第17話:狩猟的な会議

 ガラスなんて上等なものは窓についておらず、半開きになった雨戸から差し込む日差しが目覚ましだった。

[ジェイ遊んでー]

[遊んで!]

「……おはよう……」

 起きるなり飛び乗ってきた魔狼に顔をべろべろと舐められるのも懐かしく感じた。

 なんとか起き上がって身支度をしていると、建てつけの悪い扉を器用に開けてボスが登場する。

「おはようございます!」

[おはよう。外に誰か来たのだけれど、お友達?]

「あ……僕の上司と先輩です」

 宣言通り朝早くに来てくれた。どれほど飛ばしてきたのだろう。

[そう。村の様子を見に行っているようだから、戻ってきたら通訳してちょうだい]

「はい——ごふっ!!」

[まま!]

[まま遊んで!]

[はいはい]

 踏み台にされるのもいつものことだ。じゃれるのは彼ら流のコミニュケーション。

 そうと知っているから、ジェイは起き上がって制服を着用した。

 部屋を出て、すぐ隣の部屋をノックしようとして、すでに開けていることに気づいた。意識せずとも内部が見える。

「隊長、ルミナさんとエイミーさんが到着したみたいで——ってうわぁ!?」

 お行儀よく並ぶ小さなモフモフたちと、部屋の奥で干し肉を切り分けるフリード。

 どう考えても彼が持ってきた食料のほぼ全てであることに気づき、急いで部屋に分け入る。

「ねだられたからってあげちゃダメですよ、隊長! ちゃんとご自身で食べてください!」

 つぶらな瞳のおねだりに負け続きの自分を棚に上げて訴えると、フリードは嫌そうな顔で答えた。

「食べたよ。余った分をあげてるだけ」

[タイチョー、おばちゃんたちに分けてくれたんだよ!]

[血のにおいするけど優しー!]

「子育て中のおばさま方にあげて隊長が食べる分があるはずないでしょう!」

「うわ、そうだった。聞こえるんだ。……お前たちダメだろう、こういうことは秘密にしなくちゃ」

[[[ごめんなさーい]]]

「よしよし。ジェイはともかく、特に金髪の女の子にだけは言っちゃいけないよ」

 姑息に言い含める彼は、干し肉を食べて満足したちびたちが出たのを確認してから制服のジャケットを羽織る。

「二人来たんだろう? 迎えに行こうか」

「はい。……あの、僕まだ朝の分の干し肉食べてないので、分けましょうか?」

「キミが断食してどうする……」

「ご病気なのかと思いまして。心配で……」

 飢餓には慣れていると自負できるジェイだが、さすがにフリードほど食べずにいれば体に不調をきたしたものだ。

「昨日、剣見せただろ? あれに三大欲求を持ってかれてるだけだ」

「三大欲求……ですか」

「食べる・寝る・楽しむの三つだね」

「楽し……え?」

 正しいようで間違っているような発言は(話題的にも)追及できず、二人は物置の外へ出た。

「うひゃー! もっふもふだー! モフモフのモフ子! 今日からキミはモフ子だー!!」

[わーい! きょうからモフ子だー!]

 はしゃぎ回って草むらに散らばる黒髪。

「はい皆さん順番に。まだありますから、子育て中の方やその旦那様の分を優先してくださいませ!」

 鋭く指示を飛ばして揺れる金髪。

 活力に溢れた女子二人は、朝から煌めいていた。

 ルミナは干し肉や生肉を魔狼たちに配っている。彼女の言葉はオオカミに通じないのに、彼らは育児をする母狼を優先して食料を運んでいく。

「あら、おふたりとも。おはようございます」

「うん」

「おはようございます! あの、これは?」

 肉類が山のように積まれている。

「うちの隊長と新人が世話になっているのですもの。これくらい当然ですわ。資金は隊長の預金から」

「別にかまわないが許可取ってくれ」

「次からそういたします」

 後方ではミトアがあくびしており、荷物は彼が運んできたのだとわかる。

 さて、その彼の相棒であるエイミーは、モフ子と名付けた魔狼(彼女がわかっていたか不明だが幸いにも女の子だ)を首に巻きつけ、弓を背負って野性を感じる装い。

「隊長! あたし狩りに行ってくる! ここらへんクマちゃんいるんだって! 仕留めて持ってくる!!」

 クマちゃんとの呼び名と「仕留めて持ってくる」のギャップは凄まじいものがあったが、慣れっこらしいフリードはおおらかに頷いた。

「いいんじゃないかな。オオカミさんたちに失礼のないようにするんだよ」

「はーい!!」

 返事をし切る前に森の方へと駆け出す。

 その後ろには一つの群れがついていく。魔狼の中でも狩りを得意とする大人のグループと、彼らから学んでいる最中の若者のグループの混成だ。

 会話の断片を聞き取ったところ、エイミーという狩人のお手並み拝見……といった感じだろうか。

「……ん?」

 木々に隠れていく後ろ姿に違和感。

 彼女、矢筒を背負っていない。

「……………………」

 前に見た狩猟ではミトアに持たせた矢を使っていたのだが、なぜ?

「大丈夫……でしょうか」

 ジェイの呟きにルミナが応じる。

「ああ、エイミーの弓は呪われておりますから、矢など番えずとも無限の矢が湧き出ますわ。心配無用です」

「呪い……」

 フリードも、エイミーも、ジェイも。なんらかの形で何かに呪われている。不思議で不吉な共通点だ。

「副作用は無性に狩りがしたくなることですわね」

「独特な副作用だ……」

「でしょう。……ふふ、ジェイの呪いはどんな副作用があるのかしら」

「————」

 しかし、深掘りのために聞いたわけではないようで、気づけば彼女はフリードに呼ばれてなにやら話し合いを始めていた。

 無意識に引いていた腕にボスがキスをする。そういえば、鼻先でつつくような愛情表現は飛竜と共通なのだな……と思った。

[おまえの上司、どちらもおかしな気配。人ではないように感じるわ]

「そうですか?」

[ふう……おまえは昔から鼻が利かないわね]

「し、仕方ないじゃないですか……」

 二つ先の山から獲物の匂いを嗅ぎつける魔狼たちには敵わない。

[まあいいわ。できの悪い子ほど可愛いとはよく言ったもの……ちびたちと木登りをしたおまえが泣いて助けを求めたこと、今でも思い浮かべられるわ]

「や、やめてよ……!」

 二人に聞こえていないとわかっていても恥ずかしい。フリードたちの方へ逃げた。

「あら、ジェイ。ちょうど良いところへ」

「なんでしょう?」

「村長的存在について、その家族ごとまるっと知っていることを教えてほしいのです。……話せまして?」

「はい。えと……伯父は50代後半。伯母は40代前半で、一人息子がいます」

「ふむふむ。特徴的な性格などありますか?」

「伯父伯母は強欲で、一人息子の方はわがままです」

「……苦労なさったのね」

「わ」

 撫でられてしまった。

「国境警備隊と、近くの領主に救援を要請しております。……と言っても到着に半日かかるそうですから、どうしましょう——」

[ウチの血を、回収したいんやが!?]

「あらグロウルさん」

 懐く魔狼たちを振り切ってようやくやってきた赤竜は、ぜえはあと息を切らしている。

「なんておっしゃっているの?」

「えと……《魔女の血酒》が本物だったんです。それを取り戻したいそうです」

「まあ、たいへん。……盗まれてどこに行っているのやらわからないのではなくって?」

[まだあの屋敷にあるんや。わかる。価値のわからん山賊どもに奪われるより前に取り戻したい……!]

 セリフをそのまま伝えると、ルミナは国境警備隊への報告書を認めていたフリードに問いかけた。国境警備隊とは、王国各地を収める領主の名のもとに編成される独自の軍のうち、マニエラやフシュトといった隣国に近い地域のものを特別にそう呼ぶらしい。

「どういたしましょうか、隊長?」

「あれだけ蹂躙されておきながらまだ見つかっていないなら……持ち主が屋敷に隠れていると考えるのが妥当じゃないかな」

「ですわねぇ。……見つからない場所に隠れられるとしたら、屋敷内を熟知した村長ご夫妻とお子様かしら」

「それか山賊と村長が通じていて、自分の村を売ったとか? ……キミの知ってる村長はそういうことやると思う?」

 ジェイに視線が戻ってくる。

「やると思います」

 やってもおかしくはないと思う。

「……そうか」

「罪深い村ですわねぇ……」

 離れてみてジェイもそう思った。

 この村はおそらく、いっそ滅んだ方が世界がマシになる。そんな部類の人間の集まりなのだろう。

 書き終えた書類をルミナに託し、フリードはグロウルに告げる。

「俺たちはあくまでも荷運びの飛竜隊であって、軍でもないし治安維持の国境警備隊でもない。あなたの願いを叶えたいが、無理はできないよ」

[わかっとる。……わかっとるけども……]

 彼女が人間に戻るチャンスだ。ジェイは唇を噛みながらも、グロウルの足を何度もさする。

「隊員に累が及ばない限りで、できることをする。それでいまは納得してほしいな」

[……]

 力無く頷く。

「ありがとう。……力になれなくてごめん」

[ええよ。ウチの方こそなんも力になれへんし]

 通訳の結果、そんなことはないと三人一斉に伝えると、グロウルは複雑そうに照れ笑いをした。

 空元気だとしても、場の雰囲気は少しだけ明るさを取り戻す。

「方針の決定はエイミーが戻ってからにしましょう。あの子が暴走してはとても捕まえられませんもの」

「そうだね」

「エイミーさんの呪い大変なんですね」

「正確には神の祝福なのですが、あれは呪いですわね」

「?」

 神の祝福。縁起の良い響きだが、なぜ呪いなのだろう。

「愛と憎しみ、祝福と呪い。このどれも根は一緒なのですわ。エイミーの受ける狩猟の女神の愛は特に……人格が歪むほどに強烈ですの」

「…………」

 言葉が見つからずに呆然とする。

 その5秒後、クマを背負ったエイミーがオオカミたちとともに戻ってきた。

 そして、満面の笑みで言い放つ。

「ごめーん! 一人殺しちゃった!」

「は?」

「はい?」

「え?」

 ひとりころしちゃった。

 ……誰を?

「えっとね、えっとね……右肩に刺青が入ってて!」

 山の民だ。

「ボロボロの服着てて!」

 山の民か?

「いきなり背後から斧だよ!? びっくりしちゃって……!」

 山の民の特徴だ——!!

 口をぱくぱくさせながらも、ジェイは「山の民です」と伝える。

「…………」

 死んだ目のフリードにルミナが微笑む。

「……どういたします、隊長? グロウルさんにはあんなことおっしゃってましたけれど……このままでは追っ手がきてしまうかもしれませんわ」

「いやなんかもう、薄々、こうなるんだろうなって思ってたし……」

 エイミーに「ジェイから離れるな」と厳命し、彼はローチを呼んだ。

[なあに、パパ?]

「ルミナを乗せて飛んで」

[わかった]

「ちょっと。わたくしに先に言うべきではなくって?」

「ルミナなら大丈夫だと思って」

「……仕方ありませんわね」

 ルミナを乗せたローチが飛び立つ。

 あっという間に見えなくなる飛竜を見送って、フリードは剣を首から引き摺り出した。

[うお血生臭っ!]

「ちょ、グロウルさん……!」

「顔に出るね」

 笑う彼は告げた。

「とりあえず皆殺しにしてくるよ」

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