第24話 経験しないと分からない1
「なあ若菜」
カチカチと、箸で焼き魚の身をほぐしながら、ふと頭に浮かんだ疑問を尋ねるべく呼び掛ける。
「はい」
俺の呼びかけに応えるように、若菜は箸を持っていた腕を下ろした。
「若菜ってさ、恋愛経験ある?」
「へえ!?」
若菜の色白の肌が、ほんのり朱色に染まった。
「ああいや悪い。こういうことあんま聞くべきじゃなかったな。忘れてくれ」
俺はそう言いながらコップを手に取り、お茶を口に含む。
「い、いえ、その、いきなりどうしたんですか?もしかして律さんと何かあったとか?」
「っ!……ゴホッ、ゴホッ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「いや、うん、大丈夫。座ってくれ。ケホッ、ケホッ」
驚愕だ。これがまさか女の勘というやつだろうか。
小さな咳を繰り返しながら、お茶を気管からかき出し、深呼吸をする。
「それで、律さんと何かあったのは本当みたいですね。しかも恋愛絡みで」
「いや!それは、あー、何というか……」
狼狽える俺の姿を、若菜はじっと見つめてくる。
何だか責められているような気がして、つい視線を泳がせてしまった。
何だろうこの感覚。以前にもあったような……。
「はぁ、まあいいです。それで律さんと何があったんですか?」
「……言わなきゃダメか?」
「駄目です」
即答だった。俺は大きく嘆息して思考をまとめ始める。
今日の昼、律に対して交際を申し込み、振られたこと。そしてその振られた理由と、その理由に対して何も否定ができなかったこと。
それらを全て、洗いざらい話していく。
「それじゃあ三澄さんは、律さんのことが好きだと思い込んでいたってことですか?」
「……それは、違う。俺は、最初から律に対する恋愛感情がないことが分かった上で付き合おうって言ったんだ」
「それじゃあ、遊びで付き合おうとしたってことですか?」
「それも違う。俺は誓ってそんなことはしない。付き合うことになってたら、律が幸せになれるように全力を尽くしてたよ」
「……なら、以前律さんにキスをされた時、三澄さんは答えは出せないって言ってましたけど、あれから答えは出たんですか?」
「ああ。そうじゃなきゃ付き合おうなんて言えないよ」
「……それで、どんな答えになったんですか?」
「俺は、律と付き合うことで、今までの関係が壊れることが怖かった。でもそれは俺の勝手な事情で、律が望んでいることじゃない。それに律の気持ちを放置したままではいずれ律に限界がきて、関係の維持が難しくなるかもしれない。だから律と付き合う方が最善だと判断した」
「理性ばかりなんですね」
ぽつり、と若菜が呟いた。
「なんていうか、すごく論理的というか合理的というか……。うん、やっぱりどう考えても、恋をしている人の考え方には思えませんね」
「……まあ、そうだろうな」
最近の律や、今まで周囲にいた人たちの恋愛をする様子から、俺の持つ感情とはどこか違うということは始めから感じていた。
「律さんは、三澄さんのそういうところを見抜いていたってことなんでしょうか」
「出来る限り隠そうとはしたつもりだったんだけどな」
そもそもボロを出すほどの数の言葉を交わしたわけではなかったはず。
「すごいですね、律さん。ほんと、どれだけ好きなんだか」
呆れるように薄く笑う若菜の言葉に、俺は照れながら苦笑いを浮かべる以外にどう反応すればいいか分からない。
そして次第に思案顔になっていく若菜の続く言葉を、俺はじっと待った。
「やっぱり三澄さん、人に恋をするところから始めた方がいいんじゃないですか?」
「え?いや、そうは言われてもなあ」
恋って、するって決めてできるものなのだろうか。
「でも、経験しておかないと、また律さんみたいな被害者を生みますよ?」
「うぐっ……」
一撃で、既に致命傷だった。
「もう既に律さん以外にも被害が出ているかもしれないですし、急がないとそのうち刺されますよ?」
「……はい、頑張ります」
「それじゃあ三澄さん、作戦会議をしましょう」
「おお、なんかいい方法でもあるのか?」
「いえ、そこまでは。高校2年にもなって一度も恋をしたことがない人に恋をさせるための方法なんて、そもそも確立されていないと思いますよ」
「いやいや、分からんぞ。最近じゃ20歳を超えても初恋すら未経験なんて人もいるらしいし、誰かが研究しててもおかしくないんじゃ?」
「……ごめんなさい、話を戻してもいいですか」
「あ、うん。悪い」
つい無駄に反論してしまった。今日の若菜は微妙に機嫌が悪いような気もするし、自重しなければ。
「まず、三澄さんはどんな女性が好みですか?」
「どんな?うーん……そもそも恋をしたことがないって人間に、女性の好みを聞くのか?」
「恋とまではいかなくても、この子可愛いな、くらいは感じたことはないんですか?」
「あー、それは普通にあるな」
「その人たちに共通する部分は?まずは見た目から」
「んー、そう言われてもなぁ。世間一般で可愛いって言われている人たちは大体みんな可愛いと思うしなぁ」
「見た目はあまり重要ではないってことですか?」
「いや、可愛い子かそうでない子かって聞かれたら、普通に可愛い子の方がいいって思う」
「なるほど。つまり可愛い子ならば手あたり次第と」
「言い方の悪意がすごい!?」
「ふふっ、冗談ですよ。それじゃあ今度は性格について」
ころころと笑う若菜。最近俺に対する弄りが増えたように感じるが、もしや段々と打ち解けてきたということだろうか。
非常に喜ばしいことではあるが、これ以上があるかもしれないと思うと諸手を挙げることはできない。
俺はそれ以後も、若菜の質問に1つ1つ答えていった。
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