名前
それから三時間くらい経っただろうか、体に打ちつける雨が止まった。
『傘は?』
その声を聞いただけで涙が出そうになる僕はおかしくなってしまったみたいだ。
勢いよく上を向くと少し柔らかく微笑んであの日と変わらず真っ直ぐこっちを見ている彼がいた。
あなたに会いたくてただあてもなく待ってました。なんて言える訳がない。
『えっと、ただぼーっとしてて…』
口から咄嗟に意味が分からない言葉が出てきた。雨に打たれながらコンビニの前で黄昏てるってやばい人だろ。絶対引かれる。
そう思って恐る恐る彼を見ると、微笑みを崩さずに『ぼーっとするの、大切だよね。』と言われ心臓を撃ち抜かれた感覚になり思わず胸の近くのワイシャツを握った。
『この前は傘ありがとう。君、濡れて帰ったでしょ?大丈夫だった?』
彼から話しかけてくれるなんて…これは現実なのか?そんなことを思いながらも僕はなるべく平静を装って答える。
『ぜっ全然大丈夫。家すぐ近くだし、僕風邪とか引かないから。君もあの時すごく濡れてたけど……』
ごく自然に受け答えできているだろうか。この心臓の鼓動の煩さが伝わってないだろうか不安になる。
『俺も君と一緒で———あ、名前聞いてもいい?君って呼ぶのなんだか変な感じがしてさ。』
この日ほど僕の普通の名前を恨めしく思ったことはない。
『…ゆいと』
そう答えると彼はどんな漢字?と聞いてくるから結ぶ人って書くんだと伝えた。
『結ぶ人で結人か…素敵な名前だね。』
全言撤回。母さん、父さん、素敵な名前をつけてくれてありがとうございます。
『そっ、そうかな…君の名前も聞いてもいい?』
『俺の名前は、琥珀。』
コハク。名前まで美しいなんてことあっていいのか。こんなにも名前と外見が相乗効果を生み出していることなんて無いんじゃないか?そんな馬鹿なことを考えてる間に少し沈黙になってしまっていた。
『結人?…どうかした?』
僕より少し高い身長の琥珀が首を横に傾げて覗き込んできた。急に名前を呼ばれると心臓がもたない。
なんだか僕の名前が特別に感じる。
『いっ、いや凄く綺麗な名前で羨ましいなぁと思っただけだよ。』
一瞬彼の瞳が揺れた気がした。
『ありがとう。俺もこの名前、気に入ってるんだ。』クックッと笑うその姿さえ絵になっていてつい見惚れてしまうんだ。
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