第9話 新たな日常の始まり2

 学校までのいつもの道のりを、ひとまず真っ直ぐに進んで行く。


 このまま真っすぐ学校に向えば、おそらく1時間目の授業も半ばもあたりで教室に辿り着くだろう。


 しんと静まり返った教室内に響く教師の声。


 そんな中突然ドアを開いて足を踏み入れたが最後、教室内全員の視線の集中砲火に教師の説教までついてくる。


 俺にはなかなかにしんどい結果が待っていると思うと、足が急に重たくなるような気がする。


 若菜の思いを不意にするのは忍びないが、仕方がない。どこか時間を潰せる場所を探そう。


 俺は普段の通学路から少しずつ離れ、特に当てもなくぶらぶらと歩みを進めていく。


 天気は快晴。梅雨も半ばな今日この頃、この日差しは自ずと気分も上向きに変わる。


 こんな日には思いっきり身体を動かしてみたくなるものだが、生憎そこまでの時間も用意もない。


 今日は体育の授業はあっただろうか。そこまで考えて自身の過ちに気付く。


 今日の1時間目の授業、体育だった。


 自業自得。常日頃からの怠惰と、若菜を裏切ったことの報い。


 今俺が所属するクラスの教室内は真っ暗で誰もいない。こうして彷徨う必要もなくなったわけだ。


 俺は1つ息をつくと、学校への道へと方向転換する。


 ふと、カッカッと少し甲高いコンクリートを蹴る音が聞こえてきた。


 そうして俺の前方を勢いよく通り過ぎる人影。それは俺の存在に気付いてこちらに顔を向けた。


「おっ!三澄じゃん!こんなとごっ!」


 前方不注意。俺の名前を呼んだ彼女は、道路脇の電柱へ自身の顔の側面から突撃した。


「っ~~!」


 苦悶の声を上げながら蹲り、顔を抑える少女。俺はそんな彼女に何もなかったかのように歩いて近づき、見下ろす。


「おい、危なかったな。俺の方に顔を向けてなかったら、今頃お前こんな朝っぱらの往来で電柱との熱いキスをかますところだったぞ」


「こんな痛がってる女子目の前にして何その言い草!ちょっとは心配したらどうなの!?」


 涙目ながら鋭い非難の視線を向けてくる少女。


「それで美月、今日も随分と遅いな」


「スルー!?…というかそのセリフ完全にブーメランじゃんか!それに三澄こそ何してんの?ここいつも三澄が使ってる道じゃないでしょ?」


「散歩」


「…はーん、どうせ遅刻確定したからって時間潰そうとしてたんでしょ。ダメだよーそんなんじゃ。内申書にも響くかもよ?」


 呆れたような眼差しで、悪戯っぽい笑顔を浮かべる美月。


「それくらいなら別に問題ないし、そもそも遅刻常習犯の美月にだけは言われたくない」


「いやいや、私月2くらいしか遅刻してないし」


「十分多いわ」


「そう言う三澄だって…ってそうだ!今日1限体育だよ!?三澄走らなくていいの!?」


「あーどうすっかなー…」


「迷うくらいなら行くよ!」


「あ、お前っ、待て!引っ張るなって!」


 俺は美月にがしと腕を掴まれ、そのまま彼女の走りに合わせて俺自身も走ることを余儀なくされてしまう。


 その後結局俺は、学校まで彼女に腕を掴まれたまま走らされることになった。







 体育の授業に途中参加し、しかも2人同時にということで、周囲から少々勘繰られるような視線を受けて辟易しながらも、身体を動かしている間にその視線共々吹き飛び、非常に楽しい時間を過ごすことができた。


 美月の強引さも、偶には役に立つこともあるもんだなと、心の中だけで感謝をしておく。


 その後は退屈な授業が続き、欠伸を噛み殺しながら適当に板書を取りつつ時間が過ぎ去るのをひたすら待ち続けた。


 そうして昼休み。授業で溜めに溜めたストレスを吐き出すように教室中が騒がしくなる。


 俺は自分のリュックから若菜が作ってくれた弁当箱を取り出し、風呂敷を解いて蓋を開ける。


 艶を保ったままの白米に色とりどりのおかず。非常に食欲をそそるその光景に感動すら覚え、どれから箸を付けたものかと逡巡していると、


「え!?お弁当!?しかも手作り!?」


 そんな少々騒がしい声が、横の席から届いた。


「どういうこと!?もしかして美月が作ったの!?」


 彼女は俺に詰め寄ると、俺の机の上に置かれた弁当と俺とで視線を行ったり来たりさせる。


 少し困ったことになった。これを作ったのが、今俺の家に居候している吸血鬼と人間のハーフの少女なんだとは、口が裂けても言えない。


「…いや、自分で作った」


「絶対嘘でしょ!?」


 一瞬で看破される。そもそも俺が最低限の料理しか作れないことを知っている彼女に通じるはずもなかった。


「教えなさい。誰が、作ったの?」


 鋭い眼差しと共に、いやに誰がの部分を強調して詰め寄ってくる。彼女にとってそれほど重要な点なんだろうか。


「…黙秘で」


 どんな事実を捏造しようと彼女には見破られると悟った俺は、彼女から目を反らしてだんまりを決め込む。


「…そう」


 彼女は表情をなくしてそう小さく呟いたっきり、自分の席に戻って友人たちと談笑を始めてしまう。


 正直、訳が分からなかった。


 ここ最近は、会話どころか視線すら合わせないことが多かった彼女が、この弁当一つで向こうから話しかけてくるなんて。


 久しぶりに話せたことは素直に嬉しかったが、結局またいつも通りというわけか。関係修復のためには、やはり俺から何か働きかけを行う必要があるんだろう。


 しかし……。


 俺は目の前の弁当箱の中から卵焼きを一切れ箸で掴み、口に運んだ。


 美味しい。美味しいが、イマイチ味に集中できないことが、非常に残念でならない。


 その日、学校で彼女が話しかけてくることはなかった。

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