第12話:距離的な相談

「……今日、夕食要らない……」

「だ、大丈夫ですか……?」

 レストランでの食事を終えてすぐ、ジェイとフリードは竜舎に戻った。女子二人は市場で服を見るといって別れたため、気分がわるくなったフリードを引き受けている。

 ステーキは半分も腹に収まらず、結局はエイミーに手伝ってもらっていた。食べないことで不調をきたすのはジェイも身をもって知っていたが、逆に食べることで不調をきたす人がいるとは知らなかった。

「悪いね、ジェイ……今日の配達先の確認と、出発準備はできてる? 邪魔になるなら放っていいから……」

「王都南方の職人街です。準備も、先輩との打ち合わせは昨日に済んでて——……いや、放っておけないくらい顔色悪いですよ」

 説明している場合ではないと判断し、入り口からすぐの壁に寄りかかるフリードに肩を貸す。

「お医者様にかかりますか?」

「……こんなので掛かったら医者も困るだろうよ……休めば収まる」

「じゃあ、奥へ行って休みましょう」

「ローチのとこか……」

「はい」

 ローチの柵付近は風通しが良くて涼しかったはずだ。雪国の竜だという彼女への配慮かもしれない。

 そんなことをしていると、真っ白な飛竜が奥の方から飛んできた。

[パパ!]

「ローチ……」

 フリードはよろよろと歩み出て、ローチの首に縋り付く。

「頑張ってステーキを食べたから褒めてほしい……ルミナは慰めてくれないし……」

[そんなこと言って空しくならないの?]

「もしかして何か言ってる?」

「……いえ…………何も」

 切れ味が鋭すぎて通訳できなかった。

「そっか。……あー、鱗が冷たい……生き返るよ。ルミナといると説教で寿命が縮む」

[ルミナもパパのこと心配してるんだからそんなこと言っちゃだめ。……他の人に迷惑だから、わたしのお部屋に行きましょう]

 ジェイをむんずと掴んだローチは、首に縋りついたままのフリードごと飛び立ち、あっという間に最奥の柵に到着。

 まともな乗り手をなしに竜舎の梁スレスレを飛ぶその技巧に感嘆する。乗っていた二人に揺れもなかったのは、彼女の魔法あってのものだろうか。

「……すごい」

[ありがと]

 ローチは藁が厚く毛布も敷かれた場所、彼女の寝床と思しきそこにフリードを降ろす。

[今日は何食べたの?]

 フリードに聞いたのかと思ったが、彼女の声が聞こえるのはジェイだ。それがわからない彼女ではない。

「ステーキを半分くらいと、サラダとオムレツ……いや、オムレツは残してましたね……。サラダ一皿とステーキ半分です」

 どうしても食べられなかったと女将さんに謝罪し、本来よりも大きな金額を支払っていた。

[……これでも、よくなったのよ?]

「これでも」

[これでも。昔はサラダも一口でダウンだもの]

「え……昔の隊長は何を食べて……??」

[水と塩?]

「……」

 フリードが目を開けた。

「いまは食べてるっての」

「は、はい」

 ローチの声が聞こえない彼には、会話の流れが断片的にしかわからないのだ。

「俺だって好きでこの体質じゃない。一種の呪いにかかってて、その解除中だよ」

「!」

 グロウルと同じような人が身近にいたとは。

「……なんか驚く要素あった?」

「い、いえ。すみません……」

 彼はまあいいやと起き上がってローチを撫でる。ぐるんぐるんと喉を鳴らす音が響いた。

 顔色は元に戻っており、ほっとする。

「そうだ。ルミナから聞いたけど、長距離飛びたいんだって?」

「はっ、はい! ……無謀ですかね……」

「いや。別にいいと思うよ。ニーズベルにカチコミしたいなら応援する」

「違います。グロウルさんと一緒に行く用事が、」

「やっぱりカチコミじゃないか」

「違います。絶対にカチコミはしません!!」

 そこは断固として主張する。

「へー。じゃあなんでわざわざ故郷に行くの?」

「それは……僕に友達がいると言ったら、喜んでくださって……紹介する約束をしたんです」

「素敵だ。よし、応援する」

「ありがとうございます」

「じゃあ早速だけど、近いうちに飛ぼうか」

「へ??」

 彼は制服のポケットから手帳を取り出し、ぱらぱらとめくる。

「そうだな……明後日行けるからそれについてきてもらう形で、明明後日しあさってに戻る計算にしよう」

「え? あの、僕、長距離の資格は……あ、ローチさんに僕も乗ることに?」

[非常事態でもなければパパとルミナ以外乗せないわ]

「ローチが嫌がるからグロウルさんでついてきて」

「あ、はい。……いや、でも! なら、僕はまだ飛べませんよ……?」

「ジェイが飛べなくてもグロウルさんが飛べるよ。……グロウルさんもいいかな?」

[気付いとるんなら言え]

「あっはは、なんて言ってるかわからないや」

 ジェイのすぐそば、空気が陽炎のように揺らいで——赤い竜が現れる。

「転移魔術だね」

[さすがだわ、おばさま]

「!!?」

 怖くなってグロウルに飛びついてしまった。

[なあ坊よ。ウチが怖がらせたんやから、こういうときはフリードかローチに飛びつくもんやない?]

「グロウルさんが安心するので……」

 けたたましい心臓も、彼女といればすぐに落ち着くのだ。

[……せやか]

 フリードは「仲良しだなー」と笑い、ローチは[おばさまに相棒ができて良かった]と微笑む。

「ぼ、僕の相棒なんですか……?」

[ウチに聞かれても]

「……グロウルさんの柵に住みたい……」

 故郷では馬小屋(の物置)に住んでいたとはいえ、寂しくはなかった。村から離れた山中であったから、友人である魔狼たちを引き込んで一緒に暮らしていたのだ。冬であっても暖かかった。

[ホームシックか!? おいフリード、隊員のメンタルやばいで。隊長やろ、面倒見んかい]

「なんかグロウルさんに呼ばれてる気がするなー」

[行ってあげて]

 ローチがフリードを鼻先でつついて押し出す。

 頼れる隊長は、ジェイを真っ直ぐに見て対応してくれた。

「相棒にしたかったら相棒制度に申し込んで審査を受けなきゃならないよ。まだ他の飛竜に乗る可能性のある新人は申し込みできないから、研修が終わるまで待つことになる」

「わかりました。もし良ければ竜舎に住んでもいいですか?」

「どう話がつながったか俺には計りかねるけども、竜舎は環境を飛竜に合わせてるから人間が暮らすのは難しいんじゃないか」

「寮に一人でいると、気付けば涙が勝手に出てるんです……」

「おっとこれは相当やられてるな??」

 よーしよーしと言いつつ、手帳とは反対のポケットから包み紙に入った小さなつぶを弾き出してジェイの口に放り込む。

「もがっ!?」

「飴あげるから落ち着きな」

「……」

 甘い塊に故郷で友達と食べた花の蜜を見い出し、少しばかり落ち着いた。

「取り乱してすみません」

「いやいや。……良かれと思って即日採用で働いてもらったけど、友人がいたなら挨拶したかったよな。ごめんよ」

「……いえ」

「よし、ニーズベルに行こう!」

「よろしくお願いします!」

「うん。……にしても随分懐いたな。さすがグロウルさん、面倒見がいい」

「?」

 なお、この間グロウルに抱きついたままであることにジェイだけが気付いていない。

 グロウルは頭を動かしてぺいっと引き剥がす。

[ウチがここまでやるんやから、坊は帰ったらトイグランに乗れ!]

「はぅ!?」

 いきなりの死刑宣告を受けた気分だ。

「なんて?」

「と、トイグランさんに乗れと、言われました……」

「あー……」

「……飛竜さんたちは防護の魔法があると聞きます。どうでしょう……?」

「あるけど衝撃を殺し切れないから対策を取らないと腰か足が逝く」

 ますます無理では……?

 崖っぷちに立たされて震える。

「トイグランだけ専用の着陸場所が用意されてるくらいで、とにかく初心者にオススメできる飛竜じゃない。大人しくグロウルさんに乗るのが一番だよ」

「末長くよろしくお願いしたいです……!」

[わかっとるわ! ……八つ当たりや。すまん]

「ううう、グロウルさーん……」

 尻尾で背を撫でられる。

 そんな二人の様子を見たフリードが呟く。

「グロウルさんに乗れるなら資格を取るのも楽になるかもだな」

「?」

「グロウルさんはどうしてか魔法の扱いが上手でね」

[魔女やからな!]

 彼女は竜なのに感情が伝わる顔をする。

「どんなところでも飛べるし、乗り手の防護も万端だ。乗って飛べると証明できるなら資格をもらえるよ」

「!」

「現に俺も、ローチに乗れるから取れた資格がいくつかある」

[恥ずかしいわ、パパ]

 そういうローチは恥じらいつつもフリードの肩に顎を乗せる。小柄な彼女だから成せる技なのだろう。

「グロウルさんは面倒見のいい性格もあって、人も飛竜も関係なく新入りの指導に協力してくれる」

「すごい。グロウルさんってすごいですね!」

[もっと褒めてもええんやぞ?]

 ふふんと自慢げだ。

「ただ問題点があって」

[あ、こらお前]

 そんなことを言ってもフリードには聞こえていない。

「長く乗ると酔うから、とにかく業務に向かない」

「酔う……?」

「魔力に酔う。酒酔いに似た症状が出る。ルミナいわく、魔力豊富な魔物と接するとそうなるって話だ」

 元大魔女であるからだろうか。

 さすさすと顎のあたりを撫でると、グロウルはうっとりと目を細めた。竜にとって心地よい撫でポイントのようだ。

「彼女とのフライトで2回目も平気なのはジェイが初めてだよ」

「そうなんですね」

 魔力との相性が良かったのだろうか。

「……専属にする理由も十分そうだね。研修が終わったらグロウルさんを登録して、名実ともに相棒にしよう」

「! はい」

 鐘の音が聞こえ、昼休みの終了を知らせる。竜舎に隊員たちがちらほらとやってきた。

「さっきは迷惑かけて悪いね。お詫びにまた何か奢るよ」

「いえ……」

 フリードはこれから会議があるのだそうで、ローチをひと撫でして去っていく。

[坊]

「うわっ」

 視界が歪んだ瞬間には、グロウルの柵内にいた。

 反対側の通路を通って出て行くフリードの後ろ姿は颯爽としており、他の隊員から声をかけられて気さくに挨拶する姿も大人の振る舞いだ。

「すごいなあ、隊長」

[手紙燃やしとったけどな]

「それは言わないで……4歳しか変わらないのに、しっかりした人だなあって思うんだ」

[うーん……あいつなー。なんか、たまーにんよ]

「へ?」

[いや、あいつってより、なんやろ。中に変なもの入っとるんよな]

「あ。……何かの呪いにかかってるみたいだよ」

 こそっと伝えると、グロウルは納得したように頷いた。

[そうなん。お、先輩来たで]

「うん」

 研修担当の先輩が入り口で手を振っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る