第33話 テスト勉強4

「ふぅ……ああ、もうこんな時間か。律、美月、そろそろお開きにしようか?」


 今の俺には少々重めの文章問題を1つ解き終わり、息をついて部屋のデジタル置時計へと視線を送ると、そろそろ9時半に差し掛かるところ。


「ふぁーああ、そうねー、んじゃ帰るかぁー」


「うん、ちょうど一区切りついたし、私も帰ろうかな」


 俺の言葉を受けて、大きく欠伸をした後、今の今まで読んでいた恋愛小説を持って立ち上がる美月と、ペンを置いて小さく伸びをする律。


 2人とも持参した勉強道具を片付ける姿は一緒だが、そのノートの埋まり具合は対照的だった。まあ相変わらずといえば相変わらずなため、今更指摘することでもない。


「それじゃあ若菜ちゃん、じゃあねー」


「……」


「あ、はいっ。お疲れ様ですっ」


 ひらひらと手を振る美月と律に、若菜は慌てて立ち上がり頭を下げる。そんな姿を見届けた後、ガチャリと扉を開けてスタスタと歩いていく2人を尻目に、


「じゃあ若菜、俺ちょっと2人を送ってくるわ」


 と言い残して部屋を出ようとすると、


「あ、私もせめて玄関まで」


 と立ち上がり、近寄ってきた若菜を引き連れて玄関へと向かう。


 先に玄関にて靴を履き始めていた2人が立ち上がり、若菜との別れを済ませるのを見届けてから、俺はサンダルをつっかけて外に出ていく2人の後に続いた。


 ガチャンと扉が閉まり、鍵をかけてから建物から漏れ出る光や街灯によって照らされる道路へ、3人揃って歩き出していく。


 全く人通りがない静けさの中に、時折、家族の賑わいを感じさせるような気配が届くその道すがら、俺は溜め込んでいた言葉を2人に向けて発した。


「2人とも、今日は本当にありがとう」


「んー?」「ふふ、どうしたの改まって」


 そう言ってこちらを向いたはにかむ彼女らの顔を見ていると、段々と恥ずかしさが込み上げてきて、


「あー、若菜とのこと。すげぇ嬉しかったからさ」


 と、つい彼女らから視線を外して、素っ気ない返答になってしまう。


「えー、私らは好きなようにやっただけだよ。ね、りっちゃん」


「そうね。……正直、言わなくてもいいことを言っちゃった気がするけど」


「「あー」」


「うぅ……」


 俺たちの上げた納得の声に、律は俯きがちに小さく唸り声を漏らした。


「そのことなんだけどさ、りっちゃんと三澄、やっぱりなーんか怪しいんだよねぇ。あんただけが特別なわけじゃないっていうあの言葉が出てくるあたりさぁ、ただ仲直りしたってだけじゃないよね?」


「あー、それは……」


 俺は苦笑い気味に律の方へと視線を泳がせる。


「……言いたくない」


 俯きながらそう呟く律は続けて、


「だって言ったら絶対美月弄ってくるじゃん!」


 と、勢いよく顔を上げて叫んだ。


「はっはーん、なるほど、言えないようなことがあったわけか……。まあ告ったのは明らかだから、他には……」


「はあ!?何でバレてんの!?」


 そんな反応をしてしまった律へ、美月はニヤリと邪悪な笑みを向ける。


「っ!まさか、誘導尋問!?」


「あはははは!りっちゃんもまだまだ甘いねっ」


「律……」


 軽率な律の発言に、俺は溜息を吐きながら呆れた視線を向ける。そうして、うんうんと恥ずかしがりながら唸る律への美月の口撃はまだまだ止まらない。


「いやぁ、とうとうりっちゃんも告ったかー。あれ?でも2人とも付き合ってないし、気まずくもなってなさそうだし……どういうこと?振られたけど、私まだ諦めないからっ、とか言っちゃった感じ?」


 当たらずといえども遠からず。俺も当時の情景を思い出し、少し顔が熱くなる思いだったが、律は既に顔を両手で覆ってしまっている。


「うぅぅ……」


「もしかして図星?あらぁ、ほんとりっちゃんってば三澄のこと大好きだねぇ。今日の教室でだって、まさか三澄のこと、あなた、なんて言い出しちゃったりさぁ」


「おい、美月そろそろ——」


「ぁぁぁああああ!!」


「あっ!おい律!?」


 雄叫びを上げて逃げ出した律は、そのまま自分の家へと駆けこみ、バタンと扉を閉めてしまった。


「ありゃりゃ、流石に耐え切れなかったか」


「お前は律にどんな恨みがあんだよ……」


「えー、恨みなんかないよう。りっちゃん、弄られてる時がいっちばん可愛いんだもん」


 律の消えた扉を、穏やかな笑みを浮かべながら眺める美月。


「いつもあんな風ならいいのに」


「……そうだな」


 律が限られた人間の前以外では常に仏頂面なのは、昔からのこと。もっと色んな人たちと良好な関係を築いて欲しいとは思うが、彼女が望んでいないというのなら無理強いは出来ない。


「さ、次は美月の番だ。行くぞ?」


「ほいほーい」


 気の抜けるような声と共に、美月は歩き出そうとしていた俺の横に並んで、2人して歩き出す。


 先程、美月から一瞬だけ感じられた哀愁のようなものは、既に霧散していた。

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