第11話:圧迫的な対面

 応接室にはテーブルを挟んでソファが二つあり、奥の方のソファに伯母が、手前のソファにはルミナが腰掛けていた。

「あら。甥っ子さんがいらっしゃいましたわね」

 いつも妙に自信満々で厭味ったらしいはずの伯母は、なぜか居心地悪そうに縮こまっている。

「お待たせして申し訳ありません。甥御さんは大切な配達に出ていたものですから、なかなか捕まらなくて」

「えっ……むぐ!」

 口をふさがれ、ソファから立ち上がったルミナと交代で座らされる。口をふさがれたのはごく一瞬だ。伯母も驚いた様子はない。

「お話に夢中になってお茶が冷めてしまいましたわ。新しいものをもってまいりますわね」

「ずいぶんと盛り上がったんだね」

「ええ。我が隊新人の伯母様は美術に造詣が深いそうで、王都ではやりの様式についてお教えくださったのです」

「なるほど、それは素晴らしい。秘書の相手をしてくださってありがとうございます」

「い、いえ、まあ……」

 歯切れの悪い伯母が美術に造詣が深いとは思えなかった。そもそも、隔絶された田舎で暮らす伯母では博識なルミナに勝てないのではと考えられる。

 ……伯母のみならず、ジェイも当然敵わないわけなのだが。

 そんなことを考えている間にも、ジェイの隣に座ったフリードは申し訳なさそうに話を切り出す。

「ジェイくんからの手紙の件ですが……いくら探しても見当たらないんです」

 当たり前だ。

「我々は軍を経由して渡される手紙を、隊員への負担を減らすために一手に引き受けておりまして……ここ数日慌ただしかったものですから、どこかに紛れてしまったのかもしれませんね」

 ジェイの目の前で手紙を燃やした人が、立て板に水で嘘を吐いている……

 驚きを隠せないジェイの前で、フリードはお茶を配り終えたルミナに「ルミナくん、アレを」といつにない話し方。

 ルミナは秘書らしく、恭しく書類を伯母へ差し出す。

「あなた様のお名前を添えて軍の方へ正式に抗議文をお出ししましょう。ここに一筆お願いいたしますわ」

「あらいえそんな、オホホ……」

 名前を出されることに怖気づいてか、伯母は奇妙な笑い声とともに首を振る。

「遠慮はなさらないで。『ニーズベルの村長夫人がお怒りである』と、責任をもってお伝えいたしますわ」

「そうです。王国軍は市民からの訴えを無下にする組織ではありませんからね」

「ペンはこちらに。ささ、どうぞ!」

「あの、私どもとしましては、再発さえ防いでくれるのでしたらそれで」

「もちろんです! これからは再発のないよう努めます。この度は、ほんっとーに申し訳ありませんでした!」

 フリードとルミナは笑顔を崩さず、味方のふりをして伯母を追い詰めていく。

 ……こわい。

 しどろもどろで抗議文提出を断った伯母は、ジェイを見て口元を緩ませる。弱いものを見つけて喜ぶような目。

 この笑みで睨まれると体が勝手に強張るのだ。

「甥とお話しさせてくださる?」

「もちろんです。どうぞ!」

「……二人で話を、」

「ですから二人で話してください」

 暗に席を外せと言われていることに気付かず、否、気付いていながら平然と無視をする。弱冠20歳とは思えぬ胆力に、ジェイも震えあがった。

「ジェイくんへの仕送りの件ですよね?」

「いえ。ジェイから、私たちに――」

「心配なさる親心は痛いほど伝わってきます……ですがご安心ください! 我々飛竜隊は寮費無料! 朝昼晩に良心的価格の食事もついてきております!」

 こちらがその資料です、と次々冊子を追加していく。

「ささ、ご確認を!」

「聞いてます!? どうして私たちがこんなのに仕送りだなんて――」

「まさかジェイくんの方から仕送りをしろとおっしゃる? いやいや、まさか」

「そうですわよ。村長夫妻ともあろう方が、新人隊員にぶら下がろうとする恥知らずであるはずがございませんもの。聞き間違いに決まっておりますわ」

「ほら、ジェイも。伯母様の心遣いに感謝しなくちゃ」

「えっ……あ、あの……」

 以降も、伯母どころかジェイさえ口出しをする隙を与えられず、散々にやりこめられた伯母は誤魔化し笑いをしながら出ていった。

「見送りを断られてしまいました……ご気分を害されたのかしら」

「緊張してたんだろう。……しかしやらかしたな……トイグランで送ると言って差し上げればよかった」

「まあ……! そうですわね。あの子なら一日で往復できますのに、わたくしたちったら抜けておりますわ」

 こんな話題ではあるが、二人はうふふあははと楽しげだ。

 テーブルに散らばっていた資料と、誰も口を着けていないティーカップを回収していく。慌てて手伝うジェイに、フリードは静かに言った。

「さっきの件」

「? さっきの、件……」

「ジェイは故郷の育て親に仕送りしたい?」

「……」

 即答は出来なかった。

 飛竜隊に来るまでは、自分は故郷へ仕送りをすべきであると思い込んで疑わなかったが、いまは違う。

 仕送りをしたくない……とまでは言わない。

 なぜ仕送りをしなければならないのかと純粋な疑問が浮かぶのだ。そしてその疑問が浮かぶこと自体に気持ち悪さがあって、上手く言葉に出来ないでいる。

「決断できる人はジェイしかいないけど、時間を置いてほしいな。故郷から離れたいま、よく考えてくれないか」

「……はい」

「悩んだら俺でもルミナでも他の先輩たちにでも頼っていいからさ」

「ありがとうございます。自分なりの結論が出たら、相談させてください」

「わかった」

 ティーカップを片して戻ってくるルミナと手をぱんと合わせ、彼は宣言する。

「さて、エイミーも待たせてることだ。奢りランチといこう」



 フリードとルミナと共に向かった市場。

 その名を聞いたジェイは、売り物は野菜や肉野菜ばかりかと思っていた。しかし、そこはさすが、国の中心である王都。服や靴、カバンなどのファッションに加えて家具や小物が売っている店もあり、画材を売っている店もあり。合流したエイミーに押し切られて絵具と絵筆を買われてしまった。

 ジェイは人のいない露地で膝をつく。

「……このような高価なものを、僕などに買っていただいて、申し訳ありません……」

「こら、土下座するなっ! あたしが買いたいから買ったの!」

「想像よりも高価なものを一式……活かせるかさえわからず……」

「もー! 言っとくけどしょっちゅう土下座するのみっともないんだからね!?」

「そうだね。見てて気分が良いものじゃないな」

 フリードに首根っこを掴まれ、引き上げられる。

「その制服を着ている限り、自らを貶める真似はしないように」

「…………すみません」

「どうせ、さっきのオバサンとその旦那あたりが土下座しろしろ言ってたんだろ? 土下座を見て気持ちいいと思うやつなんて性格が悪いんだ」

 ルミナも憤慨して口を挟む。

「ですわ! ……エイミーはジェイの絵を見て、色付いてほしいと思ったから買ったのでしょう?」

「うん!」

「使いこなせるかは使ってから考えなさい。よろしくて?」

「……はい」

 フリードにつままれたままで、飛竜隊行きつけだというレストランに入っていく。昼時とあって盛況な中、自分たち以外の隊員もちらほら見える。厨房で忙しなく働く女主人が一人で切り盛りしているそうで、隊員は親しみを込めて《女将さん》と呼んでいるとのこと。

 忙しい女将さんに代わって常連客が空いた席を案内してくれるなど、初来店のジェイでも、この店が街の人から慕われているのだと感じた。

 窓辺の4人席に座るなり、置いてあったメニューを配るフリードが告げる。

「なんでも好きなの頼んでいいよ」

「わーい、隊長太っ腹ー!」

「デザートを食べたいですわ。新作が出たと聞いておりますの」

「あ、じゃああたしと半分こしない?」

「喜んで」

 わいわいする女性陣を前に、ジェイはといえば飛竜隊の食堂よりも豊富な品数に目を白黒させていた。

「と、トンカツってなに……肉……?」

 豚肉を衣で包んで揚げたものなのだが、貧弱な食文化にしか触れてこなかった彼にはわからない。

「ステーキ……特製ソース……!?」

 悩んでいるうち、女将さんがそばまでやってきて水を配る。

「いらっしゃい、隊長さん。慌ただしくってごめんなさいねぇ」

「いえ。隊員たちがお世話になってます」

「そちら、新人さん?」

「はい。将来有望な新人です」

「じゃあたくさん食べてもらわなきゃね!」

 会話の終わりあたりで流れに気付いたジェイは、やってきた女将さんと目が合う。

「何食べたい?」

「え、え、え、……こ、この、サラダと目玉焼き定食を……」

「やっだもう! 男は肉よ、肉!」

 女将さんはジェイの背をバシンバシンと叩いてくる。女性の力とはいえ、それなりに勢いがあって痛い。

「ほら、肉! トンカツ気になるの?」

「でもお値段が、高いような……気がします……」

「俺が払うから気にしないでいい。女将さん、トンカツとサラダのセット一つ」

 尻すぼみなセリフをフリードに切られ、女将さんは手元の伝票に料理名を書き入れた。

「はーい! トンカツサラダひとつ~」

 続いてエイミーもステーキセットを頼み、ルミナはサンドイッチとシフォンケーキを注文する。最後にフリードがオムレツとサラダを頼んだところで、女将さんは厨房へ戻って行った。

 ルミナが、フリードを睨むように見据える。

「隊長もトンカツになさっては? 美味しそうですわよ」

「食べ切れないって……」

「またそんなことを。大の男がオムレツとサラダで健康を保てるはずがないでしょう」

「ルミナは楽しい昼食の場でネチネチと」

「楽しい昼食の場で、いちばん立場が上の人が、いちばん安いメニューで済ませようとしている心構えの方が問題でしてよ。ほら、何なら食べますの?」

「強いて言えばパン」

「却下!」

 そういえば、彼の愛竜(?)であるローチも[体重が落ちていて心配]と言っていた。このことだったのか。

 女将さんを呼び止め、ステーキを追加注文してフリードに嫌がられるルミナはまるで母親のごとくだ。

 女将さんの方も彼の小食を知っていたらしく、やりとりを聞いていなかったふうで伝票に書き込む。

「あれでどうやって往復フライトしてるんだろ?」

 一足先に届いたポテトフライを頬張るエイミーがぽつりと呟く。

「往復れふか? ……日に何度も飛んでるんですね」

 ジェイがサラダの葉野菜を飲み込むより前に、彼女は大ぶりなポテトを噛みちぎる。

「ローチってトイくんに並ぶ俊足だから、隊長もとんでもない速度で凄い距離を往復してるの」

 隊員は飛竜たちの飛行速度を足にたとえることが多い。

「あれで体力がもつの、すっごい謎なのよね……」

「確かに、謎かもですね」

「あたしは脂肪増加か筋力増加かの二択を迫られてるのに」

「エイミーさんは運動量が凄いじゃないですか」

 なんでも彼女はミトアに乗った狩りだけでなく、身一つで森に入って獣を追う狩りも行っているそうな。聞く限りでは太りそうに思えない。

「だから筋肉でムキムキになりそうなのよ。ただでさえ重い荷物運んでるのに、腹筋が割れたらどうしようって思うじゃない?」

「そ、そういうものなんですね」

「そうなの!」

 ジェイにはわからない、複雑な乙女心があるようだ。

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