第22話:一時的な休止
屋敷から離れた山中に放棄されていた小屋付近にて、一行はわずかな時間ながらも休息をとっていた。内部の寝台にはマリユスが寝かされている。
他の三名が小屋の外で待つ中、ルミナは夕闇の薄暗い小屋にあって、遠距離通信ペンダントを用いて拠点の隊員たちに指示をしている。隊長とその秘書の不在で仕事に影響が出ないようにと考える彼女の手伝いもできないことが申し訳なかった。
彼女は、小屋を出てすぐ、剣を握ったまま村を望む高台に立っていたフリードに問いかける。
「《悪魔》の様子は?」
「害意はない。言い忘れてたが、さっきの腕からも感じなかった」
「攻撃のつもりでなかったのですわね」
[瓶が屋敷のどっかにあると思って探しとんのやろ]
ジェイと半分こで干し肉を食べるグロウルによれば、瓶がある限り全力を出せない……というよりも、神話で語られる化け物である《悪魔》の完全体に成れないそうで、瓶が自身の枷であると本能で理解している《悪魔》はそれを探して叩き壊したがっているのだそう。
[完全体は「生まれながらの魔力ですべてを感じ取る」みたいなエグい能力ついとるんやけども、成れん限りは依り代の感覚器を頼るしかない。……さっきのあれも、腕を伸ばしてたら動く異物を感じたから追っかけた。そんくらいやろ。本気で殺しにかかったらあんなノロマやないわ]
ジェイがなんとか伝えきると、ルミナは顎に手を添えて考え込む。
「お子様が瓶を持ってきたのは意外にもファインプレーでしたのね。どれくらいで戻りますの?」
赤竜は指折り数え始めた。
[んっとな……昨日の今日が新月やから……3日か4日待てば終わる]
「3日か4日だそうです」
「……それは、」
「え、なっがい!」
ルミナの言葉を遮り、エイミーが腕を大きく振り回す。
「ねえねえ、あの《悪魔》って屋敷出てこれるの? さすがに出てきたらまずいよね!?」
その指摘ですぐさまグロウルを振り向き、彼女の一挙手一投足に注目する。
[そんな見んでも。……ん、ごほん]
喉の渇きをごまかすように咳払い。
力ない声を出す。
[屋敷を探し尽くしたら出てくると思う。いまはまだ2階を歩いとるやろ]
「うわわ……!」
モフモフさんが危ない! と騒ぎだすエイミーを宥め、ルミナが告げる。
「いま重要なのは、そこのお子様を助けるかどうか。それだけ」
彼女の視線はジェイを真っ直ぐに向いている。
「どうなさいますの? わたくしたちは危険を伴って……いえ、命を懸けてその子を助ける義理がございません。《悪魔》の発生を各方面に報告し、その報告書を仕上げて軍に提出するのみです。魔狼さんたちに警戒はお知らせしますけれど」
「……あ、の……」
命を懸ける義理がない。その通りだ。
フリードも割って入る。
「中途半端な状態とはいえ、《悪魔》を倒すには特殊な装備か魔法が必要。倒す準備があったとしても、爪や瘴気の噴射を浴びただけでそこのお子様と同じ状態になるよ」
異様な戦闘能力を持つ彼までがそういうのならば、《悪魔》の打倒は困難なものだ。
だが、同時に――彼らも見捨てたくて見捨てるわけではないのだとわかっている。その表情を見ればわかる。
だからというわけではない。
決してない。
ジェイは失って久しい自己主張を叫ぶ。
「……助け、たいです。いや、助けます!!」
「お」
「あら」
一気に血が上ったせいで、上司二人の意表を突いたことに妙な達成感すらあった。
じわじわと腕が震え初め、かつてない熱を持ったことでほんの少しふらつく。
「僕がやります。あの《悪魔》……になってしまった伯母を、僕が殺します」
悪魔を倒すのではなく、伯母を殺す。
「……そういや伯母さんだったね」
フリードの呟きは、伯母の印象が悪すぎて……いや、あるいは無さすぎたせいで、《悪魔》の印象に塗りつぶされてしまったせいだろうか。
「はい。伯母なんですよ。僕の母をいびり倒して自殺に追い込んだ伯母です。父を騙して死なせた伯父をそうと知らずに『男らしくてカッコいい!』なんて言っちゃう伯母なんですよ!」
「あら、素敵な伯母さまですこと。やっぱりトイグランで送ってさしあげたら良かったわ」
「ですよね……ほんとに……」
気分が変に跳ね上がった反動か、冷静になってぐったりした気分だ。
何があろうと普段通りなフリードが問う。
「動機はなんだっていいが勝算は? 情か精神力に期待するなんて馬鹿げた可能性じゃなく、ジェイの心構えと能力の問題だ」
「あります。……すごく、あります」
「OK」
先ほどと打って変わって嬉しそうに笑った。
「カッコつけておいてなんだけど、良ければ動機も聞かせてくれ」
「伯母は性格が悪くてわがままで自己中心的な人でした」
いびり倒したことにさえ自覚がなく、伯父の悪事やその計画についても無関心&鈍感。……物事を深く考えるのが苦手だったからそうなってしまった。それが透けて見える人。ある意味では可哀想だった。
「でも、息子を殺そうとする人じゃなかったんです」
幼い頃はジェイにも(ズレていつつも)優しかったから、いまはマリユスにそれを向けているはず――そう思っていなければとてもやってられない。
「これでこいつが死んだら、虐げられた僕が無駄だったみたいじゃ無いですか」
いま気づいた。
自分は育て親から愛情が欲しかったし、何をしても褒めてもらえなくて辛かった。いまでは伯父伯母の二人ともが大嫌いだ。痛い目を見ればせいせいする。
そう思う自分がいることに気がついてしまった。
産まれてすぐで自分が欲しかったものをあっさり受け取って、自慢してくるマリユスが大嫌いだ。死にかけていることにもなんとも思わない。
故郷と育て親に感謝を忘れず恩返しをしようだなどと、思ってもいないことを思い込んで。まるで聖人かのごとく振る舞ったのだ。
なんて馬鹿らしい。
自分はこんなにも汚いというのに。
「だから——殺します。僕は、自分のために、殺したいんです」
言い切って気付けば、グロウルがずっと寄り添ってくれていた。
仲間たちはそれ以上何も聞かなかった。
ジェイは無言で頭を下げた。
挑むとなって、ルミナを中心に計画を立てる。
「当然ですが。あなたの生存が第一ですわ。討伐を達成したくとも、あなたの生命に危険が及ぶようであれば許可できません」
「はい! あの……《悪魔》の武器ってなんでしょう?」
「さっそくとばかりに不安なのですけれど? ……ここはグロウルさんに聞いた方が早いでしょう。聞いてみなさいな」
「はい……」
赤竜に寄り添うと、彼女は呆れ気味に教えてくれた。
[主に爪やな。手足四本についとって、腕の方は獣みたいなやつと、足の方は羊に似とるはず……聖書見せたら一発なんやが]
「なるほど」
[って、描くんかい]
スケッチブックに想像図を書き込んでいく。
人型のシルエットにそれぞれの爪を。
[ほんじゃまあ……悪魔は大きな二本角と天高く飛ぶ翼、鞭のような尾を持っとるらしい。でもこの特徴は完全体のモンやから、翼と尾は生えかけかそもそもない……坊、絵が怖いんやが]
「そ、そうですね……描いてて思いました……」
「ほんとだ。人型の顔がファンシーなのが逆に怖い……!」
覗き込んだエイミーがぶるっと震える。
[依り代と《悪魔》とで思考が混濁しとるやろから、攻撃は本能的なもんやと思う。頭使った攻撃はできん。連撃で追い詰めてきたりな。……そんなんより厄介なのは、魔力や]
「まりょく……」
[あのやたら長い腕。あれたぶん、悪魔の体から出っ張ってきとるんよ。あと、長続きも広範囲噴射も出来んやろけど、瘴気もまずい。浴びるとじわじわ呪いが浸食するから……]
それからも、グロウルからの教えをメモして、何度も読んで頭に叩き込む。
「弱点はありますか?」
[どこかに《核》があるはずや。大抵は、人間で言う心臓らへん……胸の真ん中あたり。ただ、違うこともある。胸狙って外しても、落ち着いて対処せい。胸より下の腹か、上の頭のどっちかや]
「う……頭じゃないことを祈りたいな……」
山小屋に飛び立つ寸前で二階を歩く《悪魔》らしき影を見たが、高い天井に頭をぶつけながら歩いていたのが幻覚でないのなら、身長はかなり高いことになる。
[ウチも祈っとくわ]
一通り終わったところで、再びルミナと向き合う。
「……呪いを受ければあのお子様と同じことになりますわよ」
「えと。……だ、大丈夫です」
おそらく自分には通じない……とは言えなかったが、彼女は嘆息しつつも頷いてくれた。
彼女は制服のポケットから、緑のペンダントを引っ張り出す。
「これを渡しておきますわね」
「……通信ペンダント?」
すでにジェイも無色透明なものを首から提げている。
「いいえ。装着者の呼吸と鼓動を感じ取って、その持続を対の持ち主に報せてくれるものです」
「!」
ルミナが同じものを出して首にかける。
彼女の持つ地図に、小さな緑の炎がともっていた。いま現在ジェイがいる場所だ。
「どちらかが弱まった場合、装着者の現在地と救助要請を自動でこちらに送ってくれます。転移で引っ張り出してさしあげますわ」
「よろしくお願いします」
「……わたくしはこれ以上攻撃魔法を使えませんから、力になれません。ごめんなさい」
「いえ。たくさん教えて頂きました」
「お役に立てたのなら良かった。……お供は連れていかれますか?」
フリードとエイミーを指して言うが、フリードの方はすぐさま首を横に振った。
「あ、俺は役立たずだから期待しないで」
「え!?」
鬼神のごとき強さを発揮していた隊長がまさか……!
急転直下なジェイに、彼は申し訳なさそうに教えてくれる。
「自慢にもならないが、俺は人間が相手なら比喩抜きで誰でも殺せる」
エイミーが「ほんとに自慢にならないね」と呟いてルミナに口を塞がれた。
「でも他のはダメだ」
他のとは、おそらく動物や魔物のことだ。
「この剣は持ち手の思い通りに切れれば何もかもを切断するけど、思い通りに切れなかったら動きが一気に鈍るんだ」
「??」
混乱するジェイに、見かねたグロウルが補足する。
[要はあの剣、血を吸って喜ぶ系の魔剣なんやろ。切れ味強力なぶん、「人間を斬る」っちゅー条件を満たせへんかったら体力吸われるんやろな]
通訳したところ、さすがグロウルさん……と感心するフリードが剣を首元から引き抜いた。
「俺の剣が『想像通りに切れなければ体力を吸われる呪いの剣』だと見抜くとはね」
[おいなんやその罪深い効果? 剣よりあんたの方が闇深案件やんけ!]
「ざ、残酷だ……」
真実を知っていたと思しきエイミーとルミナは半ばあきれ顔だった。
「……だから魔物討伐隊に申し込もうって言ったのにさー」
「小動物系の魔物さえ切れませんものね」
「可哀想だし……」
暗に人間は可哀想じゃないと言い切るフリード。秘書という名の保護者であるルミナが肩を落とす。
「人間なら自由自在に思い通りでぶった斬れるんだけどなー……《悪魔》の皮膚と筋肉と脂肪と臓器と血管と神経と呼吸器はどうなってるかなー。人間に近いなら切れそうだ」
剣を振りながらそんなことをのたまう。
「やめなさい。ぶっ倒れた人を庇いながら戦うとかどんな罰ゲームですの」
「わかった。……ジェイ、力になれなくてごめんよ」
「い、いえ」
「代わりに、魔狼さんたちに《悪魔》のことを知らせてくる。……そうだ。絵、借りていってもいいかな」
ジェイははっと気づいて、スケッチブックから《悪魔》を描いたページを破る。
「覚えたので、大丈夫です。友人をよろしくお願いします」
「頼まれた」
彼はすぐにローチを呼び、手早く飛び立った。
武闘派コンビの片割れであるエイミーは弓を掲げてむん! と胸を張る。
「あたしは行くよっ。厄介な腕ぜんぶ潰してあげる! ……《悪魔》の核は撃ち抜けないかもだけど……っていうか、ジェイは撃ち抜く手段あるんだ?」
「……はい」
コンプレックスでしかなかった腕を示して、ジェイも胸を張る。
完全に虚勢だった。
「やれますよ」
「うん、おっけ! じゃあ、準備したら行こっ」
夕闇を飛び、夜を狙って屋敷に突入する。元伯母の感覚器を頼っているのならば、暗闇の方がこちらに好都合であると考えたためだ。
グロウルとミトアに村長の屋敷より手前で下ろしてもらい、そこから向かう……と話し合って決めたところで、ジェイは問うた。
「あの……水を差すようなんですが。どうして、戦いに参加してくれるんですか?」
「簡単だよ」
充血する目は妖しく、笑顔は恐ろしくも美しく。
「――だって、あたしの神様が『悪魔を射抜け』って言ってる」
狂気の笑みを見せる彼女は、溢れる生命力に輝いていた。
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