第23話:宵闇的な故郷
飛竜たちの足は速い。小屋から村本体へ戻るのはまさしく瞬きの間。
「ここで降りようねっ」
[おう]
屋敷のかなり手前で、エイミーは手綱を軽く振って降下を指示する。
スマートな指示も応じるミトアも格好いい……と見惚れる。
[あれはミトアとエイミーの信頼あってこそやから、真似するんやないぞ]
「はっ、はい!」
ジェイの方は飛竜飛行の教本通り、手綱にかける力を弱めて鐙を踏み込む。グロウルはその指示を受けて通常の速度で降下した。
安全のため、屋敷からかなり離れた場所に着陸してもらうのは予定通りだ。
空から太陽の気配が完全に消えるまでの間は皆で地上で待機する。
ジェイはやはりエイミーに許可を取ってミトアに近寄った。
「ミトアさん」
[おう。なんだい、兄ちゃん?」
「……毛皮を届けてくださってありがとうございます」
彼は届けてすぐに戻ってきてくれて、山小屋への移動にも協力してくれた。
[いいってことよ。あんたにゃお嬢が世話になってる]
「僕がお世話になってます……」
[そうでもないみたいだぜ?]
「?」
ミトアの示した方へ振り向くと、エイミーが飛び付いてくるところだった。
地面に両膝をついていたために背中側へ倒れる。
「っ、エイミーさん!?」
「……ジェイ、あたしたち友達だよね?」
「あああああ……あのう……そのう……!」
かっちりな制服姿からはわかりづらい体型や柔らかさを感じ取ってしまいそうになって、グロウルに助けを求める。
彼女は呆れながらもエイミーの襟を後ろから咥えて引っぺがしてくれた。
「友達だよねっ!」
「は、はい……友達、です……」
「!!」
エイミーは満面の笑みで、弓を抱えたまま飛び跳ねる。
「嬉しい! 友達だー! はじめての人間の友達!」
飛び跳ねる彼女を[良かったな、お嬢]と眺めるミトア。
その光景から、以前に聞いた《魔物の友達》がミトアであることに気付いた。
「……え。ルミナさんは……?」
かなり親しげで、時折タメ口も使って会話している。
「ルミナさんは……心理的には対等なの。飛竜隊とか先生役とかの立場も関係なくて対等」
一生懸命なボディランゲージは出会って少しばかりで何度見たことか。こういったところも、彼女に親しみを感じさせる要因なのだと思った。
「ただ、こう……気持ちの方向がね? こう、ルミナさんが一段高い場所にいて、雨あられで愛情を降らせてくれてるみたいな……」
もじもじとして俯く。
「嫌なわけじゃなくて嬉しいけど、同じところで気持ちのボールを投げ合いたかったの。……あ、あたし……説明下手でごめんね。わかる?」
「……。わかりました」
痛いほどにわかった。
ジェイも魔狼たち相手に友達なんて表現をしたが、実際には彼らに面倒を見てもらってばかりで、保護者のようなものだった。対等な友人は居ない。
エイミーが友人だというのならばたいへんに嬉しい。
簡単に伝えると、彼女は弓の柄をなぞりつつ、上ずった声で言う。
「! ……友達なんてできないと思ってた」
「ど、どうしてですか?」
エイミーは心優しい活発な少女だ。ジェイよりもよほど人付き合いが上手いだろう。狩猟本能の暴走を見た時は確かに驚いたが、今では彼女らしいと感じる要素の一つだ。
「8歳で弓をもらって……生まれて初めて撃ち抜いた相手、
「……」
王都に住んでいたのはそういった事情もあったらしい。
「だから嬉しい。ジェイのことばっちり助けるからね!」
「よろしくお願いします。……頼りにしてます」
「うん!」
無限の矢が湧き出るという弓を掲げ、エイミーは「偵察行ってくる」と駆けだした。見かねたミトアが後方すぐを飛んでいく。
「だ、大丈夫でしょうか……」
屋敷に近づいて腕が出てくることも考えられる。
[心配いらん。エイミーの直感は基本的に野生動物を上回る]
「すごい」
[せやろ?]
グロウルはよく隊員や飛竜のことを自慢する。
300年もの間見てきた彼女は、当然ながら隊でいちばんの古株。
[ウチは成長著しい坊のことも誇らしいんや。見違えるで]
「そ、そうですか?」
[おう。出会ったばっかりの頃なんかもう……「自分を虐げてくるヤツから目ぇ逸らして綺麗ごとばっか言いよって。このガキんちょめ」みたいな感じや]
ルミナもわかっとったんやない? とも付け加えられ、もう穴があったら入りたかった。
虐げられていることも、伯父たちが――当時は詳細が分からなかったが――悪いことをしているのもわかっていたはずなのに、関われないものや見たくないものにはフタをして見ないふり。
考えないことにしただけでは現実なんて何も変わらないのに。
「……。仕送りしろって言われて正直ムカつきました。いろいろ衝撃的事件があったので流されかけてましたけど、ムカついた……と思うんです。ルミナさんと隊長がやり込めたとき、ざまあみろって思っちゃいました」
[そらそうやろ。そんなアホな要求されれば誰だってムカつくわ]
「……でも、いざこうして見ると、村がこんなふうになって悲しいとも思うんです」
[あんた伯父より村長向いてるんちゃう?]
「無理ですよ」
自分にニーズベルへの郷土愛はない。これは決定的な気づきだ。
悲しいと思うのも、ごく普通で善良な村人もいるのを知っているからであって、故郷が壊滅する事態に直面しても、来るべき絶望感は襲ってこない。
仕送りをすべきと思い込んでいた自分の衝動はどこから来たのか首をひねってしまうほど。
「でも。荒らされて悲しいとか、《悪魔》が怖いとか……子どもを傷つけたことへの怒りとか……揺れてます」
[……戦いの前はそうやってバランス取るもんなんやろなーって、ウチも魔王との決戦前日に思っとったよ]
「…………」
彼女は魔女。勇者とともに魔王を討ち果たした英雄。
鱗にそっと手を添える。
[ウチな、15歳の誕生日に飛竜になったんよ。もう一度人としての生を歩んでみたいって……軽い気持ちやったんに……こんなことになってもうて……すまんな]
「グロウルさんのせいじゃないですよ。……僕が、ばかなだけなんです」
従弟を見捨てて三、四日経つのを待てば《魔女の血酒》は元通りに瓶に収まる。それだけでいいのに、どうしてもその選択ができなかった。
「僕は自分がすっごく、ばかだなあって思います」
最悪に嫌いな人々のために命を賭けるなんて。
[ええんやない? あんた、きっと魔物と相性がええから]
「……《悪魔》も魔物なんですか?」
[魔力を持った人間以外の生き物が魔物なんやから、せやろ。……殺す自信、あるんやな?]
「はい」
気負いもない即答を聞き、彼女はくすりと笑った。
いたずらっぽい吐息から彼女が未だ少女であると気付いて、ジェイの顔に熱が集まる。
[そんなら、ウチの代わりに体張るあんたに賭けたる]
「え――――」
触れていた手を通して伝わってくるのは温かい波のような見えないなにか。全力疾走の後や風呂上がりに感じる血潮と似ているそれは、きっと彼女の魔法だ。
一部はジェイの腕が吸収してしまったが、吸いきれないほどの魔力が全身を巡っていき、留まる。
「これは……?」
[守りの魔法や。魔力か呪力を吸っても浴びても、あんたの体を蝕むことはない。その昔は勇者と仲間たちにも掛けたもんやぞ]
「!! ありがとうございます」
[ふふん。ま、ウチは大魔女やからな!]
竜なのに表情がよくわかる、愛しい飛竜。
[でもまあ、爪か瘴気の直撃は5回も受けられりゃ御の字。そんくらいに思っといてな。……それこそ血液が手元にあればできることも増えるんやけど]
「いえ。助かります」
ジェイは遠距離攻撃の手段を持たず、接近戦をするほかない。攻撃をしのげるだけでもありがたいことだった。
いつも何度も助けてくれた、偉大なる魔女の首を撫でる。
「グロウルさん、大好きだよ」
[うぉ。……おおう……おう……?]
「帰ったら相棒になってください」
[な、なんや、そっちか。……ええぞ。ウチを乗りこなせるんはあんたくらいや]
「……それって不思議です」
確かフリードも同じことを言っていた。
ジェイは腕に埋め込まれたものを除けばごく普通のグローリア人だ。グロウルのような魔法使いというわけでは全くない。
[フライト中のウチからは、普通の飛竜より過剰な魔力が出とるから普通は酔う。でも、あんたは腕が食べてくれるもんやから平気。ただそれだけや]
「……」
制服の袖に収まる腕を見下ろす。
ボタンを外して袖をまくり、シャツもまくってしまえば――縫い目が夜風に晒される。手首の内から腕の半ばまで延びる傷跡と、開かないようにするための糸。
今まではその場に自分一人であろうとも縫い目を隠さずにいることはできなかった。人目があればなおさらに不可能なこと。
今はできる。
[はあああ!? なんっやその傷は! 腕の悪さもさておき知識も経験も未熟な魔法使いがそんな禁術に手ぇ出すとかどないなっとんねん!!]
赤竜はなんだかとっても怒っていた。……その怒りに救われる。
怒りの声が聞こえたのか、エイミーを背に乗せるミトアが[どうした姐さん]と言いながらこちらにやってくる。
[どうしたもこうしたもないわボケ! っちゅーか坊の両親は息子がこないな目に遭わされて何やっとん!?]
「あ、僕の両親も別に善人というわけじゃなくて。伯父経由で魔女さんたちとの取引に息子を一日貸し出せと言われて、内容を知らされないまま貸し出したらこんなことになった息子が気味悪くて、プラス罪悪感でぎこちなかったというか――」
[救いはないんか!? っちゅーかその魔女どもも幼子に傷なんかつけるんやないわ――!! 魔女なら村長とその親族に呪詛れ!!]
じゅそるとは……?
そんな疑問が浮かぶジェイのすぐそばにミトアが着陸する。
[……兄ちゃん、苦労したんだな]
「あ、ああ……いや、でも、苦労してない人なんていないと思ってます」
怒ったり泣いたりと忙しい赤竜こそ、自分などよりよほど苦労している人。
ジェイが《悪魔》を倒したい動機には、グロウルに早く人間に戻って喜んでほしいから……という、至って個人的な感情も大きな割合を占めている。
「とーうっ」
ミトアの上から、エイミーが飛び降りる。
そして告げた。
「行くよ、ジェイ」
「……はい!」
覚悟はとうに終えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます