく素直な返事は大空に吸い込まれていく。



 俺は両親と美原先生に伝えようと思う。

 手術はしない、と。

 今から学校を休むことはしたくなかった。

 記憶をなくしてしまうことも嫌だった。

 大切な人達を覚えておきたかった。

 そして作っていきたかった。


 高校生活という、人生のなかで最高にバカなことができる“今”を。




 これが俺の人生が大きく変わった、運命の1週間のできごとだ。

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