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第13話:副業的な活動
王都南方の職人街には、ドワーフという、低めの身長に反してガッシリした体型が印象的な人々が暮らしていた。金槌や鋸の音が何かのメロディのように響いて活気あふれる場所だった。腕の良い彼らには飛竜隊で使う竜具をよく頼んでいるのだそうで、本日は隊員複数人で素材の配達に向かった。
紹介されたジェイはドワーフの皆さんからお祝いと称してウエストポーチを頂いた。なじみの良い皮が使われており、ベルトで調整もできる。
狭い街に入れないグロウルは他の飛竜とともに待っていたため、ジェイは竜舎に帰ってすぐであれこれ伝えていた。
「これがそのポーチです」
[ええもんもらったな。画材入れてったらどうや?]
「! いいかも」
絵筆や絵の具が収まるサイズだ。
[お、前向きな返事。ええぞ、その調子や]
「あはは……練習したくて」
ポーチをもらったのは働くドワーフのスケッチを見られて気に入られたからでもある。
ドワーフには図面を描けても絵心のあるものはおらず、肖像画家を頼めばお金がかかるということで、「これからもサービスするから次は色つけてくれや」と言われたのだ。
[はっはは! 妙に戻りが遅いと思ったわ!]
「先輩たちにもあれこれ頂いたから、頑張らなくちゃ」
幸いにもいろんな人に褒めてもらえたおかげで、スケッチに不安はなくなった。次は色塗りである。
エイミーに買ってもらった絵の具でどんな色が作れるのか確認したいところだが、貧乏性の常で「実験のために使う」という選択ができないでいる。
うんうんと悩んでいると、スケッチブックを見ていたグロウルが懐かしそうに笑った。
[ドワーフ久しぶりに見たわ]
「妖精、だよね?」
幼い頃に読んだ絵本にも登場していた。
[
「そうなんだ」
[うん。人も色々や]
そう言った彼女はジェイを指差した。
[グローリアは茶色系の髪と、似たような目の色しとって、身体能力が生まれつき高いのが多い。ほんで酒にはちょいと弱いな。周りのんもそんな感じやろ?]
「あ……たしかに」
隊員たちもほとんどそんな感じだ。
[けど、エイミーは綺麗な黒髪しとるやろ?]
「うん」
夜闇を溶かしこんだような黒。
[あの子はグローリアの中でも特別黒髪が出やすい一族の出なんよ。他にも赤茶が出やすい一族とかもおって、決まった地域に暮らしとることが多いな]
同じグローリア人でもさまざまということらしい。
「ならドワーフさんたちは違う国の出身なのかな?」
[せや。あいつらは王国の東の海にあるタンセ諸島ってとこ出身なんよ。昔の戦争でグローリアに協力してくれたから、その縁で今も仲良しやな]
「いろいろあるんだなあ……」
[気になるならルミナ先生に聞いてみ。ウチよか詳しいで]
「そうだね。……あれ?」
言っているうちに、普段は食堂で夜の報告を待っているはずのルミナが入ってきた。
幸いにも今夜は竜たちがほとんど出払っており、騒ぐ飛竜はいない。
「皆様がお留守のところに伺いましたわ」
「そうなんですか! ありがとうございます」
「うふふ。……会議が長引いてしまいましたから、しばしの休憩にお邪魔させていただきますわ」
「会議?」
「明日の資格試験です。長距離と山岳の二つなのですけれど、同時に受けたいと希望を出した某エイミーのお陰で、審査担当をどうするか長引くこと長引くこと」
特に某になっていない……
「結局は隊長が担当になったのですけれどね」
「え」
どう考えても長距離で山岳地帯を巡るルートを飛ぶであろう試験。その翌日にニーズベルへ飛ぶフリードの体が心配だ。
「隊長はいまどこに?」
「フシュトの方へ飛んでおります」
「ええええ!」
さらりととんでもない距離を飛んでいる。ジェイが体を休めている間に砂漠を超えるというのか。
「なにかメッセージがあればわたくしからお伝えしますわ。……ニーズベルに行くことでご相談ですか?」
「! 隊長から聞いてらっしゃったんですか」
「スケジュール管理も秘書の役目ですもの」
誇らしげに胸を張った。
「でも、行くことの相談というより、隊長は毎日飛び回って大丈夫なのかなぁと……僕のは急ぎではありませんから、次の都合の良い時で……」
「まあお優しい。……心配してくださるのなら、出発は午後からになさって? わたくしの方で隊長を大人しく休ませておきますから」
「よろしくお願いします!」
[……怖い女やな]
グロウルが何か呟いていたが、小さすぎて聞こえなかった。
「ああ、そうそう。隊長ってものすごい方向音痴ですから、あなたが先導してくださると助かりますわ」
「?? ……はい」
「うふふ。あら、腰元のそれは?」
ルミナがウエストポーチに気づいて指摘すると、ジェイは本日の経緯を軽く説明する。
「ならば色塗りの練習をしなければなりませんわね?」
「はい……でもどの色をどう混ぜたらいいかわからなくて」
「でしたら絵の教本がございますから用意いたしましょう。お渡しは次の授業で良いかしら」
「はい! 助かります! おいくらですか?」
「さしあげますわ」
「!?」
固まるジェイに、ルミナは慈愛で微笑みかける。
「趣味や生きがいを持つのは良いことです。我が飛竜隊では隊員たちの副業も推進しておりますことよ」
「ふくぎょう?」
[本業の他にも収入になる仕事って意味や]
だから副業。
「エイミーは配達の帰りに狩りをしているでしょう? あれは良い状態の肉を王都の市場に買い取ってもらっているのです。狩の道具は隊から一部資金援助」
あれも副業推進の一環だったのか。
「他にも、隊での勤務を調整して実家の店を手伝う隊員や孤児院で働く隊員もおります。副業だけではなく趣味のために時間調整が欲しいなどあれば気軽にご相談くださいな。仕事に活用できるのであれば資金も出せますから」
「狩りも活用なんですね」
「食堂で出てくるお肉やお魚はエイミーからのものがありますのよ。ちょっとお高いメニューですけれど」
「エイミーさん、釣りできるんだ……」
「ええ。たまにミトアの上から釣り糸を垂らしております」
川や海でも役立ちそうな技能を持っている。
「そういったわけですから、ジェイも絵が上達していけばコミュニケーションや情報伝達にもっと役立つことでしょう。応援いたしますわ」
「ありがとうございます。……」
「どうかなさいまして? ずいぶん神妙なお顔をなさっておりますが」
「……飛竜隊はやっぱり天国なんだと思いました」
「ふふふふ」
多忙な彼女は授業がしばらくできないことを謝りつつも、したいこと・やれることを頑張ってほしいと言い残して竜舎を去っていった。
励まされる。
「……絵の具、がんばろう」
[ええな。やれることからやってくのがええ]
「はい。手始めにグロウルさんの色塗りします!」
赤の絵の具は、偶然にも彼女の鱗とそっくりな色をしている。他に必要なのはお腹の方の薄黄色と爪の黒。これも絵の具を混ぜないで作れる色だ。
[おお? ……なんか、照れるなぁ]
グロウルは事あるごとにスケッチしている。赤い鱗が映えそうなアングルのものを選び、本人を参考にしながら、色を塗りやすいよう線を強めていく。
[初日の坊から見違えるくらいの成長やな。嬉しいで]
「そ、そうかな……」
[うん。退職を願い出たときはどうしたもんかと思ったわ]
「……僕がばかなだけだから……」
迷惑をかけたお詫びに、これから長く勤めてお役に立てればと思う。
「他に……僕にできることって、あるかな?」
[ウチらの言葉がわかっとるんもそうやない?]
「…………」
まさに灯台下暗し。
二日後。
ジェイは普段勉強用に使っている紙をリュックに詰めて、重たい袋も手に提げて、朝一番で竜舎に乗り込んだ。
扉の開く音で竜たちの視線が一斉にこちらを向く。
「お……おはようございます……」
腕に少しの力を込めて挨拶すると、主に知り合いの飛竜からまばらな挨拶が返る。
ここ数日は、資格試験のために竜も人も仕事を調整しているそうで、大体の飛竜が揃っているはずだ。
器用に親指を立てるグロウルに立て返し、まずはミトアの元へ向かう。
「おはようございます、ミトアさん」
[今日はルミナ先生の授業はないのかい?]
「はい。その……これ。エイミーさんからです」
ここに来るまでですれ違ったエイミーに「あたしもう行くから渡しといて!」と託された袋を差し出す。弓を携え山の方へ向かった彼女、何をするつもりなんだろう……
[うおお、年輪大魚じゃねえか! あのお嬢、いつ釣り上げやがった!?]
中身はその名にふさわしい大きな魚で、ミトアはあっという間に丸呑みしてしまった。
「あ……あの。ミトアさん」
[おう、届けてくれてありがとよ! 重かったろ?]
「いえ。そこは大丈夫でして……お時間ありますか?」
[なんだまどろっこしい。放牧場に出る前に言いな]
「!」
飛竜たちは竜舎と配達先の往復ばかりしているのではない。拠点から少し離れた海沿いで、のびのびと羽を伸ばせる土地に行くこともあるのだとか。
「わかりました。……ミトアさんは好きな食べ物ってありますか?」
[お嬢の取ってくる魚と肉。でもよ、それくらいお嬢は……]
きっと言葉通じなくともわかっている。
それは、ジェイもわかっている。
「僕にできることを探そうと思ったんです」
飛竜たちの得意分野や好物は隊員たちも把握しているだろうが、細かなところまで聞き取り調査できるのはジェイだけだ。
[いい心がけだぜ]
「ありがとうございます!」
[でもよ。やっぱり好物は細かいとこまでわかりやすいぜ]
「う……ですよね」
[……ってことはあれかい。竜具が合わねえってのも、兄ちゃんに伝えりゃ対応してくれるってことか?]
[わー。それいいねー]
隣の柵からニョキっと現れたトイグラン。のんびりとした話しぶりと声質は、変声期前の少年のようだ。
彼は魚が入っていた袋に顔を突っ込んでミトアに踏みつけられながら、のんびりとした声で言う。
[ボクのりゅうぐはすぐ壊れるから]
「そっか……そうですね。いつだって万全なわけじゃないですもんね」
合わない竜具をつけるのは苦しいだろうし、動きに支障をきたすかもしれない。壊れたものも危険だ。
「あ……でも、僕が居ないときとか、僕に話しづらい飛竜さんとかが困ってたらどうしようかな……」
[おい順応早いぞ。このつまみ食い野郎になんとか言え]
[なんで空っぽ? えみたんからのご飯は?]
[うるせー! お嬢の飯はオレのだ!!]
おろおろしていると、紐に縛った肉を背負うエイミーがやってくる。
「お、今日も仲良しだね!」
[どこが!?]
さすが相棒。言葉わからなくとも通じ合っている。
エイミーは「二人にお土産あるからね」と肉を餌箱に入れ始めた。……会話が聞こえていなければじゃれあいに見えるのかもしれない。
「トイくんとお話したいんでしょ?」
「あっ、はい!」
「起きてる時間短いから行っておいで」
促されてトイグランの柵の前へ走る。
[なーにー?]
「トイグランさんは、」
[トイでいいよおー]
「はい。では、トイさん。お困りごとはありますか?」
[ご飯の量をふやしてほしーな]
[足りねえからって人のを持っていこうとするんじゃねえ……!]
攻防は未だに続いている。
そっと離れて、持ってきた紙にメモを取った。
飛竜側から気付いていることを乗り手に伝えられれば便利だろう。
しかし、ジェイも隊員全員と親しいわけではない。
どう伝えたものか悩んでいると、エイミーがぴこっと手を挙げた。
「餌箱に赤い石を置いていれば『サイズが合わない』。白い石を置けば『破損してる』。こんな感じで合図を作って竜たちに教えて、隊員にも伝えたらいいんじゃないかな?」
「!」
[えみたんナイスー]
[てめえこの野郎……]
肉の端を奪われたミトアが再び踏んづける。
[うまうま]
「ふふっ、トイくんったら食いしん坊」
「運動量もありそうですけど、オスだからってこともあるんでしょうか」
「あるかも。同じ系統の飛竜でもオスの方がよく食べるみたいだよ」
「やっぱり」
[ボク、めすだよ?]
何気ない調子で投げかけられた呟きに、ジェイとミトアが目を剥いた。
「えっ」
[えっ]
異変を感じ取ったエイミーだけが教えて教えてと騒いでいたが、固まったミトアの表情が壮絶過ぎて上手く答えられないのだった。
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