第39話 気付けば影は薄く3

 外とは打って変わってひんやりと空調の効いたデパート内の空気が、俺たち三人の身体をゆっくりと撫で付ける。例え用事などなくともついふらりと立ち寄ってしまいたくなるくらい、この入口から洩れる冷気には人を引き寄せる力が込められていて、俺たち三人は一切逆らうことなく中へと足を踏み入れた。


 まだ洋服店などを売る専門店が開店していないからか、中は比較的閑散としているものの、俺たちの後ろを歩く数人によりまるで追い立てられているような心地になって、ひとまず通路の隅へと避難することにした俺たちは、最初の行き先について相談を始める。


「まだ十時前だし、とりあえずそこら辺のカフェとかに入るかぁ」


 炎天下の中歩いてきたこともあって、今は何より休憩がしたい。というか若菜を休憩させたい。


「そうね、冷たいもの飲まないと流石にやってられないわ……」


「はい、私もちょっと休みたいです……」


「おっけー。それじゃ二人はとりあえずそこに座っててくれ」


 少々ぐったりとした二人の返事を受け、俺は二人に傍にあったベンチに座るよう指示してから、案内板のある場所へと向かう。


 以前も若菜と訪れたこのデパートだが、カフェなどの飲食店には俺も明るくない。そういえば若菜はコーヒーとか飲めるのだろうかと考えながらも、目に留まった近場のカフェのいくつかにあたりをつけて、二人の座るベンチの方へ振り向いた。


 ちょうど人一人分ほど間を空けて、彼女らは座っている。本来ならそれくらいの間隔、特に気に留めることでもないのだが、どうしても気にしてしまうのは、二人がどこか落ち着きがないように見えるからだった。


 もしあの場に美月がいたならば、あの隙間は今頃埋まっていただろう。でも、用事があると言った彼女を無理にでも連れていくなんてことはできなかった。


「お待たせ」


 俺が足早に彼女らの元へ戻ると、強張っていた二人の表情が弛緩する。


「二人とも歩けるか?」


「ええ、大丈夫」


「私も大丈夫です」


 そう言い立ち上がった二人は、俺を間に挟むように位置取る。この図、俺が二股かけてるみたいでなんか嫌だ。仕方ないことではあるんだけれども。


「若菜ってコーヒーとか飲める?」


 余計な考えを放棄することも兼ねて、俺は若菜にそう尋ねた。


「ああはい、ブラックでも何でも一応。好みってわけでもないんですけどね」


「あー、そうかぁ」


 若菜、ブラックでも飲めるのかぁ。ちょっと……うん。


「?」


 俺の曖昧な返事に、怪訝な顔になる若菜。そこに茶化すような横槍が入る。


「三澄、ブラック駄目だもんね」


「いやっ、別に苦いのが嫌いなわけじゃないんだぞ? 砂糖さえあればちゃんと飲める」


「ミルクもいるんじゃない?」


「い、いやっ……うん、まああれば欲しい」


「フフッ、別に三澄が生粋の甘党でも誰も文句言わないわよ。一緒にケーキ食べに誘えるし、私としてはむしろ都合がいいくらい。……ね、ねぇ。また、どこか一緒に食べに行かない? 三澄の好きそうなお店、探しておくから」


 律の表情が段々と、どこか必死さを窺わせるものに変わっていく。ただ俺を食事に誘うだけのその言葉を発するのに、かなりの時間と労力をかけさせてしまった。


「ああ……うん。楽しみにしてる」


「うん! 楽しみにしてて!」


 切なげだった律が、輝かんばかりの笑顔を見せてくれる。つられて俺も顔が綻んだ。


 ふと、シャツの左脇腹あたりが引っ張られる感覚がしてそちらへ顔を向けると、若菜と視線が合う。しかしすぐにハッとなって目を逸らされ、シャツから手を離して少し距離を取られた。


「どうした?」


「あ、いや、その……。そ、そろそろ行きませんか? 私喉が渇いちゃって」


「あ、ああ悪い! それじゃあ行こうか、二人とも」


 少し若菜のことがおざなりになっていたかもしれない。気を付けないと。

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