第20話:平和的な尋問
屋敷の内部にはところどころ染みがついていたものの、それ以外にグロテスクな様子が残っているわけではなかった。家具や食器、窓が割られて荒らされているのは主に山の民によるものなのだろう。
玄関から少し進んで、大きな広間。
先頭で足を踏み入れたフリードは剣の切っ先を回して周囲を警戒している。
「……うん。付近に攻撃意志はない。大丈夫そうだよ」
「ありがとうございます、隊長。お邪魔しますわ」
「お邪魔しまーす」
「……お邪魔します」
広間の中心は染みが多い。山の民が集まっていたところにフリードが突入したのだろうか。
「隊長はどこまで踏み込んだのです?」
「2階まで。割と隅々まで歩き回ったから、屋敷全体を見たと思うんだけど……」
「屋根裏……いえ、地下室かしら」
「そうだな。ありそうな場所もいくつかあった——の前に」
剣を振るう。
壁の絵画……に偽造された扉が切り裂かれ、ナイフを構えた男性が見える。
剣を手放して駆けると同時に、エイミーの矢が足に命中。体勢が崩れた瞬間にナイフを奪い取り、口に布を突き込み、床に転がしたところでマウントをとって肘で鼻を殴打。
奪ったナイフを振り下ろそうとして、しかし、ルミナが抱きついてフリードを止める。
「大丈夫。あなたが殺す意味のない人です」
「……うん」
完全に怯え切った男性を見下ろし、彼は言い切る。
「殺さないから、安心してくださいね」
「お、おぅぅ」
「なんで怯えてるんですか? 笑ってください」
自分に向けられているのではないのに、会話の脈絡の不明さにジェイの体が震え始めた。
見かねたエイミーが肩を引っ張って、マウントポジションから降ろす。
「隊長落ち着いて。サイコな殺人鬼にしか見えないよ」
「戦意を折りたかった」
「もう折れてるでしょ……ほら、剣拾って」
「うん」
男性を手当てするルミナが、微笑んでジェイを手招き。
改めて男性を見る。
顔を腫らして鼻血を流しているせいで印象は違っていたが……ジェイの伯父だった。
「……伯父です」
「そう」
撃たれた足を手当てしてやり、口に詰められた布を抜く。
「貴様ら、このワシにこんなことして無事で済むと思うなよ!!」
殺す気がないと知るや否や途端に怒鳴りつける。彼は立場が上だと感じるとそうする。
飛竜隊に来るまでは身が竦んでしまって仕方がなかったが、どうしてか今の伯父は哀れに思えた。立場の上下でしか見られないのに、状況を察する力に長けているわけでもない伯父。
その証拠に、ナイフ片手のフリードが剣を拾って「見て見て二刀流」とエイミーに自慢する姿を見ただけで怯えきる。
「楽しそうで何よりですけど、ナイフ返してあげたらどうです?」
「返したら相手もきっと死に物狂いで斬りかかると思う。殺害現場をジェイに見せるのってどうかと思う」
「隊長って意外と人の可能性を信じるタイプですよねー」
こんな内容だが、二人はいたって明るい調子で会話している。
「ナイフを置いて剣もしまいなさい。話が進みませんもの」
「わかった」
「エイミーも弓を構えるのはやめて。こちらに来てくださいな」
「うん!」
武闘派の二人がやってきたことで伯父がまた怯え始める。
だが、ジェイを見て顔を歪めた。
伯母と同じ表情。
「ジェイ……手紙の返事はどうした」
「えっ」
思わず燃やした人の方を見るが、彼は「紛失は飛竜隊ひいては王国軍の責任です」などとしれっとしている。
「それに、お前が……どうしてもというから申し込みをさせてやったというのに! 仕送りもせず、こうして上司たちをけしかける……飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ!!」
「……けしかけて、ません」
むしろこの人たちをけしかけることができる人がいるなら見てみたい。それくらいに想像つかない。
喚いて、怒鳴って。伯父は泡を飛ばさんばかり。
「ジェイ」
「は、はいっ」
呼びかけたルミナが微笑むだけで、伯父の声が遠ざかる。
「もし殺したければそうしますが、どうしますか?」
「…………」
この質問をするのが彼女だとは思わなかった。
「……殺しません」
「わかりましたわ。……隊長?」
切れ味の良いナイフの話題でエイミーと盛り上がっていたフリードを手招き。
「なに?」
「葡萄酒のこと、聞いてみましょうか」
「わかった」
フリードの「特殊部隊流の平和的尋問」が終了し、へろへろになった伯父は、しかし超真剣に山の方へと逃げていった。
木々の間に消えるまで、エイミーが弓を構えていたからだ。
「よしよし。安全に逃げられたね!」
しかも構えていた彼女は「クマちゃんに襲われたら助けられるように」という善意。空恐ろしいものを感じた。
「エイミーったら、狩猟の女神様のお陰で倫理観が前時代的なのですわ。良い子なのですけれど……驚かせてごめんなさい」
「あ、いえ……」
「隊長、見送り終わったよー!」
無邪気に手を振る隊員に、フリードは苦笑して手を振りかえす。
「ありがとう。一仕事終えたばかりで悪いけれど、探索についてきてくれ」
「はーいっ」
先頭をフリード、
伯父から聞き出した情報は大きく分けて四つ。
山の民と取り引きをした結果襲われた。
屋根裏に伯母と息子が隠れている。
伯母が《魔女の血酒》を持っている。
伯父本人は侵入者を倒すために一階で隠れていた。
「最後のは嘘。自分が一番逃げやすい場所で様子を窺ってた。……それはさておき、なんの取引だったのかまで要領を得なかったな」
「わたくし、書いておりましたわ」
「助かるよ」
秘書ですものと胸を張り、飛竜隊の仕事道具である手帳を取り出す。
「……ですがまあ、『新たな命を得る』とか『生まれ変われる』だとか、情報弱者が騙されやすいワード二大巨頭を言い換えたことしか言っておりませんわねー。中身が薄くて目的を掴みかねますわ」
「うーん……取引相手はなんだっけ?」
「山の民に協力する魔法使いだそうですわ。なんでも、火を操ってみせたそうです。……魔法使い、居ましたか?」
「殺しちゃった」
「真相は闇の中ですわね」
先頭側の二人が恐ろしい会話をする後ろで、エイミーはジェイに飛びついてはしゃいでいた。
「人間のグロウルさんって、きっと美人さんだよね! 早く見たいなーっ」
「あはは……そうですね。声を聞く限り……」
「ジェイのそれって、聞こえるときに声質あるのっ? どんなふうに聞こえてるの?」
「えーと……」
グロウルの声は後味が甘く響いて美しく、西方の訛りも滑らかに発音するので利発に感じる……と伝えると、彼女はもう興味津々だ。
「ふんふん……ミトアは?」
「渋くてカッコいい男性って感じです。あ、お年寄りってふうではないですよ」
「ええ!? あいつが!? 無理やり連れてった川で魚に尻尾噛まれて大騒ぎのミトアが……!?」
「そんなことしてたんですか!?」
他にもトイグランが幼い少年っぽい声であることや、ローチの声が物静かで可愛らしい響きであることを伝えていると、一行はようやく階段に差し掛かった。
「この広さなら階段は複数あった方が良かったんじゃないか? 本当に火事やら災害があったら避難にもたつくだろうに」
「我々が言っても仕方のないことですわ。あら、外れそうな踏み板が……皆さま、お気をつけて」
「気をつけまーすっ」
「はい!」
踏み込むたびに音が鳴る階段を抜けて、開けた2階へさしかかる。
「屋根裏がありそうな場所を見てみる」
「お気をつけて」
三人で固まっているようにと指示を出し、フリードは歩き出す。
ルミナは内装を見て感想を述べる。
「古くなって、改修もあまりされておりませんが、立派な建物ですわね。……どこから財源がきていたのでしょう?」
「……昔、ここらは火魔法管に使う鉱石がたくさん採れたそうなんです」
馬小屋に住むより前に武勇伝的な歴史書を読まされた。
スイッチを押し込むだけで円形の火がつく火魔法管は、特定の鉱石をまぶした金属を油が通ることで成り立っている。鉱石は一部の地域しか取れないので希少である……とのこと。
「あらあら。火山でもありませんのに珍しいこと」
「……その割に、火魔法管がない村って変じゃない?」
エイミーの質問に、うろ覚えな記憶をたぐる。
「えっと……村で使う分も惜しんで売り払って、最後には『安くやりますよ』という売り込みの業者に騙されたとか……」
「うむむむぅ……」
「当時はたいそう潤ったでしょうに」
ルミナのその呟きは、古いながらも豪華な内装に表れている。彫刻で飾られた柱や扉。窓辺には毛皮のカーペットや、屋敷と村の様子を描いた風景画。
「あのっ……窓際のカーペット、えと。窓を見に行くとしても……そのときには踏まないで、ほしいんです。……いいですか?」
「もちろんですわ」
「はーい」
二人とも明るい笑顔で了承してくれた。
「ありがとうございます……!」
「どういたしまして。……ていうか、モフモフさんたちにどうしたらいいか聞いた方がいいよね……」
「ですわね。……心配そうなミトアに運んでもらいましょうか」
割れた窓の向こうに、紫の飛竜が滞空していた。
ジェイはリュックに入っていたベルトでカーペットを丸める。
「ミトアさん!」
[おう。オオカミさんらに運べばいいのか?]
「お願いします。えと……ボスに話を通すのが早いかな……」
[あの白い美人か]
大の友人が美人と認識されていて嬉しい。
[何照れてるんだか知らんが、よこしな」
「すっ、すみません! ……何か誤解があるといけないので、いざというときは僕の名前を出してください」
[任せな]
ミトアの背に託すと、彼は翼の動きのみで滑らかに上昇していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます