第4話:歓迎的な宴会
竜舎奥、複数ある離陸台のさらに奥の地面に着陸すると、三人が拍手で迎えてくれた。
「……ありがとうございます」
「初フライトどうだった?」
エイミーの質問に苦笑する。
「素晴らしい体験でした。……ぜんぶグロウルさんが案内してくれましたけど……」
「やっぱ最初はそんな感じよね。あたしもグロウルさんだったなー」
グロウルも[せやな]と頷く。
そういえば通訳をする約束だったことを思い出し、彼女を注視して言葉を覚える。
[はしゃぎ回って落ちたもんな]
「えと……『はしゃぎ回って落ちたもんな』だそうです」
「!? ちょ、な、なんで知ってるの! あたしの恥エピ!!」
はじえぴとはなんだろう……と思いつつ、真っ赤な顔で腕を振るエイミーに説明する。
「いまのはグロウルさんがそう仰っていたんです」
[命綱たぐって登れた新人はエイミーくらいのもんやった。初日で落ちるんもエイミーくらいやったけど。そんなとこも可愛いわぁ]
「あ……『命綱たぐって登れた新人はエイミーくらいのもんやった。初日で落ちるんもエイミーくらい——」
「わー! わ——!!」
「うわわ!?」
飛びつかれて背中が地面につく。グロウルに横向いていたせいで直撃を喰らった。
ドタバタする二人に赤竜は[なにしとんの]と呆れ、離れたところで作業していたフリードとルミナも「グロウルさんは西方訛りか」、「夜中に騒がしいですわね」とそれぞれ感想を述べた。
「二人とも危ないから起き上がってくれ。これから焚き火するよ」
「た……焚き火っ……?」
顔をぺちぺちされたり腹の上で身悶えられたりと、距離感を間違えたエイミーによってある種の精神攻撃をされていたジェイが問い返すと、フリードは木箱から藁の袋を取り出した。中身がいっぱいに入っているようで凸凹に膨らんでいる。
「焼き芋パーティー。春採用の新人には熟成お芋を焼いて歓迎するのが伝統なんだ」
「お肉とお魚もございますわよー」
ルミナも肉と魚のブロックを掲げていた。
気付いたエイミーは立ち上がってジェイを助け起こす。
「……ごめんね。約束守ってくれてありがと」
「あ、いえ……」
頭を下げあうそのうちに、火のにおいが鼻をついた。
木の葉や書類でできた山がぼんやり燃え始めて、フリードとルミナが銀紙に包んだ食材を配置していく。
「手伝います!」
フリードのもとへ駆け寄る。
同じくエイミーの方もルミナに手伝いを申し出ていた。
「お、ありがとう。これひばさみと火かき棒。火の勢いがバランス良くなるようにね」
「はい。……書類が燃えてるのってなんだか不思議な光景ですね」
麻などの繊維で簡易に作られた安価な紙のほか、上等そうな羊皮紙や白紙が混ざっている。
「要らない書類や見られたくない書類を処分するのにちょうどいいから」
「見られ……たくない?」
「はは、冗談だよ。ところで。ジェイの故郷の村長的存在から手紙が来てた。ジェイ宛だったからそれだけ伝えておく」
「えっ……そう、ですか……」
「村長が伯父さんなのかな?」
「はい」
頑張れだとか体に気を付けてだとか、そういったメッセージではないだろう。仕送り金額の指定か、飛竜隊であることを利用して村でも働けだとか……そういった指示のはずだ。
予測をして思考を整え、手紙を読む決意を固める。
「どこに保管されていますか? 受け取りに行きます」
「たったいま燃えてる」
「キャ——!?」
決意を無に帰す返答に悲鳴をあげ、指さされた足元を注視する。
確かにジェイの名は書かれていたが、すでに8割ほど焼け焦げており、もはや救出は無駄であると理解する。
「どどどどどうして燃やしたんですか……?」
「いやあさー、応援とか心配の言葉が書かれてたら渡すつもりだったんだよ? 残念ながら不愉快な内容で……思わず切り刻んで燃やしちった」
燃えていなくとも読めない状態であったと知って心臓がけたたましい。
「大丈夫! 村長の手紙で焼いた芋を食べるのもいい思い出になるって」
思い出として消化できる気がしない……
飛び出しそうな心臓を胸の上から押さえていると、芋を転がしていたエイミーがトングで持ち上げる。
「第一弾、焼けましたよ〜!」
「コディソースを所望いたしますわ」
「はいはーい。ゆで卵と調味料も準備オッケーです!」
「あ、俺チーズと卵ね。ほら、ジェイも好きなものつけて食べな」
ジェイの悩みはあっさりスルー。芋や肉の載った皿を押し付ける。
「そうだよ。焼きたてが美味しいよっ」
「ではわたくしからも」
エイミーがチーズを芋の上に盛り、すすすと寄ってきたルミナがソースを皿の端に譲渡。フリードは卵を落としてくれた。
みるみるうち満杯になった皿。
「……こんなご馳走、初めてです!」
「あら。毎日食べられますわよ?」
「!!」
ガカァっと衝撃を受けるジェイに、ルミナは満足げだ。
「隊員の体調管理もわたくしの役目ですもの。……? グロウルさん、なにか?」
グロウルがルミナの腰あたりに鼻先をこすりつけている。炎のそばでは危ないからと、準備ができるまで離れてもらっていた彼女、待ちきれずにやってきたらしい。
[坊、通訳! 肉のこと約束したやろ]
「覚えてますとも!」
グロウルに分ける用の肉を確保していた。
「……えっと、ルミナさん」
「はい」
「グロウルさんは生肉を食べることが辛いので、今後は火を通してもらえないかとのことです」
「……。グルメな方なんですのね」
話を聞いたエイミーは早速とばかりに、銀紙から出した肉をグロウルに差し出した。湯気があがって良い焼け具合のようだ。
[ついに、ついに……!]
咀嚼するグロウルは涙声。
ジェイのように言葉わからずとも、彼女の喜びは他の面々にも伝わったらしく、安堵に似た雰囲気が場に漂う。
「彼女の食欲が不振だという報告は前々から挙がっておりました。口に合わないのかとあれこれ探っていたのですけれど……生肉がダメでしたのね」
「彼女が食べる肉には火を通すように伝達しておこう」
「ええ。それに加えまして、グロウルさんの給餌箱に札を立てておきましょう。間違いを減らしつつ手間も減らさなければなりません」
「わかった。手配する」
隊長と秘書とでの話し合い。その真剣さからは、二人が飛竜たちを想っていることが伝わってきた。
エイミーも感心しているようで、うんうんと頷いていた。
「いっぱい食べてほしいもんね」
[肉がうまうま……]
グロウルは専用に大皿をもらって幸せそうだ。
見ているこちらも癒される。
[魚もくれへん?]
「僕の、まだ何もかけてないので分けますね」
[ありがとなぁ。お礼に明日からもあんたのこと乗せるわ]
「ありがとうございます。助かります!」
[……]
「?」
[坊さ、もちっとこう……深読みしろとまで言わんけども、言葉の意味っちゅーのを考えた方がええぞ]
「え? グロウルさんの背中に乗れる権利を下さったということなのでは?」
ジェイ的にはこんな自分を受け入れてくれたと純粋に歓喜している。
[はあぁ〜……ほんまに不安やわ。坊、悪いやつに騙されちゃあかんで? 世の中には優しい顔して酷いことするようなんがごまんとおるんやから]
「気をつけます! 頑張ります!」
[本当の意味で理解してへんのが透けて見える即答やめい]
「き、気をつけます……」
理解力や読解力といった思考のスキルはかなり低いものと自覚している。
「マジで会話してる。すごいな」
「便利ですわね」
ふと会話が聞こえ、慌てて周囲を見渡す。この状況は側から見ればジェイが独り言をしているだけだ。気持ちが悪いことかもしれない。
エイミーが駆け寄ってきた。
反射的に身構えたが、彼女は大きな目をきらきらさせてこちらを見ている。
「なんでしょう……?」
「喋れるのすごいね」
「…………」
魔物以外からの賞賛は初めてだった。
「すごい……ですか?」
「えー!? すっごいよ!」
「おわぁ……」
「どれくらいすごいかというと……すごいくらいすごい!」
エイミーはまた飛びついて、ジェイを抱え上げたままくるくる回り始めた。
すぐに降ろされはしたものの、自分よりも背の低い女性にすんなり持ち上げられたことには衝撃が走る。
「飛竜は仕事仲間だもん。会話できないあたしたちだって心は通じ合ってると思うけど……何を思ってるのか知りたいことはたくさんあるよ。体調が悪いとか気分が悪いとか、隠してないで教えてほしいのに隠しちゃう」
思わずグロウルを見る。
彼女は察した疑問に嘆息気味ながらも答えてくれた。
[ウチはもともと人間やからあんま隠さんけども、他の飛竜たちが不調を隠すんは本能みたいなもんや。野生でわかりやすく弱み見せるとあかんことなるやろ]
「……なるほど」
かいつまんで伝達すると、エイミーは悲しげに眉尻を下げる。
「うー……やっぱり隠しちゃうんだ。悔しいな。……ならますます、それがわかるってすっごいことなんだよ。もっと自信持ってよー!」
「ええっ? あのー……その……」
グロウルにも[せや、坊に足らんのは自信やぞ]と言われ、身の置き場所に困る心地だ。
顔があんまり熱くなっていくので、俯いて芋と魚に集中する。
気付けばルミナからひょいひょいと追加された牛肉と、すり潰しの果実が使われていると思しきソースは相性抜群の美味さであった。芋とチーズを追加するフリードにもお礼を言う。
二人はエイミーの皿とグロウルの皿にもそれぞれ食材を追加していた。
エイミーはチーズをフォークで崩しつつ呟く。
「あたしの飛竜も食の好みあるのかな。ジェイならわかる?」
「……お話しできたら、聞いてみます」
「ありがとーっ」
「たっ……食べてるときに抱きつくの、危ないですよ……!!」
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