第8話:確認的な事項

 その後は昼飯を食べに食堂へ向かい、ルミナに指定された先輩隊員たちにくっついて配達の仕事を行った。力仕事は故郷でそれなりに慣れていたつもりだったが、肥料袋を軽々担いで農家さんと談笑する先輩を見て自分はまだまだだと感じたりもした。

 エイミーと一緒に仕事をしたときとの相違点は、先輩は先輩の飛竜、ジェイはグロウルに乗って目的地へ向かったところ。

 共通点は、どちらも目的地が王都郊外の農村であったことだ。

「……それで僕なりに考えてみたところ。王都より住宅が密集していない郊外でなら、新人の拙い操縦や着陸でも周囲を巻き込みづらくて、不測の事態に対処しやすいのだと思いました」

 スケッチブックの図と書き込みを使っての報告に、ルミナは大きな拍手を送ってくれた。

「素晴らしい! きちんと自分の考えを述べることは大切ですわ。あなたの成長が嬉しくって涙が出てしまいそう……」

「ありがとうございます」

 そんなふうに褒められると照れてしまう。

「隊長からも見せてもらっておりましたけれど、絵もお上手ね。そのスケッチブックはどんどん活用していって下さいな。……中身、見てもよろしいかしら?」

「あ、えと……はい……!」

「あらあら、飛竜たちが生き生きとしておりますわ」

 ルミナの白魚のような指がパタパタと音を立ててページをめくる。

 緊張でいろんな臓器が忙しなかった。

「ここ数日というもの、あなたという人材の活用を模索しておりますのよ。我ながら思いつきまくって怖いほどですわ♡」

 ほう……と恍惚のご様子。

「うふふ……あなたが良ければ、いまからグロウルさんとお話しませんこと?」

「? グロウルさんと、ですか?」

 名指しだ。

「ええ。よろしくて?」

「……はい」



 揃って足を踏み入れた二人に――特にルミナに対して、グロウルはなぜかとても怒っているのだった。

[なんでその女を竜舎に入れるんやっ……!!]

「本日二回目の授業をいたしましょう」

[話聞けー!!]

 残念ながらルミナは飛竜の声が聞こえない。

 他の竜たちもじっとこちらを見ていたが、それはグロウルの怒りに触発されたのではなくルミナに惹き付けられているようだった。

 思い返せば、ルミナが竜に乗っているところを一度も見ていない。

「もしかして飛竜さんたちと仲が悪いんですか……?」

[ルミナは飛竜隊ここにいるくせに飛竜に乗らへんのや。そのくせ竜たちをざわめかせる……迷惑な女やで]

 緑竜4兄弟のうち、寝ぼけた一匹が鼻先をルミナにすりつける。

「まあっ……可愛らしいですわね」

[ルミナちゃん良い香り……]

「良い子ですから、大人しくしていなさいね?」

[うん……]

 飛竜をあやす手際が見事だ。

 ルミナが柵へ入ると、グロウルは諦めたように体をどかした。スペースを作ってくれたらしい。

 ジェイも手招きを受けて柵を乗り越えた。

「地理と歴史は密接に結びついておりますから、まずはそこからお話しますわね」

 腰元のポシェットから地図が出てくる。

 グローリアを中心として、その周辺国も描かれた大きな地図だ。

「グローリア王国は、山脈を挟んで北方のマニエラ正教国と、西方の砂漠を超えて在るフシュト魔法国と接しておりますの」

 東と南は海に囲まれており、コディソースのように塩気を活かした調味料があることにも納得がいく地形。ジェイはふんふんとメモを取る。

「どちらとも外交や貿易はなされておりますが、同盟を組むフシュトとは違って、マニエラとは大昔から犬猿の仲ですわね」

「けんえん? の」

「とっても仲が悪いということです」

「……」

「さておき300年ほど前のこと。大陸を闇に沈めようとする魔王と、それを討ち果たした勇者がおりましたの。その仲間はほぼ全員がグローリアの出身であったとのこと……グロウルさんの方が詳しいかしら?」

 話を振られたグロウルはふんと鼻を鳴らして答える。

[マニエラ出身の神官と、フシュト出身のウチ以外は勇者がグローリア……当時は違う名前で呼ばれとった地域で集めたメンツや]

 グロウルの発言を伝えると、ルミナは大きく頷いた。

「納得いたしましたわ。あなたがどうして封じられたのかも」

「! グロウルさんのこと、ご存じだったんですか?」

「伝説自体は。グロウルさんが本物かどうかはこれから判断します」

[なんで勝手に判断されにゃあかんのやー!]

「落ち着いてください……!」

 ルミナに頭突きをしかけようとするグロウル。その首に抱き着いて咄嗟に止める。

「グロウルさんは西方訛りですわよね?」

「は、はい。……僕の故郷の近くにいた魔女さんたちと同じです。それもまた、伝説の魔女さんだってことに信憑性があるように思えて」

「ニーズベルは北西の端ですものね」

 王国北西はフシュトからやってくる魔女たちが多く住んでいる場所でもあるのだとか。

「伝説の魔女:グロウル。魔王の討伐後、彼女はマニエラに捕らえられ、魔王に通じた悪魔として全身の血を抜かれ、肉体を封じられたと聞きます」

「!!!」

 グロウルの頭を撫で回していると、彼女は[落ち着けい]と一言。

「何がどうなったかわかりませんけれど、魂が飛竜に逃げ込んだのでしょうかしら?」

 ルミナの推測に、グロウルは首を振る。

[あいつらは肉体を封じたんやない、体の形を封じたんや]

「……えっと、えっと……あいつらは、肉体を封じたのではなく体の形を封じました??」

「もうすこし噛み砕いて差し上げた方がよろしいのでは?」

[あんたが理解できるんならそれでもええ。坊はそのまま伝えてくれ]

「はっ、はい」

 こほんと咳払いをしてからまた話し始める。

[あの女、神官が裏切りよってな。神官は勇者一行とはいえ戦闘能力のない後方支援。魔物を抑え込んどったんは王国とフシュトの混合軍や。マニエラは「自分たちは魔王討伐に大きく貢献した」っちゅー証が欲しかったんやろな」

 難しい話を、なんとか、なんとか通訳していく。

 途切れ気味な情報であろうとルミナはすんなり理解しているらしく、教養の違いを感じる。

[弱冠15歳で大魔女の称号をもらったウチの力が魔王からのもんとか難癖をつけて……そっからはお得意の拷問よ。ウチがウチでいられへんようにシンボルを設計して、月の運行を見立てた魔術を……ああもうまどろっこしいわな! すまん、坊!]

 理解が及ばない単語の通訳を担うジェイが混乱していることに気付き、ばっさりと説明を切り捨てる。

[まあとにかく、結果として竜に変身したんや]

「なぜ飛竜なのです?」

 結論を伝えてすぐに返ったその質問に、深いため息とともに答えた。

[呪いをかけられる前から手足が傷んどってな……檻の隙間、勇者が飛竜に乗って空を飛ぶのを見た。せやから自由に飛んで逃げたいと思ったんよ。……坊、もう痛くないから大丈夫や]

 泣きながらさするジェイをやんわりと止め、通訳を続けてくれと言った。

[飛竜になったウチは、人間サイズの檻をぶち抜いて大脱走。勇者を追っかけた。が、あいつマジ鈍い! 訴えなんぞわからんまま、ウチを王国軍に引き渡しておさらばしよった!!]

「引き渡しておさらばしよった!! ……えっ」

 ほとんどグロウルの言葉を真似て述べていたジェイが一人で驚いていると、ルミナが苦く微笑んでいた。

「……魔王との戦いの後、勇者はよく飛竜に話しかけていた……そういった伝承が残っております。あなたでしたのね」

[ふん……で? わざわざ昔話を聞きにきたんや。呪い解いてくれるんか?]

「ジェイ。グロウルさんはなんて?」

[くそ、絶妙にテンポ悪いな! ウチのニヒルな感じが台無しや!]

 あまり口調に雰囲気や意味を持たされると、通訳をするジェイが難しい。

[ウチは呪いを解いて戻りたい。なんか思いつくか?]

 伝えられたルミナが困った風にする。

「魔女にとって血が魔力の源と聞きます。ですから血を取り戻すのが良いと思いますが……身も蓋もないことを言いますわね? 血は残っておりますの?」

 本当に身も蓋もないが確かにそうだ。

 腐ったか乾いてしまったか……どうなったかまではわからないが、300年という年月はあまりに長い。

 しかし、グロウルは否という。

[呪いが持続しとるんやから血は残っとる。もしなければウチはとっくに朽ち果てとるよ。どこにあるんかはわからへんけども、体の外に自分の魔力があることは感じられるんや。魔女を甘く見んでな]

「さすが大魔女の血液……処分できなかったのね。……となると、その在処ってマニエラではありませんこと?」

[うぐ]

「確かに……」

 血を取り戻されて魔女が復活するというのならば、誰にも手が届かない場所に隠されているのではないか。ルミナが言っているのはこういうことだ。

 ジェイも頭を必死に回転させて、記憶と知恵をひっくり返して集めていたが――《魔女》と《血》のワードで、ふとあることを思い出した。

「そういえば」

[なんや]

「なんですの?」

 二対の視線が集中して怯みかけるが、なんとか口を動かす。

「故郷には《魔女の血酒ちざけ》ってお宝があります。遠目に見ましたけど、真っ赤で血液みたいな葡萄酒なんです。きっとグロウルさんの伝承にあやかって作ったものなんでしょうね。…………という、ただの思い出話です……」

 わざわざ話すほどでもない情報に恥ずかしくなるが、ルミナは頷きながら聞いてくれていた。

「お洒落なお宝ですわね。ニーズベル付近の魔女の集落を経由して渡ってきたのではありませんか?」

「どうでしょう……かなり昔からあったのは事実みたいなんですけども。5代前の村長より前のものだとか」

 かなりアバウトな触れ込みで、伯父が祭りに集まった人々に喧伝していたのを覚えている。

「少なく見積もって100年……案外と本物かもしれませんわよ?」

「あっはは、いやあ……ロクな管理もしてないみたいですし」

「素人が放置しても『真っ赤で血液みたいな葡萄酒』という形を維持しているからこそ、実は本物かもしれないと言っておりますのよ」

 彼女の真剣な瞳に気付き、グロウルに視線を落とす。

 しかし、グロウルは興味なさそうに見返すばかり。

[つくったやつ悪趣味やなぁ]

「悪趣味って……」

 自分の伝説なのに。

[あれか。普段は村の集会所みたいなとこに安置されとって観光名所になっとるんか?]

「観光客は来ません」

[それはそれでどうなん??]

「ニーズベルの人たちはどうやって日々の糧を得ているのかしら」

 実は住んでいたジェイもわからない。

「……ジェイの故郷の闇はともかく。マニエラよりは足を延ばしやすい目的地になりましたわね」

[せやな。見てみて本物やったら奪って飲むわ]

 山賊のごとき発想。

 通訳はしなかったが、ルミナは言わずとも察したらしく嘆息する。

「……『飛竜が押し入り強盗』だとかの見出しを王国新聞に書かれる事態は起こさないでくださいませね」

[ふん、そもそも、ウチはパチモンなんざどうでもええ! 村長サマサマとやらに文句を言ったらなあかんのや!!]

 ギラリとジェイを睨み上げる。

[子ども馬小屋で生活させるなんて何を食っとったらそんな考えになるんや!]

「でも、馬小屋といっても馬小屋に併設された物置で、最初からそこだったわけじゃなくて、伯父さん夫婦に実子が生まれたから移動したんですよ。後継ができたら僕はいらなくて、」

[ますます最低やー!!]

 先ほどの封印のくだりよりもずっと怒っていた。……怒ってくれている。

「……う、嬉しいですけど……グロウルさんの発言、ぜんぶ僕を介して伝えるので『こいつ自分で何言ってんだ』みたいにしか思われないんじゃないかな……?」

[くっ……しゃあない。村長一味が歩くたびにあちこち小指をぶつける呪いをかけたるわ……!]

「お手柔らかにお願いしますね」

 復讐など望まない。

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