第27話 経験しないと分からない4

 俺たちに向けられていた生暖かい視線から逃れた後、とある店舗に足を踏み入れた。


 女性用、男性用両方の衣料品を数多く取り揃えた店内は、10代、20代の若者たちを中心に賑わい、SALEと印刷されたチラシが至る所で自己主張を続けている。


「三澄さん、どれがいいと思います?」


「え、俺?うーん、俺はあんまり派手なのは好きじゃないんだけど……」


「派手じゃないもの……あ、これとかどうですか?」


 若菜はそう言ってハンガーに掛かった真っ白なブラウスを手に取って俺に見せてきた。


「うん、似合うんじゃない?ただ若菜さ、自分の好きなものを選んでくれていいんだぞ?」


「あー私、今までファッションとか気にしたことなくて、よく分からないんですよね」


 そう言いはにかむ若菜の顔に、ほんの少しだけ影が差したように見えたものの、今それに触れるのは憚られ、ひとまず当たり障りのない返答をしておく。


「はーそうなのか。うーん、といっても俺も女子の流行とかよく分からないしなぁ」


「でしたら、三澄さんの好みで選んでもらえませんか?」


「んー、あんま自信ないんだけどなぁ」


「流石に嫌だと思ったら言いますから。あんまり気負わないでください」


「んーそうかぁ。じゃあ今持ってるそれと、あとは……あぁ、これかな」


 少し歩いて目についた、灰色のレースのロングスカートを手に取って若菜に渡す。


「試着して来てもいいですか?」


「ああ、もちろん」


 スカートを受け取った若菜は、周囲を見回し、近くにいた店員の方へと駆け寄っていく。


 俺もその後ろに続き、2人して試着室手前まで店員の案内を受けて歩いた後、若菜は1人試着室へと入ってカーテンを閉めた。


 ごそごそと、衣擦れの音がしばらく響いた後、少し間を置いてゆっくりとカーテンが開き、その中から少し恥ずかしそうな表情をした若菜が姿を現す。


 白いブラウスと灰色のロングスカートの相性は悪くなく、しっかりと彼女の清楚さと落ち着いた雰囲気を引き立てているように思えた。


「どうですか?」


「いいんじゃないか。似合ってると思う」


 上目がちに尋ねてくる若菜にそう答えると、後ろからコツコツとヒールの音が聞こえてくる。

 

「うわぁ、肌も白くて、やっぱりすっごい可愛いですねー!彼氏としても鼻が高いんじゃないですか?」


「へぇ……!?」


「え?ああ、そうですね。俺にはもったいなくらいです。それで店員さん、彼女のためにいくつか服を見繕ってもらえませんか?恥ずかしながら俺、そういうことには少し疎くて」


「ああはい、任せておいてください!彼女さんにピッタリなものを持ってきますので!ちょっと待っててくださいね!」


「はい、よろしくお願いします」


 そう言い軽く会釈をした俺を見届けてから、活発な女性店員は足早にどこかへと向かっていく。


「あの、三澄さん。どうして否定しなかったんですか?」


 おずおずと、頬を少し赤く染めた若菜がそう尋ねてきた。


「否定?彼氏とか彼女とかってやつ?」


「はい」


「あー、前にもさ、同じようなことがあったんだ。それで否定したら、更に面倒なことになってな」

 

「面倒なこと?」


「一緒にいたやつが不機嫌になったり、店員の人もしつこく弄ろうとしてきたりな」


「……一緒にいたやつって、もしかして律さんですか?」


「ああ、そうだけど……」

 

「律さんとは、こういう2人きりでの買い物とかって何度もされたんですか?」


「うん、まぁそうね。そんな頻繁ってわけでもなかったけど」


「……」


 じっと、少し冷めたような視線を送ってくる若菜。


「えっと、どうした?」


「いえ、私も気を付けないといけないなと思って」


「気を付けるってなにに?」


「三澄さんみたいなチャラい男の人に、です」


「チャラい!?ま、マジか、俺、チャラいか……」


「はい。もう、女の敵ですね」


「ぐぅ……!」


 否定できない。もう既に何人か被害者、主に律のことだが、実際に確認されている。金輪際そんな人間を生まないためにも、むしろ俺の方が気を付けなければいけないだろう。


「……ふふっ」


 呆れたように俺を見つめていた若菜の表情が、我慢しきれなくなったのか一気に破顔する。やはり俺に対する弄り目的の発言でもあったらしい。


「俺も気を付けるからさ、あんましいじめないでくれるか?」


「はい。ごめんなさい」


 悪戯に成功した後の子どものような表情。こんな顔をされると何をしても許したくなる。


「あの~、そろそろいいですかね?」


 先程の店員が、躊躇いがちに割って入って来た。


「あ、すいません。わざわざ探してもらったのに、お待たせしてしまって」


「いえいえ、いいんですよ。とてもいいものを見せてもらいましたから。ほんと、ラブラブて羨ましい限りです」


「あ、あはは……ありがとうございます?」


 チラリと若菜の方を窺うと、何も言わず俯いたままで俺からは顔が見えない。


「はい、じゃあ彼女さん。照れてないで、試着してみてください」


「っ!」


 勢いよく上げた顔は真っ赤に染まり、口からは少し声にならない声が漏れ出ていた。


 店員は、そんな若菜にもお構いなしで、持って生きた衣服を次々と手渡し、若菜を試着室の中へと押し込むようにしてカーテンを閉める。


 次第に衣擦れの音が聞こえ始めると、店員は俺の方へと近寄って来て、


「彼女さん、ほんとめちゃくちゃ可愛いですね!あんなに照れちゃって!」


 と、耳打ちしてきた。随分と興奮しているらしく、嬉々とした表情を浮かべている。


「あ、あはは、まぁそうですね……」


 面倒な人に餌を与えてしまったらしい。ただ残念ながら、俺の方はいい反応を返してやることはできない。


 彼女もそれに気づいたのか、それっきり静かに若菜の着替えを見守り出した。


 そして遂に、若菜が試着室から姿を見せる。


 今度は膝が丁度見えるくらいの白のフレアスカートに灰色の半袖Tシャツと、涼しさを感じさせる装い。


「どう、ですか……?」


 先程よりも更に恥ずかしそうに、少しもじもじと俺の方を窺う若菜。


 彼女にとって肌の露出は、致命的となるかもしれない。しかし、自身を着飾ることの喜びまでも、彼女から奪いたくはない。


 それに何かしら工夫をすれば、問題はないだろう。

 

「可愛いよ。すごく」


「っ!」


 サーッと顔を赤らめ、若菜は勢いよくカーテンを閉めてしまった。


 隣の女性店員がニヤニヤと俺を見ているのが気配で分かる。声を出してはいないが、非常に喧しく感じた。

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