第18話:数値的な計測

「隊長のあの剣は、人の害意を感じ取るんだよ」

「害意、……ですか!」

「そう。殺意・悪意・敵意……そういう感じの攻撃意思的なものを察知する。範囲が激広いから普通は発狂すると思うんだけどね。……大丈夫?」

「はい……!」

 初めて来たばかりの山とは思えない速さで走るエイミーと、それを追いかけるジェイ。ちなみに熊は魔狼たちにプレゼントしたので手元にない。

 エイミーの身体能力は弓に宿る《狩猟の女神》の加護込みでのものだそうだが、追いつけないほどではなかった。

 ただし。

 ジェイの方は自身の足の速さに比例して腕が熱を持っていく。

「……腕痛い?」

「いえ……痛みは、ないんです」

 痛みはないが、腕の浸食に対する恐怖がある。いつか自分の体が乗っ取られてしまうのではないかと考えてしまうのだ。

「怖いなら誰かに相談するのもいいと思うよ」

 実を言えば、ジェイの腕に何かがあるというのは来てすぐでほとんどの隊員が察していたのだという。

 新人研修で接するエイミーを筆頭とした先輩隊員たちや、授業を行うルミナも。しかしそのことについて触れることはせず、調子が悪そうであれば助けようと話してくれていたのだとか。

「腕をさすったり、痛そうに引いたりするから。……無意識だろうけどね」

「……すみません」

「謝ることじゃないでしょ。大丈夫よ、飛竜隊うちでは呪いを秘密にしたい人たくさんいるから!」

「たくさんって、呪われてる人自体多いんじゃ……?」

 その表現ができる時点で、呪われている人物の母数が多いことがわかる。

 本人たちに確かめてはないんだけど……と前置きした上で答えた。

「隊の8割?」

「…………」

「分かってる範囲だからもっと多いかもってルミナさんが言ってた」

「そ、そうですか」

 割ととんでもない。

「ところでその、飛竜さんたち、無事に着いたでしょうか……」

「大丈夫でしょ」

 グロウルとミトアには、先にニーズベル上空へ向かうよう伝えてもらった。エイミーが弓矢の届かない高度をミトアに指示し、グロウルはそれを参考についていく……山の民側にも射手がいるのではないかと警戒した形だ。

 なぜ「弓矢が届かない高度」を知っているのかと言うと。

「ミトアと喧嘩するたびあたしが撃ちまくったから、きっと体が覚えてるよ!」

「だ、大丈夫なんですか?」

「先っぽが綿の矢だもん、当たってもちょっと痛いくらいよ。むしろあいつ、途中から避けまくって、あたしの上に水をばっしゃんばっしゃんと落としてくるの……!」

 息ぴったりなペアも喧嘩をしながら仲良くなったのだな……と微笑ましい。

「ミトアさんも高速で飛べるんですよね。急いで来て下さってありがとうございます」

「ミトアは高速飛行できないよ。あれはルミナさんがあたしとミトアごと転移魔法使ったの。すごいでしょ!」

「……ルミナさん何者なんですか?」

 魔法に疎いジェイであっても、遠距離で大質量を移動させる魔法が高度なものであることは推測できた。

「さあ?」

 飛竜隊には謎の人物ばかりだ。

「ほら、ジェイもさ。飛竜隊うちって、表面はまともに見えても一皮剥けたら変わり者ばっかりだから! 自分をさらけ出して受け入れてくれるって嬉しいよね」

 話題の寒暖差が激しくて、聞かされるジェイの情緒は不安定に乱れていく。

「そ、そうですね……」

「でしょ!? 体の一部か全部に何かがくっついてる人も多いから、相談相手には困らないよ。ルミナさんに言ったらマッチングしてくれるはず! 何かあったらすぐ言うのよっ?」

「……ですね」

 腕のことを秘密にしていたのは、知られたら受け入れてもらえないんじゃないかと思ったからだ。……そう考えるようになったのはこの村での経験からで、そうとわかったのもごく最近で……自分はこれまでごくごく狭い人間関係で生きてきたのだなあと感じる。

「話してみたいです」

 飛竜隊という、自分と似た人たちの集まり。胸襟を開いて話し合えばもっと仲良くなれる人がたくさんいるのかもしれない。

「良かった。だってみんな、あたしが朝イチで狩りに出るのも鷹揚に見守ってくれるくらい――あ、隊長の痕跡」

「痕せ――ひっ……!」

 村に近づくにつれて死体が現れ始めた。

「あ、あの方、何者なんですか……!?」

「元特殊部隊所属の暗殺者」

 納得のいく肩書は提示されたが、ますます謎は深まるばかり。彼が飛竜隊にやって来たのは少なくとも8年以上前であり、それより前に暗殺者をしているとなるともはやなにがどうなって。

「???」

「混乱するのは後!」

 ぶるりと震えたエイミー。

 恍惚としてする舌なめずりからして、恐怖ではなく武者震いなのかもしれない。

「そろそろ村に着くよっ」

 見えてきた建物はどれも燃えた痕跡はなく、少しばかり煤けているかどうかといった様相。人を誘き出すためという推測は当たっていたのだ。

 ……どの家も扉が開いており、血しぶきが飛んでいる場所もある。村民を誘き出した跡を山の民が根城にしていたのだろうか。森で見かけた死体――鋭い剣に切られたかのような傷を負ったあれらを思い出し、中がどんな様相になっているのか確かめる勇気は出なかった。

「わー! 見よう見よう!」

「見ませんやめましょう隊長かルミナさん探しましょう!!」

「そっか! わかった!」

「わかってもらえましたか! 嬉しいです……!」

 エイミーが入って行こうとするのを止めていると、あちこちが妙に灰色のコートを着たフリードが朗らかな笑顔で村長の屋敷に入っていく。

 怒号、悲鳴。

 何かが壊れる音と割れる音。

 重たいものがぶつかったような鈍い音。

 鋭い風切り音。

 それらが入り混じる喧騒がしばらく続いてのち、命乞いと断末魔が飛び交い――最後にすべてが沈黙する。

「……………………」

「すごーい……えへへ」

 様子がおかしいと思えば、エイミーの目は痛々しいほどに充血し、ぐらんぐらんと頭を揺らしていた。

「エイミーさん、大丈夫ですか!?」

「あれ? 二人とも来たのか」

 扉が開いて、頼れる隊長が姿を現す。広がる赤色は記憶から速やかに抹消した。

 慌てて来なくてもいいのに……と苦笑しながら付け加えるフリードは全身に血を浴びていたが、彼自身は五体満足でケガもないようだ。

「あと二つだけだから、そろそろ安全に……って、うわ」

 ハイテンションなエイミーを見て顔をしかめる。

「……ヤバいな」

「にゃーん☆」

 彼女がフリードにがばっと抱き着こうとするのを止める。上司と部下だとか異性同士だとかの問題ではなく、血まみれのコートを脱ぐフリード自身が「やめた方が良いよ」と固辞しているためだ。まだ手や首に錆びた赤色が残っている。

「たーいちょー。あと、何人いまふかー? あたし最強のかりゅーどなので……うぇっぶ……」

「わー、気を確かに!!」

 えづくエイミーの背を必死でさすった。

「血の匂いにてられてるのかな。いつにもまして副作用がひどい」

 ルミナの言っていた呪いの副作用という言葉が頭をよぎる。どうやって抑えればいいのだろう。

「……まあ、こうなったら仕方ないし、ミトアに預けておこう」

「ええええ」

「少し放っておけば収まるから。調子のわかってるミトアに頼むのが一番いいよ」

 聞こえたわけではないのだろうが、上空にいるミトアとグロウル、ローチの三匹がわずかに高度を下げる。安全が確保されたと判断したのだろう。

 その瞬間。視界の端の、村長の屋敷の屋上で何か煌めいた。

 しかし。煌めきが放たれるより前に、光源へとエイミーからの矢が飛んでいく。

 射手を射抜いていると気付いたときには、ふらついていた彼女は、弓を構えて凛として立っていて――美しかった。

「……」

 狩猟の女神が魅入るのもわかるような佇まい。正しく美しい所作が彼女の弓の腕を証明していた。

 彼女は自分の頭を何度か叩いてこちらを向く。

「……うん、落ち着いた」

 普段の快活さを取り戻して笑う。

「ジェイ、お世話になったね」

「あ……いえ」

「隊長も露払い、ありがとです」

 切っ先を地面に向けて黙っていたフリードが首を振った。

「かまわない。隊員を守るのも務めだよ」

「ひゅー! このいっけめーん!」

「まだ酔ってる?」

 からかいに眉一つ動かさず返す様子に、20歳という節目を迎えた人は違うな……とジェイはずれた感心を覚えていた。

「あと少し撃ちたい気分なのはホントですけど、今のは隊長をからかいたかっただけです!」

「ほんっといい性格してるよね、エイミーは」

 えへへと笑うエイミー。こういう性格だから、彼女は人どころか魔狼とさえ仲良くなれるのかもしれない。

「で、あと何個ですか?」

「残り一つだ」

「?」

 その会話の意味はわからなかった。

「あ、――見っけ」

 剣を振るった。

 見えない斬撃が飛び、遠くの家の屋根に立つ男を切り裂く。

「…………」

 明らかに通常の物理現象ではなかった。

 フリードは血の一滴もなにもついていない剣を軽く振って、また首から体に戻していく。

「良かった。これで全員だ」

 なんの個数か謎だったが——彼は付近の害意を数えていたのだ。

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