第7話 再会2
スウェット3セットと大量の日用品がそれぞれ入ったビニール袋を両手に提げた俺は、4、5階建てのビルが点在する繁華街の中を、若菜を引き連れて歩いていた。
「なぁ、そろそろ昼だけど、何か食べたいものはないか?」
チラチラと周囲を見回しながら、俺は若菜にそう尋ねた。
既に当初の予定は全て済んでしまい、今日のところはもう帰るだけなのだが、やはりそれでは少し味気なく感じる。
「いえ、特には。それより荷物、大変ですよね?一度家に戻ってしまった方がいいのでは?」
「え?いや、これくらい大丈夫。それより本当に食べたいものはないのか?」
「はい。特にアレルギーなどもありませんし、本当にどんなものでも構いません」
「うーん、じゃあ好きな物とかは?」
「いえ、その、み、三澄さんのお好きな物で、私は大丈夫ですから」
少し口籠る様子を見せる若菜だったが、相変わらず自身の欲の一切を見せようとしないその姿勢に、これからの共同生活への不安が掻き立てられる。
ここはひとまず無難にファミリーレストランにしておくべきか。
そう考え、若菜を引き連れて近くのファミリーレストランへと向かう。
混雑した店内を、店員の案内によって2人がけの席に若菜と向かい合って着いた後、テーブルの上に置かれたメニュー表を開いて若菜に見せる。
「どれが食べたい?」
少し俺に窺うような視線を向けた後、若菜はペリペリとメニュー表を一通り眺め、
「私は、これで」
と、ハンバーグがメインディッシュとなるランチセットを指差した。
メニュー表の隅に小さく記載された200円のパンを選ぶなんてことはないようで、内心ほっと一息つきながら、テーブル隅に置かれた呼び鈴を鳴らす。
しばらくしてテーブルに到着した店員にお互いの注文を伝え終えた俺たちは、口を閉ざしたまま視線を落とした。
正直、彼女に聞いておかなければいけないこと、非常に重要であろうことが1つだけある。しかしこの状況や今の互いの距離感を考慮すると、とても口にできるような話題ではない。
彼女との距離を縮めるきっかけを探るためにも、まずはお互いの趣味嗜好等をちゃんと明かし合うことから始めるべきだろうが、食事が運ばれてきてからにした方が色々とやりやすいか。
チラ、とテーブル横の窓から外の風景へと視線を移す。
ゲラゲラと笑いながら闊歩する大学生らしき3人組や、小さな子供連れの夫婦、学生服姿の集団など、土曜の昼らしく所せましと人で埋め尽くされた通り。
特に物珍しい、若菜の気を引けるようなものは見当たらない。
別段期待していたわけでもないため潔く視線を戻すと、ふと俺の方を見ていた若菜と目が合い、そしてすぐに逸らされる。
「どうした?何か聞きたいことがあったら何でも聞いてくれていいんだぞ?」
「いえ……何でもない、です」
「そっか」
見れば、買い物をしていた時の意地を張ったような態度とは打って変わり、今は随分とおどおどと、落ち着かない様子の若菜。
なんとなく出会いたての頃の彼女を想起させ、あまり深く追求することが躊躇われる。
そんな少し気まずい空気を寸断するような溌溂とした声と共に店員が現れ、大きめの皿に盛られたサラダと、掌に収まるくらいの皿2枚を俺たちの目の前に置いて立ち去っていく。
テーブル隅にあるカトラリーケースからフォーク2本を取り出した俺は、それぞれ取り皿にサラダを分けて、カトラリーケースと共に1つを若菜の前に差し出した。
「ほら、食べて」
「……はい」
緩慢な動きでフォークを手に取る若菜に続いて、俺もフォークを取り出し、取り分けたサラダを素早く口に運ぶ。
パリパリとしたレタスの食感と共に、ドレッシングの酸味が口の中に広がる。
チラと若菜に視線を送ると、彼女もちゃんと食べているらしくもぐもぐと口が動いていた。
しばらくしてテーブルに運ばれてきた2種類のランチセットに、それぞれ手を付け始めたところで俺は若菜に話を切り出してみる。
「美味しいか?」
「は、はい」
「これも食べてみ。美味しいから」
俺はそう言ってヒレカツを1切れ、若菜の皿へと移して笑いかける。
「え?えっと……」
「いいから」
俺のその言葉に、ヒレカツをゆっくりと箸で掴んで口に運ぶ若菜。彼女の咀嚼が終わるのを見計らって、
「あれから、ちゃんとご飯は食べてたか?」
「あ、はい。真島さんが色々と手配してくださって」
「あー、あの人いっつも怖い顔しながら、なんだかんだ世話焼いてくれるんだよな。俺も去年はかなりお世話になったよ」
といった風に和やかな会話を展開していく。
午前中は多少の紆余曲折があったが、この分ならば、彼女との関係の良好な始まり方ができるんじゃないか。そんな期待感が胸の内で膨らんでいった。
しかしそんな俺の思惑とは裏腹に、次第に若菜の表情に陰りが見られ始め、そして、
「あのっ、すいませんでした!」
と、少し加減を間違えればテーブルにぶつけていたんじゃないかと思える程、勢いよく頭を下げた。
「色々と気を遣って頂いたのに、それを全部無駄にしてしまって……」
「いいよ」
「え?」
深く下げたままにしていた頭をさっと上げる若菜。
「なんか買い物の時からずっと色々我慢してたみたいだったから、そうやって吐き出してもらえて、すごく安心した」
「……」
「ほら、早く食べないと冷えるぞ」
なんとなく少し照れ臭くなって、ぼうっとこちらを見つめていた若菜にそう促し、俺も食事を再開する。
俺たちを取り巻いていた気まずい空気は、これ以降完全になくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます