第9話:挑戦的な資格

 話の終わり際、飛竜隊隊員として、あるいは一般人としてニーズベルに向かう方法を書いた冊子をもらってから翌日。

 ジェイは予定があるというルミナからの授業の代わりに、竜舎内で《自習》をすることにした。

 竜舎にはいってすぐの更衣室で着替えて、籠に制服のジャケットとズボンを入れる。こうしなければ仕事着である制服が汚れてしまうのだ。

 今日も先輩隊員たちが朝から配達先へ向かっている。

 彼ら彼女らに挨拶をしながら、グロウルのもとへ駆け寄った。

「グロウルさん、おはようございますっ」

[おはようさん。今日は雨やな]

「ですね」

 先輩たちは撥水性のあるコートや雨合羽を着て竜に乗っている。

[午後から飛ぶん?]

「その予定です。よろしくお願いします」

[うん]

「勉強をしたいと思ったんですが、相談してもいいですか?」

[ええけど地図に航路書くとかは教えられへんぞ]

「だ、大丈夫です。……故郷に行くのに必要なことを相談したいんです」

[……ありがとな]

「いえ」

 ルミナからもらった冊子を開く。

 1ページ目は一般人として向かうにはどうするか。

 必要な路銀を用意し、定期の馬車・牛車の便に申し込んで乗り継ぐ。

[どうなん?]

「……僕にお金がないというのも、あるんですが……グロウルさんが一緒じゃなくちゃ意味がないですよね」

[せやなー……]

 ページをめくったところで、飛竜隊隊員として向かう方法が書かれていた。

 ジェイが仕事でニーズベルやその付近へ向かうには、長距離配達の資格を取らなければならないらしい。

[その地図の、黄色い円。その外から向こうまで配達するのに必要な資格やな]

「へー……わかりやすいですね」

 円は拠点を中心として描かれており、その境界線はジェイが主に配達している王都郊外よりもさらに遠い。

[ウチはそこより向こう飛んだことないわ。新人が取ってるとこもあんまり見ない資格やけど……取得条件はどうなん?]

「えーと……」

 一朝一夕で取れるものではない——と思いきや、入って数日で取得できた隊員もいくらか存在するそうな。

 かと言ってジェイが短期間で取得できるわけでもなく、ルミナの一言コメントを見つけて読めば「こればかりは適性というほかありませんわねー」とのことであった。

 もらった資料を読み込むほど、まだまだ遠いものだと思わされる。

「う〜〜〜ん……! ごめんなさいグロウルさん……」

[いきなり謝られてもわからへんよ]

「三つあって、どれかをクリアするんですが……現時点では難しそうで……」

 条件一。

 地図の読み方を確認する問題、竜の適性と体力を鑑みた航路・飛行計画(休憩時間含む)を書く筆記試験に受かって、実技で飛行も問題なしと判定されること。

[受かりそうなん?]

「そもそも問題数が多くて無理です……」

 過去問とやらも見本が載っているのだが、まだ読み書きが下手なジェイでは時間内に書ききれない。

 条件二。先輩隊員からの推薦。勤務して二、三ヶ月ほど様子を見てから、先輩の名前で推薦を出してもらう。その上で審査を受ける。

[うーん……現実的な案やけども、今すぐって感じやないな]

「はい……審査の申し出自体は自薦他薦問わないそうなんですけど、僕の実力では無理です……」

 実際には先輩に相談しながら計画を立てるらしい。つまりそれほど重要な資格なのだ。

[条件はそれだけか?]

「三つ目は……トイグランさんに乗れることです……」

 はっきりと「オススメしませんわ♡」と書かれている。

[あー、無理やな]

「無理です。ほんとに、むりです……」

 西方のフシュトへ長距離配達をするという先輩隊員が発進するところも見たが、生身で乗って良いものとは思えない速度だった。あれはもはや《離陸》ではなく《発射》だ。

「嵐もぶち抜きよるからな……防護の魔法がなけりゃ乗り手がひき肉になりかねん。マジ危険や]

「魔法使ってるんですもんね」

[おう。これ自体はどんな飛竜も生まれつき持っとる魔法やから]

 グロウルが教えたのではないということか。

[改良自体はウチが教えとる]

「乗り手のために……ありがとうございます」

[そんな畏まらんでええよ。っちゅーか、タメ口でええよ?]

「タメ口!?」

[練習や。坊が人と対等な関係を築く第一歩や! そういうん苦手やろ?]

 見事に見抜かれている。生まれてこの方、ジェイに対等な関係の人間など一人もいない。

[呼び捨てにしてみい! さあ、さあ!]

「むむむ無理ですよ! 315歳って情報をもらって呼び捨てなんて……!」

[女子の年齢を指摘するんやない!]

 315歳を女子と表現するのはさすがにどうかと思ったのだが、指摘すれば藪から蛇となることは容易に想像できた。

「でも、僕にも友達はいるんで……いるん、だよ? ……いまは離れ離れだけど……」

[人じゃなさそうやな……ウチが行ったら、友達紹介してくれる?]

「……。はい」

[ありがとな。友達いるんなら、カチコミは入れんとくわ]

 実はカチコミという言葉の意味を書庫で調べたため、挨拶ではないことを知っていた。

「あれ。入れないんですか?」

 友達がいるのは村ではなく、村の裏にある深い山の中だ。

[坊が望んどらんのに、ウチらだけ盛り上がっても困るやろ。……あのバ火力娘、下手すりゃニーズベルを消し炭にしかねん……]

「?」

 こっちの話や、と言ってから、彼女は興味津々に目を輝かせる。

[坊のダチはどんなやつか教えてくれんか]

「狼です、だよ?」

 書庫から借りてきた魔物図鑑にも載っており、しおりをつまんでページを開く。

「こちらでは魔狼まろうと呼ばれてるみたい……です」

 とはいえ普通のオオカミと区別しての呼び名らしく、正式な名前がついてはいなかった。分布は王国北側の山と森がある地域一帯。範囲にはニーズベルも当てはまっている。

[ダチに似とるやつおるん?]

「うーん……強いていえば、この冬毛の子が似てる?」

 挿絵には夏毛と冬毛があって、真っ白でモフモフな冬毛は特に仲の良い友達を思い起こさせる。

「でも、こんなに怖い顔じゃないのになぁ……」

 威嚇しているわけでもなさそうなのに、挿絵の魔狼は目つきが鋭くて牙も長い。

「もっとこう、凛々しい感じに……それかリラックスしてる時の笑う感じを……」

[お。ジェイ先生の手直しか?]

「先生って……そんな、大したものじゃないで、す……」

[くっくくく]

「うぅ」

 ぎことちない口調を揶揄われながらも、スケッチブックに木炭を走らせる。

 寂しい故郷にあってあたたかな思い出をくれた友人たちを思い浮かべて。

 あのモフモフをまた味わいたい。

[……ほんほん……走ると風になっちまって見えへんのか。さらっと書いとるけども強い能力持っとんな……これで群れで動くんやからかなりやぞ]

 図鑑を読み込むグロウルの呟きからはかつて勇者とともに魔物を倒した魔女の片鱗が窺える。

[坊は風になったとこ見たことあるん?]

「そもそも見えないんですけど、……見えないんだけど!」

[ふっ、ふふふふ]

「王都までの道中、何匹か交代して、森を伝いながら近くまで送ってもらったんだ。無事に帰ってるといいなぁ」

[ええ友達やな]

「はぃうん」

[ははは! タメ口は頑張ってこ]

「ううううぅ……」

 荒削りのデッサン状態だが書き上がった。

 厳しい冬の間、大きな干し肉を群れに分けた時の喜ぶ姿。彼らはいつも凛々しいが、遊ぶ時には笑ったような顔になるのだ。

「どうですか。可愛いでしょう!」

[おお、できたんか。……ちゅーか坊、ほんまに絵ぇ上手いなあ]

 どれどれと凝視した彼女が破顔する。

[可愛い。わんこみたいやな]

「ですよね、ですよね!」

 自慢の友達が褒められて嬉しい。

「実物はもっと可愛いから、ニーズベルに行ったら紹介するよ」

[楽しみやわ。……お、エイミー]

「!」

 慌ててスケッチブックを閉じるが、彼女はすでに背後まできていた。

「……隠されると気になるなー」

「おおおおお見せするほどのものじゃないので……!」

[エイミーは人を馬鹿にする子じゃあらへんよ]

「…………。いやでも、魔物が友達というのは……」

「魔物の友達いるの? あたしと一緒っ。見せて見せて!」

「わっ!?」

 エイミーが飛びついてきて、スケッチブックが手を離れる。

「見てもいーい?」

「え、え、え……い、いい、です……よ」

「ありがとっ」

 彼女はジェイにのしかかったまま絵を見始める。

「すっごく上手! これ魔狼? モフモフだね! かわいい!」

「あの、エイミーさん……? 降りて、いただけると大変助かります……」

 エイミーから漂う女の子の香りに耐えきれない。そもそも人に接近されること自体慣れていない。

「えー? ……ジェイって何歳?」

「今年で16です」

「じゃああたしとタメだ。……よし」

 にんまりと笑って顔を近づけてくる。

 近い。距離感が近い!

「敬語を取っ払ってお願いしてくれたら聞くよっ」

「え!?」

「え、じゃないよ! グロウルさんにタメ口頑張ってたの、あたし見たんだから」

「あのえっと。エイミーさんは先輩ですし」

「いまのクラっときた。せんぱい……いい響きね」

 ならもう良いのでは……と思わなくもない。

「でも、敬語なしのジェイを見てみたいな!」

「……」

 乾いた喉を潤すように、ごくりと唾を飲み込む。

 ようやく絞り出せたのはか細い声だ。

「エイミー…………さん。降りてほしい……な」

「えへへ。お願いしてくれたから聞いちゃう」

 体重移動のみで体を傾け、床の藁に座り直す。身軽な動きが少しばかり羨ましい。

「なに話してたの? なんか資料あるけど」

「あ……その……」

 ジェイは、長距離配達の資格を取りたいのだと打ち明けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る