第45話 かつての光は今どこに5

『もしもし——』


「美月の様子がおかしいってどういうことだ?」


 スマホから声が聞こえるや否や、俺は律の言葉を遮って問い掛ける。


『あーえっと……最近私、美月に避けられている気がするの。勘違いかなとも思ったんだけど、学校でもSNSでも美月の反応がやけに鈍くて会話が続かないっていうか。……三澄はどう? 最近学校で話してるのあんまり見ないけど』


「……俺の方は律の誕生日の件で連絡とった件以外では、一言も話してない」


 律の方も俺と似たような状況になっているらしい。


 美月の学校での様子は、傍から見ている分にはおかしな点は見受けられなかった。つまり、俺と律への態度にのみ異変が起きていると考えられる。


『……私たちが、何か美月の気に障ることでもしたのかもしれないわね』


 律が不安そうに呟く。


「んーでも正直なとこ、俺には身に覚えがないんだよな。律だってそうだろ?」


『私は……その、心当たりがないわけでもないっていうか……』


「え、律、美月に何かしたのか?」


『あーううん、そうじゃなくて。その……美月って、本当は三澄のこと好きだった、とか』


「ええ? そんなわけ——」


 いや、俺にはそれを否定する資格がない。付き合いが長い律の気持ちにすら、今まで全く気付かなかったのだ。俺が気付いていないだけである可能性は十分にある。


『うん、私も違うとは思ってる。可能性がゼロじゃないってだけの話だから』


「ああそうなの?」


 めちゃめちゃ安心した。大きく息をついて脱力し、もたれていたベッドへ上体を少し沈める。


 律の気持ちにもまだ応えられていないのだ。そんな状況で美月も、となると、少なくともどちらかは確実に傷つけることになってしまう。そんなのは嫌だ。


『うん。でも、それ以外だとすると私も分からないのよね……』


「そうかぁ……」


 律にも分からないとなると、いよいよ当たって砕けるしかないのかもしれない。でも砕けるのが俺たちだけとは限らないんだよな……。


 時間を空ければ、解決するのだろうか。手遅れになってしまわないだろうか。


 どうするのが正しいのか、判断がつかない。けど——


「俺、直接美月に聞いてみることにする」


『……そう、ね。やっぱり聞いてみるしかないわよね』


「ああ。それで、律はちょっと待っててくれないか。二人がかりでってのはちょっとあれだし、何か分かったら報告するから」


『……うん、分かった』


「ありがとう。……それじゃあな」


『うん、じゃあね』


 そうして、律との通話が終了した。俺はそのまま美月へ電話をかけようとして、指が止まる。もうそこそこ遅い時間だった。


 今度、二人で会えないか。三十分だけでいいから。


 そんなメッセージを送るだけに止め、俺はスマホを置いた。






 次の日、夏休み初日。


 これからひと月とちょっとの間に起こる様々なイベントに、多くの生徒たちが心を躍らせているであろうこの日だが、俺にそんな余裕はない。


 昨日受け取った、何とも言えない結果が記載された成績表やら大量に課された宿題やらは、この際置いておく。


 俺はスマホを手に取り、美月へと電話をかけた。


 ベッドに尻を沈め、壁にもたれかかる。コール音が耳元で空しく木霊していた。


 やっぱり駄目か。そう思い、耳からスマホを離しかけたその時、


『……もしもし』


「っ。……もしもし美月か?」


 スマホから届いた声の調子がなんとなくいつもと違う気がして、つい確認してしまう。


『うん。どうしたの』


「メッセージ、見てくれたか?」


『……うん』


「そか。それで……今日、暇か?」


『あーいやー、それはどうかなーみたいな』


「なんとか話だけでもできないか? 電話越しでいいから」


『んー……』


 美月の返答を待つ。あまりしつこくし過ぎるのは……止めておくべきだろう。こうして会話をしていること自体、彼女の優しさがあってのことだ。もしこれで拒絶されるようであれば、俺の方はもう諦めるしかない。


『ごめん』


「っ……そっか、分かった」


 全身から力が抜け、口から思わず溜息が漏れそうになる。それらをぐっと堪えて、俺は言葉を紡いだ。


「美月、今まで色々と迷惑かけてごめん。それと、ありがとう」


 もしかしたらもうこれっきり、俺が美月と話すことはないのかもしれない。そう思うと、ここで伝えておかないわけにはいかなかった。


 腕を下ろし、通話を切ろうとして——


『違う!』


 スマホとの距離が空いたこの状態でも分かるくらいの悲痛な叫び。


「え?」


 すぐ耳へスマホを寄せる。


『三澄もりっちゃんも何も悪くない!』


 ……もしかして泣いてるのか? 


『悪いのは……全部私。謝らないといけないのは、私なの』


「それはどういう……?」


『ごめ、スン、ごめんなさい……』


 鼻を啜りながら放たれたそんな言葉を最後に、通話が切れた。


「……」


 なんだ? 美月はどうして謝った? どうして泣いていた?


 俺も律も自らに非があるとほぼほぼ断定して、事を運ぶつもりでいた。でも、今の美月の様子は——


 俺たちは何か思い違いをしているのだろうか。しかし、美月が俺たちに対して何か謝らなければならないことをしていたとは、どうしても思えなかった。

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