第16話:小屋的な連絡
緩やかな山肌に沿って飛んでいくと、赤い屋根で石造りの馬小屋が見えてくる。村本体よりも遥かに親しみがあって声も弾んでしまう。
「あそこです!」
「着陸できそうな場所は……あるね」
「はい」
柵に囲まれた平地は草むらもあって着陸にぴったりだ。
「でも、竜たちには待っててもらおうか」
「?」
「この地域で飛竜は見ないだろ? オオカミを驚かせるかもしれない」
「なるほど!」
細やかな配慮に感動していると、フリードがローチを停止させて飛び降りる。
「うわぁ!? 隊長!?」
[よく見い。命綱で降下しただけや]
「あ……ほんとだ」
命綱はある程度のゆとりがとられているとは聞いたが、あれほど垂れ下がるとは思っていなかった。フリードはその長さを熟知しているらしく、地表近くまで降りると綱を外して着地する。
ローチが心配そうに上昇するのを見ていると、胸元の通信ペンダントが振動していることに気づく。
『降りといでよ。落ちるのが怖いならグロウルさんを少しだけ降ろしてから綱を外すと良い』
「……そ、そうします。すみません」
あのようなアクロバットはできそうにない。
『いいよいいよ。今月の飛竜隊のスローガンは安全第一だ』
スローガンは初耳だったが、新人に合わせてそう言ってくれているのかもしれない。
グロウルに降下を指示して命綱を外すその瞬間——灰色の影が視界の端に見えた。風になって掻き消えようと、ジェイの腕が彼らの接近を知らせる。
ジェイの《友達》を知っているはずなのになぜか座り込むフリードへと走っていく。
「——止まって!!」
その呼びかけを聞いたからかどうかはわからない。
魔狼がその牙をフリードの首に押し当てて止まる。あと一息口を閉じれば鮮血が散る角度。
急いで命綱を外し、グロウルに上昇を指示。
[ジェイだ]
[わー!]
「そこの人だれ?]
駆け寄るジェイについてきた彼らは歳若く好奇心旺盛な子ども。
しかし、第二陣は老練かつ百戦錬磨な大人たちだ。風となって追い抜くと、微動だにしないフリードをじっと観察する。
[同じ服だな]
[仕事先の人間か?]
「あ……うん。僕の上司さんで……できれば、その、命を狙ってるポジションから離れてほしいんだけど……!」
[血生臭いから怪しい]
「そ、そんなに!?」
しかし、牙を首から外すこと自体はしてくれた。
大人数匹でフリードの周りをぐるぐる回って、においを嗅いでいる。
[血だ]
[血と肉]
[血生臭い]
「ジェイ、彼らはなんて?」
「…………。隊長が血生臭いので怪しいと……」
尻すぼみに伝えられた情報に、ふっと笑った。
「鼻が利くんだなー!」
彼は頭を傾け、首元に手を添える。
ずるりと何か細いものが飛び出して、周囲の魔狼たちが逃げ惑い始めた。
[ぎゃー! ぎゃーっ!!]
[血だ!]
[人の血だー!!]
若い魔狼たちはジェイの後ろに隠れたが、フリードの周りにいた数匹は驚きつつもその場に留まる。
細いものの正体は抜き身の剣だった。隠れる友たちに引き止められつつ近寄るが、夕焼けで耀く白刃に血肉がべったりついている様子はない。
「あれ……?」
「俺本人から血のにおいがするか聞いてもらえるかな」
「は、はい」
このオオカミたちならば腕に力を込めずとも伝わる。
顔見知りの一匹、名をコクアという彼に問うた。
「この人からはにおいする?」
[……剣からしかしねえ]
「しないそうです」
「わかった。もう少し深く隠すことにする」
剣を手のひらに刺したと思えば、体内にずるずると吸い込まれていく。不気味な光景ながら、コクアによると匂いは薄まったとのこと。
「薄まっただけなのか……」
「ふとした瞬間に香るくらいだそうですよ」
「……まあ、今は良しとしよう」
フリードは輪から離れて見ていた白い一匹に視線を返す。
「あの方がボス?」
「は……はい」
魔狼たちの群れはいくつかの家族の集合であり、全てを統括するボスは実力と周囲からの信頼で決まる。
小柄な彼女がそれと見抜くフリードに、ますます「この人何者なんだろう?」と疑問が深まっていく。
彼は若いオオカミたちにまとわりつかれながら、ボスの前に座る。
そして頭を下げた。
「はじめまして。ジェイくんにはお世話になってます」
[……ジェイ。通訳なさい]
「…………待って……」
訳知らぬ涙が止まらない。
そのうち、飛竜二匹も降りてきて、モフモフの洗礼を受けた。
およそ六日ぶりに戻った馬小屋は、この春産まれた子オオカミの育児部屋と化しており、知り合いがたくさんいて賑やかであった。
内装とおおよその構造を見たフリードが呟く。
「馬小屋っていうから馬がいるのかと思えばいないし、どちらかと言うと羊小屋っぽい設備だね」
「! さすが。実はそうなんです。羊が魔狼に襲われて全滅して、そのあとやってきた馬も全滅しました」
「……見張りいなかったのか?」
「ニーズベルの人たちが昔魔狼に酷いことをしたみたいで、オオカミ的復讐の結果としてこの小屋は放棄されるようになったみたいです」
「まだ敵が増えるってすごいなキミの故郷……」
ジェイが戻る時のために物置は開けておいてくれたそうで、本日の寝床はそこに決定した。
「二部屋ありますので、日当たりの良い方を隊長に進呈します!」
「ありがとう」
小屋の隣にはかつては馬数頭のために設けられた広い屋根付きスペースもあり、飛竜二匹もそこにいる。
[お姉さんだーれ?]
[ヒリュー、ヒリュー。ジェイが言ってた!]
[ええい、まとわりつくなガキどもめ!]
グロウルはなかなか気に入られているようだ。
[ローチちゃん、遊んでー]
[……おばさまに遊んでもらってね]
[何匹か引き受けてくれてもええと思うんやが!]
声でなく鳴き声として聞こえているフリードは騒ぎが聞こえてくるたび「喧嘩してないよね?」と心配そうだ。
「だ、大丈夫です。ローチさんとグロウルさんに懐いてるみたいですよ」
「そっか。安心した。……お友達来てるよ」
「!」
若いオオカミたちがフリードを警戒しているので、振り向いて言い聞かせる。
「みんな。この人は僕の職場の上司さんで、とってもいいひとなんだよ」
[ジェイのいいひとライン低いから信じない]
[もっと人を疑った方がいいよ]
[大丈夫? ちゃんと働けてる?]
「…………」
激しい集中攻撃に両目を覆う。
「……。よくわかんないけど良い友達だね」
「そうなんですよ…………しっかり者で……」
「大丈夫?」
「はい」
泣いてないもん。
「……まあいっか。ルミナに通信するから、ジェイもそばで聞いててくれ」
「ルミナさん……ってことは、砦からここまで通信できるんですか!?」
「できるよ」
制服のポケットから赤色の通信ペンダントを引き出す。
「向こうの砦では壁かけのでかい地図に発信者の居場所が光るようになってて、長距離で飛ぶ時は代表者が所持する決まりに……お、向こうから来た」
『隊長、救助は必要でして?』
ルミナの声からどことなく事務的な響きを感じ、ジェイは邪魔をしないよう静かに(オオカミをモフりながら)待っていた。
「救助いらない。それより、」
『わかりましたわ。いつ迎えを出しましょうか』
「迷ってないからな??」
『毎回同じことを……そのセリフはもう聞き飽きましたわ』
確実に迷子だと思われている。
「今度こそ迷ってないんだって! いやほんと。驚くほどスムーズに到着したから! 発信位置で信じてくれ!!」
『嘘おっしゃい! ニーズベルから離れた山中ではございませんか。どうせ隊長のことですから、「東は右で西は左」だとか訳の分からないことを言った挙句に真逆へ飛んだのでしょう? ジェイとはぐれておりませんわよね?』
「はぐれてない!! そもそも迷ってないし!!」
その流れは実際にやっていたわけだが、今回ばかりは迷っていないというフリードの主張は真実だ。……信じてもらえないようだが。
周囲の魔狼たちも心なしかしらーっとしてフリードを見ている。
「ほら、ジェイ! この冷徹な秘書に言ってやってくれ。隊長は道に迷ってないって!」
おろおろするジェイに、フリードは涙目で水晶を差し出してきた。
受け取ってこわごわ声をかける。
「ぼ、僕です。ジェイです……」
『あら、ジェイ。……隊長が方向音痴でごめんなさいね。あの人ったら、いつまでたっても東西南北がわからなくて』
「東西南北はわかる! 地図の上下左右だ!」
『ほら何もわかってない……いいから引っ込んでなさいな』
「…………」
[げんきだして!]
[泣かないでー]
しっしっと水晶越しに追い払われたフリードを魔狼たちが慰める。
ジェイはニーズベルの状況と、自分たちが
『……明日の早朝に着くようにいたしますわね。エイミー、準備を』
『はーい。二人とも待っててねー』
最後にエイミーの声も聞こえ、ペンダントの振動が止まる。
モフりながらいじけるフリードにも伝わっていたらしく、彼はふらふらと立ち上がった。
「……とりあえず……明日までは、お互い持ってきた食料で凌ごう。部屋で着替えたら休憩。好きにしていいよ」
「はい。……ちゃんと食べてくださいね……」
平然としているように見えても、体力は消耗しているはずだ。
彼は「キミまでルミナみたいに言うとは」と恨みがましい目をして部屋に入っていった。
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