第15話:疑惑的な到着

 先導するとは言っても、向かうべき方角を——ニーズベルまで一直線の方向を示してしまえば、あとのことは問題なかった。

 現在はグロウルとジェイのペースを掴むために先頭を交代しながら進んでいる。

[真っ直ぐ飛べよ。ほんっっっとーに、真っ直ぐやぞ!!]

 世話焼きで心配性なグロウル。彼女はローチとフリードが先頭に出るたびにそう叫ぶのだ。

 距離が離れていてローチに伝わらないため、通信ペンダントを握るジェイが伝達を務めることとなる。

「隊長。グロウルさんが、真っ直ぐに飛べと念を押してらっしゃいます」

『俺の信用なさすぎないか? 何度目?』

 ペンダントが細かく震えてフリードの声を伝える。向こうにもジェイの声が同じように届いているのだろう。

[何度でもや!!]

「ちょ、グロウルさん一回静かに……」

『まあいいや。ローチ、真っ直ぐ飛ぼうね』

[パパの真っ直ぐは信用できないからわたしが真っ直ぐ飛ぶわ]

『よしよし。今日も鱗のツヤが素敵だよ』

 実はペンダントを通してローチの声も聞こえてきており、微妙に噛み合わないやりとりを通訳するかどうか迷う。

 迷った末に諦めたところで、恐ろしいほどの速さで移り替わる地上の風景を眺める。

 このフライト――速い。そして高い。

 赤と白の飛竜はその翼を羽ばたかせるのでなく、各々の魔法で飛んでいるのだ。翼や体はその補助に軽く動かすのみ。

 飛竜の身体能力の限界はとうに超えているであろう速度と高度。普段の配達では出せないそれで乗り手のジェイとフリードに影響が出ないのだから、少しばかりぞっとする。

 しかし同時に、これ以上もなく爽快だ。初日のフライトに味わった疑似的な万能感さえ蘇ってくるくらいに。

「すごい。きっとトイさんファンもこんな感じなんでしょうね」

[あいつ身体能力だけで飛んどるからどうやろ]

「……。違うかもしれません!」

[謙虚でええな。自信を持つのと同じくらいに大切なことや]

 少し離れて先を飛ぶフリードを見る。彼はなぜか時折左右に曲がりかけるのだが、ローチはそれをとりあわずに飛んでいた。

[手綱を信じないで飛ぶのは怖いもんやろうに……健気な娘や……]

 ほろりとするグロウルの言葉に、彼女と飛ぶたびに生じる疑問が口をついて出る。

「飛竜にとって、乗り手は必要ですか?」

[うん]

 即答だった。

[荷運びと応対以前にな、ウチら飛ぶときは飛ぶことに集中したいんよ。頭の上で合図くれると助かるわ]

「…………」

[頼りにしとるで]

「はい」

『仲良しだね』

 青年の声が唐突に割り込む。

「うわ!?」

『失礼な反応だな』

 ペンダントが振動して、フリードの声を伝えた。

『そろそろ近くなってきたから、着陸場所の相談に《止まり木》を使いたい。これ、グロウルさんにも聞こえてるのかな?』

[聞こえとるよ]

「聞こえているそうです」

『良かった』

 前方のローチが高度を落として停止すると、グロウルは難なく調整して彼女の隣についた。……いつかは降下もスムーズな指示を出したいと思う。

[おばさま]

[はいはい。ウチらは大人しくしてような]

[うん]

 仲の良い二人にフリードの表情も緩んでいる。

 干し肉と水で栄養補給をしていると、水しか飲まないフリードはそばにある大きな山を指さした。

「あと山を一つ越えればニーズベルだよ」

「えっ」

 方向音痴の彼が現在地を把握していると思わず、地図と周囲の地形を見比べる。確かに、ニーズベル付近と合致していた。

「いま『方向音痴のくせに』って思った?」

「お、思ってないです! 意外ではありましたけれども!!」

「素直さに免じて許してやろう。……それは良いとして、そろそろわかるかな?」

「?」

「風向きが変わるから嗅覚を研ぎ澄ませ」

 奇妙な指示だったが、予言のように風向きが変化した。言われた通りにおいを拾うことに集中する。

 山の向こう――ニーズベルのある方から、煙と炎の匂いがした。

「!?」

「グロウルさん、飛んでる姿を周りから見えなくすることはできるか?」

[返事聞こえへんやろからさっさとやっちゃる。坊はそう伝えとけ]

「や、やっていただけているそうです……!」

「わかった。ニーズベル上空まで飛ぶ。休憩はその後にするよ」

 フリードは手綱を引くのみで上昇を支持する。

 ジェイも真似しようかと思ったが、危険であると判断して口を動かす。

「上昇します」

[うん]

 激しく動くと魔法が解けてしまうらしく、二匹の飛竜はゆっくりと山を越えていく。

 その間、フリードから質問がいくつかあった。

「火を使う儀式かお祭りに心当たりは?」

「秋の収穫祭なら大きな焚き火が出るはずです。でもしばらく先だったような気が……」

「なんか、こう……キミの他人事感からして、村から弾かれ続けたのがわかるんだけども。辛かったら言うんだよ?」

「ありがとうございます。でも僕が居ないようなものだったのは昔からなので」

「……カチコミ入れたくなってくるね」

 山を完全に越えた。

 そこに見えてきたのは、煙に包まれる村長の屋敷と逃げ惑う人影。彼らを追いかけて捕らえる人影だ。

「————」

「殺すよりいぶし出したいのか。意外だな」

 愕然として震え始めるジェイと違って、フリードはいつも通りだった。お陰でジェイもすぐに平静を取り戻す。

「いぶし出す、とはどういったことでしょうか?」

「えーと……ジェイが食べてる最中に拠点食堂の厨房でボヤが起きたら、逃げる方向は?」

「……出入口ですね」

 外界と繋がっている場所は出入口か壁際の窓のみ。しかし窓は狭くガラスも入っているため、咄嗟に逃げるならば出入口の方になるだろう。

「つまりは煙で火事だと誤解させれば玄関から飛び出してくるよねって話」

「…………。わかりました」

 故郷の危機に今すぐ馳せ参じたい……とは残念ながら思えない。山奥の馬小屋で暮らしていたジェイとしては、村の本体であるこちら側のことをよく知らないのだ。

 降りたとしても多勢に無勢でしかないことは、試さずともわかる。いまの高度から見下ろしてしまうと豆粒のようで詳細まで見えないが、逃げる人に対して追いかける方がずっと多い。

「キミの故郷には悪いが、大した財宝も貯蓄もなさそうな僻地の村を襲うとなると、この村自体を恨んでる集団としか思えないんだよなー」

「財宝は一応あります」

「え、あるの? ごめんよ、失礼だった」

「いやあの、値段がつくようなものじゃないんです! ……葡萄酒です」

「……失礼ながらあんまりお宝ってイメージがない」

 ジェイもない。

「僕も遠目で見ただけなんですが、《魔女の血酒》と呼ばれるお酒が普段は屋敷の奥深くにあるらしくって。珍しいものだからって村は自慢してます」

「近くの魔女さんたちから奪ったやつ?」

「あっ! だから魔女さんたちの集落に恨まれて毎年呪われてるんでしょうか……!? 夏が終わると村に不幸が降りかかるんです!」

 収穫祭というのも、本当の目的は魔除けのお祓いだ。

「冗談のつもりがドンピシャでびっくりだよ」

「……でも、実力行使をするのは山の民かな……と思います」

「山の民」

「はい。名の通り深い山奥に暮らしている山賊で、たまに集団で降りてきて村を襲うんです。今まで村の自警団に仲間をたくさん殺されているはずなので怨恨を晴らすためかも」

「ニーズベルは全方位が敵なのか?」

「そうみたいですね」

 考えたこともなかったが、この襲撃は妥当な結果なのかもしれない。

「しかしこうなると、お友達が無事なのか気になるね。どこに住んでるんだ?」

「山の民の生息域から離れた山奥に住んでいます。大丈夫だとは思うんですけど……」

「……安全に身を隠せる場所はある?」

「はい」

「早速行こう。二人にずっと《止まり木》を維持してもらうのは申し訳ないし——」

[ウチのじゃああああああああ!!]

 グロウルの絶叫が話を遮って、ジェイは耐え切れず腕をさする。

[おばさま、どうしたの?]

[どうしたもこうしたもあらへん…… ある。あの屋敷に、ウチの血がある!!]

「!!」

「ストップ」

 降下しようとするグロウルに釣られ、身を乗り出しかけたところでフリードに制止される。

「グロウルさんを落ち着かせろ。何を話してるか知らないが、いまあの状況でできることは何もない。飛竜の無茶は乗り手が止めなくちゃダメだよ」

「す、すみません……」

 思考を切り替え、手綱を取って撫でながらグロウルを宥めていく。

 彼女はローチに顔を舐められたこともあってか、荒い呼吸を鎮めて沈黙した。

「休憩できる場所とやらは?」

「えっと……」

 自身の記憶と地図といま見えている風景を照らし合わせ、方角を読み解く。

「東の方に飛んでください。そこに、僕の住んでた馬小屋があって……友達も来ると思います」

「わかった、行こう。……ちなみに東を左右でいうと右になるのかな?」

「…………」

 現在ほぼ西を向いているので、右でも左でもなく後方となる。

「ぼ、僕が先導しますね……?」

「助かるよ」

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