第44話 かつての光は今どこに4
美月の説教の後もぐだぐだと駄弁り続け、気付けば夕食時。流石にそこまでお世話になるわけにもいかないので、解散することになった。
靴を履き、ガチャリと玄関扉を開けて一言二言別れの言葉を交わしてから、律と共に美月の家に背を向けて歩き出す。
「あ、三澄! ちょっと。……ごめん、りっちゃんはちょっとそこで待ってて」
振り向くと、美月がこちらに向かって手招きをしていた。彼女の言葉に従い、律を置いて一人美月へと近寄る。
「どした?」
「りっちゃんのこと、ちゃんと考えてあげないと駄目だからね。ていうか、もうさっさと付き合ってしまえ」
「うぐ……。ま、まあ、うん。頑張るわ」
「うん、頑張れ」
屈託のない笑顔。それに応えるように、俺も笑顔で頷く。
「よし、じゃあ話は終わり! 今度こそバイバイ三澄、りっちゃん!」
「ああ、じゃあな」
笑顔のままぶんぶんと手を振る美月へ、俺たちも手を振り返しながら反転する。直後、
「ん?」
後ろの美月が、何かを呟いた気がして、顔だけを彼女に向ける。それを見て、不思議そうに首を傾げる美月。どうやら気のせいらしい。
「どうしたの?」
「ああいや、何でもない」
そう言って、今度こそ美月の家を律と共に後にする。
差し込む夕日がとても眩しい。例え背を向けたとしても、この住宅街にあるあれやこれやに反射してきて、眼球を襲う。もはや俯くか、いっそ目をつぶる以外に手立てはない。
それに何より暑い。エアコンで冷やされた身体はもう既に汗ばんでいて、服をばたつかせて気持ち程度の風を確保するも、その風すら生温く、気休めにもならない。
でも、気分はむしろ軽やかだった。
美月の顔を見て、ちゃんと話をしてみて、多少説教は食らったものの、いつも通りの彼女であることを実感できたのだ。
「もう手は繋がなくて大丈夫?」
隣を歩く律から、茶化すような声が届く。
「はは、もう大丈夫だよ」
「ふふ、そっか」
律にはだいぶ心配をかけた。思い返してみると、自分でもちょっとどうかと思うくらい神経質になっていて、なんだか面映ゆい。
まあでもいいか。律には俺の弱い部分とかもう色々バレてしまっているだろうし、今更取り繕ったところで見透かされるのは目に見えている。
……あんまり、知って欲しくはなかったけどね。なんかこう、プライド的に。
でも、要はこれからその弱みをなくしていけばいいのだ。そうすれば、誰かに心配をかけることもなくなる。
次の週から、美月はまた普通に登校してくるようになった。先々週まで週一、二回の割合であった、汗まみれになって教室に駆け込んでくる様までいつも通り。クラスメイトに囲まれたり担任の教師に注意されたりしてて、和やかな気持ちにさせられるが、夏のこの時期くらい、もうちょっと気を付けても罰は当たらんだろうに。
そして今も美月は、自席に着いて多くの友人たちと談笑をしている。
人気者だな、ほんと。
俺とは大違いである。
あの中に、俺みたいなぼっち一歩手前の人間が割り込んでいけば、ミンチにされること請け合い。よって、基本的に向こうから話しかけてくれない限り、俺は美月と会話をすることはない。そして、その交友関係の広さからして、俺との時間を作ることはなかなかに難しい。
だからこの一週間、美月と一言も言葉を交わしていないからといって、彼女に避けられているなんてこともないし、寂しいなんてこともなかった。いやほんとにほんと。嘘じゃないからね?
例え、昨晩SNSにて送ったメッセージに、昼休みも終わりかけの今になってもまだ返信がなかったとしても。
ごろり、と寝返りを打つ。これで一体何度目だろうか。
今日はバイトもあった。金曜日ということで、土日ほどではないが客入りも多く、その分の疲労が身体に蓄積されている。
それでも眠れない。俺はバイトの始業前にもらった美月からの返信が、頭から離れないでいた。
『ごめん、行けない』
来る七月三十日。律の誕生日であるこの日に、また四人で集まれないか。そう考えてメッセージを送った結果が、この短いメッセージだった。
勿論、美月にだって断る権利はある。だから、断られたこと自体はそこまで気にしていない。
俺が気になっているのは、美月がどうして断ったかということだ。
「なんか用事でもあんの?」と、普段であれば軽い調子で尋ねていたかもしれない。だが、最近見せていた僅かな異変が、あと1タップのところで躊躇わせていた。
知らないのも怖い。でも、知るのも怖い。
結局その晩、俺はひたすら悶々と寝返りを繰り返すだけ。スマホの画面は、何も打ち込まれることなく暗転することになった。
そして俺たちは終業式の日を迎える。
受験勉強本格化前最後の夏休みの到来に、興奮を隠し切れないクラスメイトたち。その中には勿論美月の姿もあった。
教室内のどこにも、おかしなところなんて見当たらない。
しかしその日の夜。
美月の様子がおかしい。律から届いたその一文を見た瞬間、気付けば俺は律へ電話をかけていた。
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