第25話 経験しないと分からない2

「これじゃあ何の参考にもなりませんよ……」


 若菜が頭を抱え、困惑した声を上げる。


 少々長くなりそうだと分かった俺たちは、急いで夕食を片付け、ソファに並んで座っていた。


「可愛ければ見た目にこだわりはない。一緒にいて楽しければ誰でもいい。歳は上でも下でも、勉強はできてもできなくてもどっちでもいい。家事は最低限できれば問題なく、これから覚えてくれるのなら最初はできなくてもいい。……どれもこれもアバウト過ぎて……!」


「俺も、悪いとは思ってる」


 しかしそれが俺の偽らざる本心なのだ。受け入れてもらう他ない。


「私が少し侮っていました。三澄さんのそのこだわりのなさは、恋愛に対する興味の薄さ、やる気のなさが起因となっているのでしょう。まずはその意識から変えないといけないようですね」


 手で顔を覆いながらぶつぶつと呟くその様を見ていると、なんとなくこのソファから立ち去りたい衝動が湧いてくる。


「……何させる気?」


「まずは……そうですね、恋愛小説や恋愛漫画を大量に読むことから始めましょうか」


「んむ?」


「三澄さんには憧れという形で恋愛に興味を持ってもらいます。小説や漫画にはデフォルメ化された恋愛がよく取り扱われていますから、取っ掛かりとしてはいい教材になると思いますよ」


「なるほど……?」


 若菜の挙げた創作物の類は今まであまり触れてこなかったが、彼女の口振りは具体的で説得力を持ったもののように聞こえる。


 しかし1つだけ気になる点があった。


「大量って、具体的にはどのくらい?」


「三澄さんが恋愛に興味を持てるようになるまでです」


「……まぁ、そうなるか」


 律の気持ちにちゃんと応えられるようになるためにも、面倒くさがっている場合ではない。


「あーでも、バイトとテストがあるし、あと3週間くらいはあんま時間作れないな」


「……本当に刺されないですか?」


 俺の身を案じるように不安そうな視線を向けてくる若菜。


「いや大丈夫!……だと、思う。思いたい」


 高校に入ってからは人付き合いを避けていたため、仲の良い女子生徒は律と美月くらいだ。


 勉強を優先しても、中学の頃の二の舞となることはないはず。……ないよね?


「何か背中に忍ばせておきますか?」


「いや、そこまではいいかな」


 もし刺されたとしたらそれは俺の自業自得。なんとか命を落とすことだけは免れられるように足掻いてはみるが、けじめとして最初の一撃だけは貰っておくべきだろう。


 俺だって、相手を傷つけているのだから。


「そうですか?それじゃあまずはテスト、頑張ってくださいね」






 授業と授業の合間の短い休み時間。


 空調の効いた教室の隅で、ペリと古文単語帳のページをめくって、単語そのものや単語の意味などに視線を滑らせる。


 そんな静かな集中状態にあった俺の耳に、突如としてけたたましい音が飛び込んで来た。


「うええ!?マジで勉強してるじゃん!ほんとどうしちゃったの!?」


 声の主、美月は、バタバタと足音を鳴らして俺の席に近づき、俺の肩に手を置いて、


「三澄、何か変な物でも食べたんじゃない?病院行く?」


 と、心配そうな顔を浮かべて覗き込んで来た。本気で俺の身を案じていそうなその表情が、逆に腹立たしい。


「おい、これでも試験受けてこの学校入ったんだからな?やる時はちゃんとやるぞ」


「三澄、本当のこと言ってくれていいんだよ?きっと楽になるよ?」


「いやなんもやってないから。罪の意識に押し潰されそうになんかなってないから」


「うんうん、私も三澄がそんなことをする人間だとは思ってないよ」


 そう言いながら俺の耳元に顔を近づけてくる美月。


「それで、実際いくらくらい渡したの?」


「全く信用してない!?」


「だいじょーぶ。2人だけの秘密だから。ね?話してみ?」


「お前の大丈夫って言葉ほど信用できないものはないな……」


「ええー、またまたぁ。相変わらず三澄はツンデレだねぇ」


「ツンデレじゃねぇーわ!俺がいつお前にデレたよ!?」


「ああ、あれは、とある雨の日の午後のことだった……」


「おお?なんか急に回想入ったか……?」


「……」


「何もないのかよ!?いやそもそも俺のデレエピソードなんか求めてないけども!」


 キーンコーンカーンコーン……


 ここでちょうど授業開始時間を告げるチャイムが鳴り響き、担当の教師が教室に入ってくる。


「んじゃねー三澄」


「2度とくんなー」


 と、ひらひらと手を振って歩いていこうとする美月に、手を振り返す。


「ふふん、そういうところがツンデレなんだってば」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら満足そうに自分の席へと戻っていく美月を尻目に、俺は振っていた手を止め、愕然としていた。


 男のツンデレなんて一体誰に需要があるのか。


 ふとツンデレ全開状態の自身の姿を想像してみると、全身に鳥肌が立ち、卒倒しそうになった。


 大きく息を吐いて思考を全力でリセットした俺は、いつもよりも疲労感が濃いことに気付く。


 いつも以上にボケ倒してきた美月に、逐一突っ込みを入れていたためだろう。本当に、今日の美月はノリにノッていた。チャイムさえなければ、いつまでもボケ続けていたんじゃないだろうか。

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