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第19話:清掃的な相談
三匹の飛竜は清潔な地面に降り立ち、各々の乗り手と寄り添っていた。
「どう? 気配あるかな……?」
屋敷の近くでジェイが問うと、赤竜は首を横に振る。
[いくらなんでも血臭が濃すぎてわからへんのよ……]
「……で、ですよね……」
[でもま、感覚的にはここにあるわ。掃除人のお仕事を待つことにする]
掃除人というのはルミナが連れてきた国境警備隊のこと。かっちりとした制服が飛竜隊のものと似ており、あちこちの惨事にも臆さず後始末をしてくれていた。
先程まで姿が見えなかったルミナは、彼らを連れて山の民のアジトへ向かい、用を終えて戻ってきたのだそう。
「隊長ったら山賊を切り捨てて進むばかりなのですもの。攫われた人々を救い出して、安全な場所へ引き渡しておりましたのよ」
「お疲れさまー!」
「ありがとう、エイミー。あなたの労いに報われますわ。隊長はさっさと書類を書いてくださいませ」
「書いてるよ。先にジェイへのフォローを頼む」
「ですわね」
長い金髪を揺らして歩き、座り込んでいるジェイに微笑みかける。
「……人死にを見るのは初めてですか?」
「いえ」
「そう……辛かったら、戻って良いのですよ。お友達のところへ送りますわ」
「大丈夫です。えっとその……」
エイミーが仕留めてしまった一人を皮切りに捜索や襲撃が始まれば、あの馬小屋の場所がバレてしまう。そうとなれば、滞在する隊員のみならず、魔狼にも危険が及ぶだろう。それを厭ったフリードが処理をした。
落ち着いたいまはそういうことなのだと理解している。
「……僕だけ何もしていないのが、申し訳なくて」
二人はジェイを守ってくれたのに。
「良いのです、良いのです。あなたはあなたにできることをしてくださいな」
「……はい!」
「ふふ。前向きになりましたわね」
「?」
「こちらの話ですわ。……良ければミトアのお話を聞いてさしあげて?」
そう言われ、エイミーが椅子にしている飛竜を見やる。
彼は時折呻き声を漏らして苦悶していた。
「……ミトアさんになにが……?」
「それを突き止めてほしいのです。仕事自体はきっちりなさるのですけれどね……」
エイミーに許可を取って近寄ると、ミトアはすがるようにジェイを見つめた。
[なあ兄ちゃん……ずっと、男だと思って踏みつけてきたやつが、女だったら、どうする……]
「……トイさんのことでしたか」
[オレぁ女に手を上げねえ主義なんだ。だったんだよ……]
ミトアが言うには、トイグランが食いしん坊で餌を奪うのは困ったものながら、互いにできないことができる頼れる仕事仲間であり、良きライバルだと思っていたとのこと。
トイグランは長距離高速往復一辺倒で、細かに航路を変更したり、途中休憩などは挟めない。《止まり木》も滞空も下手であるから、今回グロウルたちが行ったように乗り手を乗せたままの偵察も不可能。
対照的にミトアは高速飛行はできないながら、トイグランができない大抵のことはこなせてしまう。二匹は確かに良い関係を築いていたのだろう。
[……男友達が女だったって考えてみろ……距離感なんざ見失っちまう]
「う、うーん……」
ジェイに人間の友人は居ないため、あまり想像がつかない。
「でも、柵がお隣さんですよね。気まずい……ですよね」
[そうなんだよ……]
めっきり弱気なミトアの上で、エイミーがぶんぶんと腕を振り回し始める。
「なんでジェイには話すのっ!? あたしがトイくん指差しても知らんぷりしたくせにー!」
[なんか騒いでるが、お嬢に相談なんざしねえと伝えろ]
「えっ」
「ミトアはなんて? あたしの優しさに感銘を受けて反省してる? 素直になれって伝えてね」
「えっえっ」
[ほれ、通訳]
「えっえっ、あの」
「通訳して!」
見事な板挟みに陥って挙動不審になるジェイ。
泣きそうながらも、ミトアの悩みをかいつまんで伝える。
最初は通訳をねだっていたエイミーだったが、途中で諦めてくれたようで、最後には深いため息をついた。
「場所替えなんて無理でしょ……帰ったらトイくんと話し合ってケリつけてよ。……って伝えて」
「は、はい……! 場所替えは無理なので、帰ったらトイさんと話し合って、気持ちにケリをつけてほしいそうです」
[う……仕方ねえ。腹括るか……]
「いざってときはあたしも協力する」
エイミーの言葉を伝えると、ミトアは冷静に答えた。
[お嬢自身が思うほどお嬢はそういうの向いてないぞ?]
「……」
何はともあれ。
なんとか通訳をやり終え、昼寝中のグロウルの方へ戻る。
「ジェイ」
「? はい、隊長」
書類を書き終えたらしいフリードが、ルミナを伴ってやってきた。ローチもついてきて彼の足に鼻先をつける。
「警備隊の方で、保護した村人たちに聞き取りをしてくれたらしい。その報告書を見たところ、キミのいう村長的な存在とそのお子さんはいなかったみたいだ」
山の民による死体の中にもなかったと付け加えられ、続きをルミナが引き取る。
「そういったわけですから、あの屋敷に隠れていると思われるのです。《血酒》を持っているのではないかとも考えられますわ。探してみませんこと?」
「え……でも、警備隊の皆さんが……」
「改めての清掃や供養は後日にしてもらいました。さすがに死体等は回収されましたから、わたくしたちが入っても問題ありません」
警備隊の方を振り向くと、撤収を終えた彼らはジェイに励ましの言葉やお悔やみの言葉を述べて去って行くところだった。涙を流している人さえいる。
飛竜隊側から挨拶をして見送ってのち、フリードが良い笑顔で告げた。
「貧しい故郷に仕送りする新人が、親代わりに育ててくれた伯父伯母と可愛い弟の死を惜しむ時間を欲しがっている……って感じに言っておいたよ!」
「息吐くように嘘つきますね!?」
生き残りが隠れているかもしれないという情報を警備隊に伏せての口八丁。
これは特殊部隊で培った技なのだろうか。
「もうちょっと感謝しても良くない? キミとグロウルさんをここに連れてきたくて色々頑張ったのに……」
「感謝してます! もちろん、大変うれしくてありがたいんですけど、その……あああ、罪悪感が……」
警備隊隊員の様子の理由がわかり、申し訳なくて頭を抱える。
故郷と決別する新人であるジェイが、フリードにかかれば故郷のために頑張る(超優秀な)新人になってしまう恐怖。
そんなことは露知らずで、フリードとルミナは話し合いを始めた。
「計画立てるかー」
「それは隊長の頭の中でやっていただくとして……飛竜たちはどうしましょう? 上空で待機してもらいましょうか」
「探索にどれくらいかかるかわからないな。生態的に滞空できるミトアはともかく、《止まり木》を使うグロウルさんとローチはつらそうだ」
「ですわね。……ジェイ?」
「は、はい」
手招きされて近寄る。
「飛竜たちだけで馬小屋の方へ戻れるかを聞いてみてくださいますか?」
「わかりました」
目覚めたグロウルがちょうど伸びをするところだった。
[聞いとったわ。大体の場所は覚えとるから、三匹で戻れる]
「戻れるそうです」
「ならそうしましょうか」
フリードにくっつくローチも頷く。
しかし、背にエイミーを背負うミトアに通訳したところで、彼が首を横に振った。
[お嬢がいる限りは残るぜ。オレは浮いてられっからな]
「でも、探索が長引いちゃうかもしれませんよ……」
体重の軽い鳥とは違って、飛竜は木の枝に止まって休むことはできない。体を休めるにはこうして地面に降りる必要がある。降りている際に何事かがあればパニックを起こす可能性もあり、荷物を運ぶときなどを除いて乗り手が離れることは望ましくない……と、飛竜隊でも教育されている。
[そこの隊長さんが皆殺しにしただろ。大丈夫さ]
「……伝えてみます」
聞いたルミナは少し考え込んでから、ぱんと手を叩く。
「不測の事態は起こり得るもの。ミトアさんにはお言葉に甘えて待機していてもらいましょうか」
[せやったらウチも待っとるわ。……ローチは帰れる?]
[わたしもいる!]
[そか]
ローチはのしのしとやってきてグロウルに寄り添う。
「じゃあ、みんなには待機していてもらおうか。よく考えればグロウルさんがいた方が話が早いだろうしね。……ちなみに、気配は感じてる?」
「はい。先ほどもこの屋敷にあると言っていました」
「そっか。……もともと《魔女の血酒》が目的だったんだし、ここまで来たら見てみたいよね」
ルミナに同意を求めると、彼女も微笑んで頷く。
「わたくしも楽しみにしておりましたわ。……エイミーはどうします?」
「んーと……」
弓の手入れをしていた彼女は、少し悩んでから頷いた。
「あたしもいく」
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