雨に感謝

『ここだよ。』

そう言って立ち止まった彼の目の前には真上を見上げるほど高い建物がある。

『……ここ?タワーマンションってやつ?』

『まぁ、そうだね。世間一般的にそう呼ばれてる。』

無表情のまま答えた彼の横顔をまるでライトアップしてるみたいに建物の明かりが綺麗に映し出す。

まさか琥珀はお金持ちの坊ちゃんなのか?だったら夜働かずに高校だって一般のところに通ってるだろう。こんな所に一人暮らしだなんてどんな家庭なんだ?考えても答えが出ないのに考えるのをやめられない。僕の悪い癖だ。


『さ、入ろう。』

そう言ってビニール傘の水滴を払いながら琥珀はエントランスへ進んで行く。

僕も慌てて後を追いかけた。

 

エレベーターに乗って連れてこられたのは最上階に近い高さのワンフロアそのものが家になってるような見るからにお金持ちの家だ。

『お邪魔します…。』

扉を開けた琥珀に促され先に玄関に入った。

『適当にリビングでくつろいでて。お風呂沸かしてくるよ』

 …なんだって?

『えっ、いやお風呂までお世話になるなんて申し訳ないよ。ただ服だけ乾かせてもらえればそれで充分…。』

最後まで言い終わるより先に彼が僕に近づいて首を傾げながら少し笑いながら呟くように言った。

『お願い。風邪引いちゃうから入ってよ。結人がどのくらい長い間あそこで雨に打たれてたのか分からないけど靴下まで濡れてるならきっと下着まで濡れてるよね?さすがにそれを乾かしてまた履くのは…ね?』

それはそうだがとにかく恥ずかしい。

引っ越す時に買ったからまだ使ってない下着もあるし…なんて言ってくるが問題は全くそこではない。

『……ダメかな?』

そう言いながら首を傾げながら少し顔を覗き込んでくる。

あぁ、その表情は確信してるんだ。

自分自身がどれだけ美しいのか、あの動作で通せなかったお願いは無いのだろう。

琥珀は自分の魅せ方を分かっている。あざといと言うのだろうか、正直完全に彼に堕ちている僕からしたら計算でも天然でもなんでもいい。

『じゃ、じゃあありがたくお風呂借りるよ。』そう言うと、よかったと向日葵が咲くように明るく白い歯を見せながら笑うものだからまた心臓の辺りをぎゅっと掴んだ。

『じゃあ準備してくるね!』

子供みたいに無邪気に笑いながら行ってしまった背中を見ながら、琥珀は思いきり笑うと少し八重歯が見えるのか……そんな気持ち悪いことを考えていた。

 

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