第10話 金色のリリィ 5
私はこの後、また戦闘に加わりたいと竜族の戦士を率いるリーダーに訴えてみた。
やっぱり答えを渋っていたけど、カインの「いいんじゃないか」の一言で、あっさりとそれは通ってしまった。
今まであれほど却下されていたのはなんだったのかと思うほどに。
でもさすがにあのジリアンとかいう魔族の力の前に自分の非力さが分かったから、私も無茶なことはしない。
みんなの後ろで、傷の手当てや物資の補給などの手伝いをしている。
前回重症を負ったアニスはまだ戦える状態にまでは回復ならず、しばらくの間離脱となった。
私は、ルークの言っていた「戦争には狂気と冷静さが必要だ」というのが、最近だいぶ分かってきた。
普通の精神状態で戦争なんて出来ないし、感情に負けては勝つことなど不可能なのだ。
人間たちの国については、これまでどれも似たようなものだと思っていたけれど、それぞれ得意とするものが違うらしい。
カララギ王国は魔法、ギリア王国は道具を使った技術、アストゥール帝国は大国なのでお金や兵士を多く出している、といった具合だった。
その中でもカララギ王国の王族は、魔族と相性の悪い聖なる力を操るのに長けているらしく、ルーク王子とカインのコンビネーションは多くの魔族を退けてきた。
かつて私の父さまの背に乗っていたカインは、今は戦闘時にどの竜の背にも跨がることはしない。
移動時にはベテランの竜の背を借りることもあったけれど、全力を出した彼に付いていける者はいないのだという。
それだけ父さまは凄かったのだ。
カインには翼がないから飛翔は出来ない。
それでも天高く跳び、魔法で風を巻き起こして、
ひとりでそれならば、父さまと一緒だった時はどれほどのものだったのだろう。
ところで最近、私たちが竜の谷へ帰還するたびにカインが私に付いてくる。
私は父さまの件を許したと言った覚えはないのに、彼はすっかり許された気でいるのだ。
「リリィ。ほらこれ。こういうの好きじゃないか」
などと、またいつの間にやら入手した物を私に見せてくる。
こないだはよく分からない置物、その前はセンスの悪いアクセサリー。
私の巣がある岩屋の前が、ガラクタ置場になりつつある。
今日は大きな布だった。
聖なる力があるとかいう、カララギ王国の品だそうだ。
まあ、それでも、今日のは悪くない方だ。
何に使おうか考えて、大事にしまっていた私の
「ねえ、この
「ん? んー、ああ」
この男は未だに私が「カイン」と名を呼ぶと嬉しそうににやける。
「それなんだけどさ、戦争が終わるまで待ってくれないか? 終わったら必ず呪いを解いてみせるから。その方が、こんな中産まれてくるより安心して育てられるだろ」
「――確かに、そうね」
早く会いたいと思うけど、彼の言うとおりだ。
最近知った竜の谷の外は、想像していたよりもずっと荒廃していて、荒野にはかつて建造物であっただろう残骸があるのみで、空は谷よりも一層黒く厚い雲で覆われ、空気は常に淀んでいた。
きっと今はまだ生まれてこない方がいい。
「実は、カララギ王国でも似たような呪いが掛けられていて、今、新たにこどもが生まれないよう国全体に術を掛けて抑えている状態なんだ。リリィの
大きな魔力を持つのは王族に限られているけれど、それでも魔族と相性の悪いカララギの地を、奴らは内側から支配していくつもりなのだそうだ。
「次はカララギ王国が戦場になるだろうな」
カインの言葉どおり、その3日後には多くの魔族が王国へ攻め入ってきた。
竜の谷よりも遥かに広いため、国全体に防御魔法を掛けるのは現実的ではない。
なので、国民をいくつかの場所へ集め、そこに魔法を掛けて守っている。
今私たちがいるのは、防御魔法と城壁で堅固に囲まれた街の外である。
城壁にはギリア王国製の大砲が設置され、カララギ王国の人が魔法を込めた弾丸を放って敵を蹴散らしている。
強い魔族に付いてくるだけの雑魚には、それで十分だった。
けれど、今カインの対峙している相手はそれでどうにかなる相手ではない。
今回の軍勢を率いている奴だ。
カインの異母兄であり、コカトリスの血が混じっているのだという。
竜に似た翼を操るその素早い動きには、竜の戦士でさえも振り回されている。
カインも城壁を足掛かりにして奴に挑んでいるものの、決定的な一撃を加えることができないでいた。
そうしている間にも、奴の放つ毒によって容赦なく味方が倒されていく。
私は言われていたとおり、城壁にある側防塔に身を隠している。
出来ることといったら、補充するための弾丸を、地上からまとめて大砲の所まで運ぶくらいだ。
私の鋭い鉤爪も
だけど飛ぶだけなら、飛ぶ速さならきっと負けないのに。
そんなことを思いながら戦いの様子を見つめていると、私の近くの壁を空から落ちてきたカインが蹴った。
「リリィ!」
彼は「しまった」という顔をすると、一際大きく跳んで私から離れた。
馬鹿だ。
戦闘中にそんなことに気を取られるなんて。
「どうしたカイン。狙ってほしいのか」
まんまと虛を衝かれて、敵の吐く毒の息を浴びてしまった。
「カイン――!!」
彼の巨剣が地に落ちる。
頭から落ちる自分の体を魔法の強い風で立て直そうとしているけれど、それよりも敵の動きの方が速い。
私は堪らず飛び出した。
風を切り、他の誰よりも速く彼の元へ翼をはためかせる。
私を狙ってくる雑魚の魔族共を躱して、まさに攻撃を加えられようとしているカインを背中で受け止め素早くそこから連れ出した。
「大丈夫!? カイン」
私に名前を呼ばれた彼は、クラクラするのか吹き飛ばすように何度か頭を振って
「大丈夫だ」
といつものように、こんな時でも嬉しそうに笑っていた。
「リリィ、受け取れ!」
アルおじさんの声がして、カインの巨剣が飛んできた。
でも私が受け取るまでもなく、それはカインの手に収まった。
「…リリィのスピードなら出来るかもしれないな。――なあ、高く飛べるか? 彼奴らを振り切って出来るだけ高く」
「当然よ」
カインのご要望どおり、高く、高く、天へ向かって跳んでいく。
敵共も付いてこようとしたけど、1匹、また1匹と脱落していって、ついには私とカインだけになった。
雲に迫る所まで辿り着くと
「ここでいい」
と言うカインに従って、そこで静止した。
カインが雲に突き立てるように巨剣を高く
高所でじっとしていると、敵の格好の的となる。
先ほど振り切った奴らが、カインの異母兄を筆頭に迫ってきていた。
だけどカインが大きな魔力を溜めていくのを感じていたから、私は動かず、じっと彼のすることを待った。
奴がまだ少し離れた所から毒の息を吐いてくる。
私の
私が勢いに負けて毒を浴びる覚悟をしたと同時に、カインが強い風とともに剣を振り下ろし奴らを地へと落とした。
カインの起こした風は天を切り開き、黒く厚い雲は波紋のように彼を中心に広がっていって、雲の消えた天上から眩い光が地上へと注れた。
初めて見る日の光。
太陽の光が淀んでいた地上の空気を浄化していく。
カインの一撃を食らった魔族たちはその場で絶命した。
唯一命を取り留めた異母兄が苦しみながら落下していく先に待ち受けていたのは、太陽の力で威力を増したルークの聖剣だった。
奴の最期は呆気なく、断末魔とともに塵と化した。
我らが王子ルークによって国の危機が去ったのだと、見守っていたカララギ王国の兵士たちの歓声は、それはもう大変なものだった。
18年振りに降り注がれる日差しに気づいた市民たちも、不安で隠れていた家の中から表に出てきた。
一方、毒を浴びた後大きな魔力を使ったカインは、疲れたように私の背からバランスを崩して落ちていった。
「ちょっと、カイン!?」
慌てて追いかける私を彼は見上げ、眩しそうに目を細めてため息のように呟いた。
「ああ、リリィ…。 綺麗だな。 ――金色だ。キラキラ輝いてる」
「何のんきなこと言ってるのよ!」
彼に追いつくと再び背に乗せた。
初めて見る太陽。
初めて見る青い空。
まだもう少し、このままでいたいと思った。
地上にいる人々も、空を眺めていた。
兵士も、市民も、皆。
「金色の竜だ!」
「なんて美しいのかしら」
「まるで神様の使いじゃないか」
「わたしたちには神様が付いてくださっているのよ」
眩いほどの光を浴びながら、カインを乗せたまま気持ちよく飛んでいる私の耳に彼らの声は届かなかったけれど、人々の心が希望に満ち満ちていくのを感じていた。
それからの戦いでは、カインを背に乗せるのは私の役目となった。
父さまがそうだったように、互いに口にしなくても彼の考えることはなんとなく分かっていた。
本当に不器用で真っ直ぐな男なのだ。
カララギ王国を始まりとして、やがて世界中の空が晴れわたり、それと比例するように我々の軍勢は勢いを増していった。
カインの強さは圧倒的だった。
純魔族である異母兄姉たちをも凌ぐほどに。
そして最終決戦に至っては、カインの言っていたとおり、魔王の弱点は明らかに愛息子カインだった。
むしろ魔王は、止められない自分を止めてほしいと、ずっと思っていたのかもしれない。
まるでカインを待っていたかのように彼を迎え、討たれた。
――とはいっても、カインにとっても魔王は父親であった。
殺すことはせず、辺境の地の洞穴の奥深くに封印した。
その中には幾重にも封印と立ち入りを禁じる魔法が施され、魔族も人も立ち入れぬ場所となったのだった。
それから年月が過ぎていき、私たちは、寿命の短い人間の仲間の多くを見送っていった。
今日はルークの玄孫の結婚式で、私たち宛に形ばかりの招待状も送られてきていた。
しかし息子の結婚式までは立ち会ったけれど、私とカインは、今はただ遠くから見守るだけにとどめている。
きっと、そのこどもから招待状が送られてくることはもうないだろう。
結婚式の終わった後、カインは私の母さまの残した卵に何度目かの呪い解除の魔法を掛けた。
あの戦争以来、魔力の多くを失ったカインは、魔力が回復するごとに卵に魔法を掛けてくれていた。
「あー。多分これで大丈夫だと思う」
彼はそう言うと、疲れ切って大の字に寝転んだ。
「本当!?」
「でも完全に呪いが解けるまで時間は掛かるけどな。これから少しずつ自動で解けていくはずだ。取り敢えず、俺に出来ることは終わった」
そしてそのまま目を閉じて、
「魔力使い切っちまったから、ちょっとだけ寝るわ」
と、眠りはじめてしまった。
実は今日彼に見せたいものがあった私は、正直残念に思っていたけれど、私のために頑張ってくれた彼に文句なんて言えるはずがない。
眠る彼の前髪を梳くように撫でて、瞼の奥に潜む赤い瞳を確かめるように指先でそっとなぞった。
私の長い金色の髪が、彼の頬へと流れ落ちていく。
――ねえカイン。
私、アルおじさんに教わって人間の姿に変化できるようになったのよ。
だって、いつも私ばかり貴方を背に乗せるのって不公平じゃない?
この姿だったら、さっきの花嫁のように私を抱き上げてくれるかしら。
そして、キスしてくれないかしら。
期待で胸が熱くなる。
ああ早く貴方に見てほしい。
彼が目覚めるのがこんなにも待ち遠しくってたまらないなんて――…
だけど、魔力を使い果たした彼はそのまま長い眠りに入り、結局私の望みが叶ったのは、それから200年ほど経ってからのことだった。
額に第3の目を持つその男、魔王の血を引く伝説の勇者なり 日和かや @hi_yori
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