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第7話:全体的な紹介
飛竜の紹介を受けると聞いたルミナは、飛竜のことを中心として授業をしてくれた。それを受け終えてすぐに竜舎へ向かう。
グロウルに声をかけると、柵から出て来てジェイの前へ動いた。
[よう来たな! ルミナにちゃーんと伝えたか?]
「はい。『親睦を深めるのは良いことですわね』って言ってもらえました」
昼食までの時間を飛竜の紹介に費やして良いとの許可までもらった。
「こんなものももらったんですよ。スケッチブックっていうんだそうです!」
厚手な紙が束ねられた大きめの手帳で、細い木炭を使って絵が描けるとのこと。
[ええもんもらったな。坊、絵描けるん?]
「下手の横好きです!」
[胸を張って言うセリフやないやろ……まあええわ。案内したるから、ついといで]
「はいっ」
大きな飛竜を収める竜舎は柵も道幅も大きい。昨日一昨日は隊員たちがそれぞれ飛竜を連れ出していたために空いた柵が多かったが、今日はほとんど勢揃いで壮観だった。
[まずは若いのから紹介したるな]
向かって右手の柵にいる緑色の竜4匹を指で示す。グロウルよりも大きな体躯の彼らは、来た初日でもはしゃいでいた竜だ。他の飛竜よりも柵内は広い。
[アネゴおはよー]
[おはよー]
[アネゴ遊んでー!]
[新入りくんだー]
[ええい、静かにせんかい!]
やはり賑やかだ。
はしゃぐ竜たちを鎮めることは諦めたのか、グロウルはジェイを向いて彼らを紹介してくれた。
[大方察しとると思うが、見ての通り四兄弟や]
「で、ですよね」
さすがにどれが兄で弟かまではわからないが。
[名前は坊が乗る時に見ればええ]
「識別には足環を見ればいいんですよね」
つい先ほどルミナから教わったことを思い出す。
[せやせや。名前と性別が書かれとるよ]
緑の竜たちの後ろ足を見れば皮で作られた輪がしっかりと装着されている。何気なくスケッチしていると、一匹と目が合った。
「あ……」
[ボクはドゥールだよ!]
[おいらがペイス!]
[あ、みんなずるいよ! 俺はね――]
[ほらもー! こうなるから言うたんや……!]
喧嘩を始めた4匹から離れるグロウルを慌てて追いかける。
「すみません……忠告してくださったのに」
[坊が悪いわけやない。……とりあえず、あいつらは体力がある飛竜や]
体力とは?
その疑問を見て取って、グロウルは続けて説明する。
[頑健な体力のおかげで長時間飛べるしなんべんも離着陸できる。重い荷物も平気で運べるもんで、王都みたいに住宅が密集しとるとこの配達に向いとる]
「なるほど……」
思い返せば王都内の荷物を担当する先輩隊員たちは彼らを連れて行くことが多い……気がする。
[王都に運ぶ荷物が一番多くて忙しいから、特に決まった隊員の相棒ってわけやない。……次いくで]
「……ですね……」
4匹は未だに取っ組み合いをしていた。
続いては淡い紫の鱗を持つ竜。昼寝中のミトアだ。
[エイミーの相棒や。乗せてもらったやろ?]
「はい。……やっぱり格好いいですね」
シャープなフォルムでいぶし銀の仕事ぶりであった。
[あいつは飛行に安定感がある。《止まり木》みたいな魔法を使わんでも、自力で
エイミーが弓矢で鹿を狙う際にも、ミトアは翼を動かしながら停止した。完全な静止ではなかったものの、二人の呼吸がぴたりと合わさって狙撃を可能にしていた。
「とまりぎ?」
[高度を維持して止まれるように、魔力で足場を作るんよ。ウチ考案の魔法をここの竜たちに教えたんや]
さすがは魔女。
[ミトアは強風を平気で飛べるし急激な天候変化にも強い。普通の竜じゃ危険な自然を通るルートを選べるもんやから、同じく自然に慣れ親しんだエイミーが相棒っちゅーわけ]
「慣れ親しんでいらっしゃるんですね」
[うん、エイミーはたとえ森に一人放り出されても生きて出てくる女や。比喩抜きで]
「頼もしい……」
次はミトアの柵のすぐ隣。
灰色の巨体が丸まっていた。
[そこの奥の灰色のやつはトイグラン。基本寝とる]
いまも寝ている。
ミトアとまた違った方向性で変わった体型の竜。全体的に細く滑らかで、鱗もピッタリと体に沿って生えている。翼も畳めば降り落ちる雫のような形態になるのではないだろうか。
[超長距離を高速で往復しよるんやけど、体力消費がでかいらしくてな。大飯喰らいで寝坊助。一日の行動は寝とるか食っとるか飛んどるかの三択や。本人も凶悪な速度に似合わん幸せな性格しとる]
その生活、ちょっと羨ましい……と思ってしまった。
「この方は誰かの相棒さんですか?」
[いや、不定。豪快な速度と衝撃に耐えられる肝っ玉と体力のあるやつが乗っとる]
「乗る人すごいですね……」
[自分に適した竜に乗るんも大切やけど、仕事に適した竜に乗れるんも大切なことや。これからゆっくり覚えていくんやぞ]
「はいっ」
他にもいろんな飛竜を紹介してくれた。ジェイの想像を超えて個性豊かな竜たちは、全てが頼まれた荷物を運ぶためではなく、王城や軍の専属で荷運びや力仕事を手伝う飛竜もいるらしい。
そういったことも生真面目にメモを取り終えて最奥の柵へ。
[あの子はローチ。色白で綺麗な子やろぉ?]
指した先には、純白の鱗が透き通るような小柄な竜。
[遠い遠い雪国出身。重いもんは持てへん代わり、速く高ーく飛べる。トイグランと違うんはその高度。厄介な地形を避けられるぶん、軽くて高価な荷物を素早く運べるんや]
「な、なるほど……」
[それと魔法の扱いが他より上手いのんも特徴や。仕込んだら飲み込みの早いこと早いこと……]
竜になってから弟子を二人も(ジェイ含む?)取るとは思わなかったとも付け加え、グロウルはローチを自慢する。
[おばさま、そちらが新人さん?]
[誰がおばさまや。ウチは315歳のぴちぴちやで?]
[人間としておかしい上に、竜だとしてもかなりの年齢よ]
静かな少女の声音で冷静にツッコミを入れていく。
[くっ……気にしとることを。……ん、ごほん。こいつはジェイ。新入りや]
[……そのひと、声聞こえるんでしょう? わたしから自己紹介した方がいいの?]
[勝手にこっちで紹介するからどっちでもええよ]
「じゃあ寝る]
手足を畳み、丸まって眠り始める。この体勢はどんな飛竜も共通らしい。
[フリードがほかの飛竜と協力しながら、孵化・餌やり・飛び方の伝授まで頑張っとったよ。……反動なのかフリード以外乗せへんし、フリードもローチにしか乗らんようなった]
「隊長専属なんですね」
昼食の時間まで時間があるのでローチをスケッチして過ごすことにした。覗き込んだグロウルに[上手いやん]と褒められ、照れる。
しばらくそうしていると、ローチが叫びながら跳ね起きた。
[パパ!]
「……パパ?」
彼女の視線の方では、シャツとズボンに皮長靴装備のフリードがやってくるところだった。格好からして汚れる気は満々。
ジェイに気付いて手を振る。
「竜たちと親睦を深めていたのかな? 感心感心!」
「グロウルさんにみなさんを紹介してもらってまして、いろいろとアドバイスをもらってました」
「やっぱり便利だねー……って、スケッチうまっ! それローチちゃん? もらっていい?」
「ど、どうぞ」
「ありがとう! ……いいな。俺もローチと話してみたいよ」
「……良ければ通訳しますか?」
ローチがすぐ近くにやってきた。柵から身を乗り出さんばかりだ。
「じゃあお願いしようかな」
頷き、ローチに注目する。
[パパ]
「パパ」
「パパ!?」
「あっ、えと。ローチさんが、隊長のことをそう呼んでまして……!」
反射で通訳するのも誤解を生むのかもしれない……と反省する。
「そ、そうか。……嬉しいけど照れるな」
[パパ大好き]
「隊長のこと大好きって言ってますよ」
「! ……俺も、ローチちゃんが大好きだ」
[嬉しいわ、パパ]
微笑ましい。
一歩引いて触れ合いを見守ろうかとしたところ、ローチに肩を鼻先で突かれる。
「? ……」
ここまでで彼女が人語を完全に理解していることを察し、腕に力を込めずに応答する。
「なんでしょう、ローチさん」
[日に日にパパの体重が軽くなっていて心配。それと、いつも無理するから所帯をもって落ち着いてほしい]
前者はともかく、後者をどう伝えよう。
「また何か言ってるのか?」
「えええええーとですね……」
どことなくそわそわとしたフリードを前に、救いを求めてローチに視線を向け直すが、彼女は[言って。さあ言って]と意志を曲げない。
「……そのぅ」
「うん」
「体重が落ちていることを心配なさってまして」
「! う……そ、そうか。他には?」
「……無理をする隊長に、所帯を持って……落ち着いてほしいそうです……よ?」
「ローチちゃんっ……!!」
フリードは勢いよく抱きつき、ローチも主人を抱き返す。
「モテの『も』の字もない俺を許してくれ!」
[ちがう。ちがうわ、パパ。通訳して新入りさん。わたしは、お嫁さんをもらって家庭を築くことでパパが自分を大切にしてくれるように、]
「……ローチちゃんが言うなら結婚するよ。お金払って適当な人と契約結婚する」
[パパのばか——!!]
……………………。うん!
一人と一匹の邪魔にならないよう、場を外れてグロウルの方へ向かう。
[坊も冷静な判断ができるようになってきたな]
「ありがとうございます。……彼女、人語を理解しているんですね」
[人間の隊長に育てられたからやろな……]
はあ、と嘆息。
[ウチとローチ以外も簡単な言葉はわかっとるよ]
「簡単な言葉?」
[止まれとか上がる下がるとか。やから、飛ぶ時は今日みたいに力入れんでもええ]
「…………」
手首をさする。
「ありがとうございます」
グロウルはどこまでも優しく、頼もしい先輩だ。
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