第5話 翌日3

 それから数時間後、家中にチャイムが鳴り響いた。

 

 インターホンの画面には予想通りのスーツ姿の人物が映っている。


 俺は急いで玄関へと向かい、扉を開けた。


「真島さん、今日は急にお呼び立てしてしまい申し訳ありません。どうぞお入りください」


「ああ」


 俺は真島さんを家に招き入れ、少女のいるリビングへと通す。そこには少女が緊張した面持ちで直立していた。


「……なるほど、確かに」


 真島は胸ポケットから一枚の写真を取り出して一瞥した後そう呟く。


「三澄君は、彼女をここに匿いたいと言っていたな」


「はい」


「確かに彼女をここに匿うのは、君だけの独断で決めていいことじゃない。だが彼女を、対吸血鬼特殊部隊第一班班長であるこの俺に見逃せと、そう言うのか?」


「はい。彼女のご両親は犯罪者なのかもしれませんが、彼女は巻き込まれたに過ぎません。一度、彼女の話を聞いてみてください」


 俺と真島の視線が少女に集まる。


「真島さんにも、さっき俺にしてくれたのと同じ話をしてくれないか?」


「は、はい」


 そうして少女は、俺に一度聞かせてくれた話と同じ内容のものを真島にも、所々詰まりながらも全て話した。


「……」


 少女の話を全て聞き終えた真島は、腕を組み思考を巡らせているようで。俺や少女もそれを邪魔しないよう黙ったまま、しばらく沈黙の時間が流れる。


「一つ確認したい」


 静寂を破る低く重たい声が響く。


「は、はい」


「君は今まで自分を人間だと思っていたと言ったが、今まで人間に対して吸血行為を行った経験は?」


「あ、ありません!」


 必死に首を横に振る少女。


「……三澄君」


「はい」


「結論から言って、彼女をこのまま黙ってここに匿わせるわけにはいかない」


「っ。……そう、ですか……」


「ただいくらか便宜を図ることはできるだろう」


「……便宜、とは?」


「彼女がこのまま警察の人間に平常通り捕らえられた場合、罪を犯した吸血鬼の子どもとして事情聴取を受けた後、その余生をとある施設内にて消費してもらうことになるだろう」


 吸血鬼専用収容所。この日本における吸血鬼に対する差別の象徴ともいえるものだが、俺たち一般人にとってはどこか遠い存在のような気がしていた。


 そもそもこの吸血鬼差別だが、国単位で考えれば至って当然の処遇と言ってもいい。普通の人たちにとっては明らかな人権侵害行為であるわけだが、それがなぜまかり通っているといえば、吸血鬼が今から五、六十年前、人類にとっての敵となったからであった。


 今を生きる学生たち、おそらくあの少女にも、まず始めに教えられること。それが第二次世界大戦後に勃発した、吸血鬼と人間の戦争だった。


 この戦争に敗北した吸血鬼たちは以来、人間による厳格な管理のもと、粛々と生活を続けている。


 この管理の一環が、この収容所の存在なのだ。


 尚も真島の話は続く。


「だが、吸血行為を行っていないのであれば、彼女は吸血鬼本来の力を全く行使できない。つまりあらゆる身体機能は普通の人間以下のものとなる。そうであれば多少の監視は必要だろうが、特に危険視することもないだろう。そしてその監視はおそらくお前に任せることになる」


「つまり、ここに住まわせること前提であれば、彼女の自由はある程度確保されると?」


「しばらくは警察の方で預かることにはなるだろうがな」


「……そうですか」


 ほっと胸を撫で下ろし、やっぱりこの人に相談してよかったと思う反面、少し気になることが新たにできた。


「でも、真島さん。そんなことして大丈夫なんですか? 問題になるんじゃ……」


「いや、特に問題はない。施設にだって収容限界があるからな。誰彼構わず収容所送りにしていては、本当に必要な時に必要な対処ができない」


「そうですか……」


 真島の言葉で、俺の懸念事項は一旦解消される。


「さて、話は君も聞いていたな?これから署にて、話を聞かせてもらうことになる。ついて来てくれ」


「……はい、わかりました」


 踵を返し、リビングから出ていく真島と、それに続く少女。俺も彼女らの後について玄関へと向かう。


 少女は自身がまだ洗ったばかりで湿っているローファーを履こうとしたところで、その動きを止め、自身の身体を見回すような素振りを見せた。


「そうだ、この服……」


「あー、お前の服まだ乾いてないし、不快じゃないなら着てってもらっていいんだけど…」


 窺うように俺に視線を向けてくる少女に対し、俺はそう返事を返す。


「……なら、着て行こうかな……」


 僅かに柔らかな表情を浮かべる少女。彼女と過ごしたこの二日間では一度も見られなかった表情に俺は気を取られ、そうか、と短く返すことしかできない。


 少女はその後靴をしっかりと履き、玄関の扉から出て、真島の車に向かう。


「ああそうだ、名前。お前の名前、まだ聞いてなかったよな。教えてくれないか」


 俺は少女の後を早足で追いかけて、隣に並びそう尋ねる。


「陽ノ本若菜ひのもとわかな、です。あなたは?」


「俺は佐竹三澄さたけみすみだ」


「佐竹、三澄さん……」


 噛み締めるように俺の名前を呟く若菜。


 俺は一早く、真島の車の扉から少し離れた位置で停止する。それにつられたのか、若菜は車のすぐ手前で俺の方へ振り向いた。


「またな」


「……はい、また」


 再開を願う言葉と共に、緊張と怯えを滲ませながらも、彼女の見せてくれた初めての笑顔。


 これから彼女は見知らぬ大人たちに囲まれ、取り調べや身体検査を受けることになるのだろう。仕方ないこととはいえ、随分と酷な話だ。


それでも笑顔を見せてくれた少女の姿が、俺の目にはとても綺麗に映った。

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