第6話:夜間的な飛行
これでもかとドタバタな始まりであったというのに、エイミーとミトアはきっちりと配達をこなし、あまつさえジェイへの指導やフォローをも完璧にこなした。
帰り道で鹿を仕留めて持ち帰ったくらいに余裕のある往復であった。
「……ということで本日は、王都から少し離れた農家さんたちに配達でした」
[ほんで、お裾分けの野菜とエイミーの鹿肉がお土産か]
「はい。焼いてもらいましたから、グロウルさんにもおひとつ持っていきますね」
[嬉しいわ。今日のメシも火の通った肉が出てきたで。ありがとな]
「お役に立てて何より――っうわ!?」
[気ぃ抜くなよー]
現在、グロウルと夜間飛行中。
「うう……はい」
初日のフライトはグロウルにリードされていたから安心して飛べた。そのことを痛感している最中だった。
拠点上空で大きく楕円を描く単純な航路なのだが、手綱を握って指示をしても安定しない。風で危うく姿勢が崩れそうになると、グロウルが自身で持ち直して改善点を伝えてくれる。[声でいちいち指示する癖をつけるんやない]とのことで、四苦八苦しながらなんとか飛んでいるところだ。
[危ないと思ったら鐙に力込めてええよ。踏み込んでも竜は苦しくならんよう設計されとる]
「はい……姿勢が崩れてしまった時はどう指示を出したらいいですか?」
[手綱を上に軽く引いてくれ。それでもダメやったら笛を吹いてな。制服の胸元に紐付きで入っとる。……これ、新人教育に入れんとあかんわ。坊からマニュアル改善しろって伝えてくれん?]
「何から何までお世話になってます……」
教えてくれて曰く、乗り手の正確な指示がなくとも王都上空を飛んで戻る程度であれば、グロウルでなくともできるとのこと。
[だとしても、新人が一人になることは滅多にないこと。しかも夜間フライト二回! これはかーなり光栄なことなんやで]
「はい! ありがとうございます!」
[……。坊が誰かに騙されんか不安や]
「?」
それからも、グロウルは飛竜操縦のコツを伝授してくれた。
[風の流れを読むんや。追い風と向かい風の対処・活用は先輩たちに習ってくとええで]
「はい」
[それと。川や湖、海みたいな大きい水場を超えるルートは慣れてからやないと選べへん。そこらもルミナあたりから教わるんやないかな?]
地理の授業の際、少しばかり教わっている。
「地形が複雑な山と谷も危ないんですよね」
[ん、勉強しとるな。……あと、これはテクなんやけども]
「?」
[手足を畳むと速度が上がる。広げると緩む]
「うっ、わっ……!」
言いながら実践してみせた。
グロウルが身をかがめれば鋭く下降、大きく広げれば緩やかに上昇する。
[……っと。こんな感じやな]
心臓がばくばくと音を立てる。一人で自由自在に飛ぶ彼女の上にいると、乗り手が必要なのかと思ってしまうくらいだ。
[首の向きやはばたきの強さと組み合わせる。そしたら素早い上昇と緩やかな下降もできるっちゅーわけや]
「む、難しそうですね……」
[坊も慣れてきたらいつの間にかできるようになっとる。そーゆーもんや]
「そうですか?」
[エイミーも最初は危なっかしくてしゃあない操縦やったよ? あのお転婆と比べりゃあ、慎重派な坊はよっぽど優等生や]
からからと爽快な笑いぶりに、弱気な心が励まされる。
[テクはこれだけやないで。右だけ畳む、左だけ畳む……ここらの組み合わせも竜に合図して、速度調整と進路変更をやりやすくするんや」
「利点はどんなものでしょう?」
[ええ質問やな。上空でいちいち翼と首と体ぶん回しとったら、竜も乗り手も体力が足らへん。疲れたまま飛ぶなんて危ないやろ?]
想像してみる。
疲れ果てた乗り手と竜が、ふとした油断で地上へ落ちていく――
「すごく、危ないです!」
[せや。ってなわけで、ここまでのテクは長距離配達の必須技能や。休憩時間込みで航路を立てる長距離配達が解禁されれば、坊もいっぱしの飛竜隊隊員やぞ]
「なれるかなぁ……」
今もただ真っ直ぐ飛んでいるだけなのに不安で仕方ない。
[何事も慣れと練習や。も少し慣れてきたら試そか]
「が、頑張ります!」
[頑張り屋さんやな。……歓迎会、どやった?]
「……。楽しかったです。すごく……」
エイミーとともに、ミトアに乗って竜舎へ戻った直後、他の隊員たちがジェイの入隊を祝ってくれた。
フリードやルミナから、魔物の声が――ではなく「飛竜の言葉がわかる」と周知されていたために好奇の目で見てきた隊員ももちろんいたが、その多くはエイミーと同じように飛竜との通訳を頼んでくるか表面的に無関心で留まった。
困ったことや辛いことがあれば気軽に相談してほしいとも言われ、隊員たちのおさがりや余り物などを受け取って、それらは両手に抱えきれないほど。
なぜ声が聞こえるのかを詮索したり、ニーズベルでのことを聞いてくる隊員は一人もいなかった。
「……僕が思ってたより、ずっと嬉しかったんです」
何も言わずとも、何も言われずとも受け入れてくれる仲間だ。
[そか。良かったなあ]
「はい」
[坊はどないしてここに申し込んだん?]
「……買い出しに出た街でポスターを見ました」
ニーズベルに商店はなく、田舎だからといって農作物が豊富なわけでもない。申し付けられて遠くの街へ物資を調達しに行くことはよくあった。
小麦粉を背負って戻ろうとしたら、商店の壁に『飛竜隊隊員募集』という張り紙を見つけたのだ。
ダメ元で申し込んだところ、一次の書類審査・その街で開かれた二次の集団面接をするすると突破し、王都での最終も通ってしまったのである。
[良かったやん]
「え。いや、僕はその……僕の境遇に、審査してくれた人が同情してくれたというか……取り繕った僕なので申し訳ないんです」
[同情なんかであの隊長と秘書が採用するわけないやろ。あんたの熱意が伝わった。それだけのことや]
優しい二人を思い出して「そうかなぁ……?」と思いつつも黙って聞いていた。
[面接もなかなか良かったで。書類の通り『誰かの役に立ちたい』って想いが伝わってきたわ]
「聞いてらっしゃったんですか!?」
[おう。あの面接部屋、隣は竜舎と管で繋がっとってな。音を相互に伝えられるんよ。ほんで、隣室から竜の反応アリナシの合図が面接官に送られる。1匹でも良い反応をもらわんと採用されん]
ついでにジェイ以外の入隊希望者が全滅していると聞かされ、飛竜たちに救われたとわかってお礼を述べる。
[ウチらは関係あらへん。勝ち取ったのはあんたの人柄とこれまでの積み重ね。それだけ。……坊はもっと自信持て。な?]
「……努力します……自信を持てるように……」
[そゆことやないんやけど……ま、いまはええか。帰るで]
「はい!」
大きく弧を描くように進路を変える。
曲がる方へ手綱を引き、体重をかければ飛竜は自然と曲がってくれる……教え通りに実践すると、彼女はゆっくりと旋回し始めた。
[うん、上手になったな! さすがウチの弟子]
「こ、光栄です」
いつ弟子になったんだろう……
[せや、腕は疲れてへんか?]
「え、腕ですか? 腕より、足の方が少しばかり」
緊張のあまり鐙に力をかけ過ぎて、早くも筋肉痛のように筋張っている。
[
腕。魔物の声を聞き取る腕。
不自然な傷とその縫い痕が目立つこの腕を、なぜ彼女は——
「わかっ、……!? え、いつ。どうして、僕の腕を。まだ隊の誰にも伝えていないはずです!」
[落ち着けい、このアホ弟子め]
「ぎょわー!!」
しなった尻尾の先が背中をなぞってくる。
空中での奇襲が凄まじい驚愕と恐怖を与えてくるものと知り、飛竜に乗って戦うと聞く王国軍兵士への尊敬を新たにした。
「なななな、なんですか……腰が抜けるところですよ……」
[ウチは魔女やで? あんたの腕にいつも魔力がくっついとることくらいわかるわ。ウチらの言葉に反応しとるんもな]
「……」
[なにがどうなって埋め込まれたんか知らへんけど……あんた、苦労したやろなぁ]
慈愛、憐憫、憤慨。さまざまな感情が混ざったため息を吐く。
[通訳もあんまりやりすぎると疲れるって伝えんとあかんよ。坊は頼られると張り切るやろから」
「……聞くだけなら疲れません」
[今ここで泣いてもええんやで?]
「………平気です」
上空で泣くわけにはいかない。
少しずつ、自分の感情に慣れてきたと思える。
「僕の声を伝える時が少し疲れます」
[わかった。明日はウチが飛竜どもにあんたの言葉を通訳したるな]
「?」
[明日は仕事少ない日やから暇しとる飛竜も多いやろうし、ウチの可愛い後輩を紹介したるわ]
とても楽しみだ。
「是非」
[おう]
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