第4話 翌日2

「そろそろ話してくれる気にはならないか?」

 

 少女が落ち着くのを見計らい、俺はそう切り出す。


 一介の高校生という身分、自己の行動の全てを自己責任として済ますことのできない立場にある俺には、警察に捜索されているような者を、その事情も訊かずにこの家に置き続けることはできなかった。


 もしそれが、自らを危険に晒すことになり得るとしても。


「……わかりました。全てお話しします」


 鼻を啜りながらも、ようやく話してくれる気になったらしい少女。


「私は、吸血鬼と人間のハーフなんです」


 そうして、少女の話は始まった。




 私は吸血鬼と人間のハーフなんです。


 物的証拠は持ち合わせていませんが、おそらくは事実でしょう。


 私は純粋な人間として、今まで育てられてきました。他の人より少し体の弱い、普通の人間の女の子として。


 でもある日、私は父が吸血鬼であることを知りました。


 父の不明瞭だった仕事内容について、ついその好奇心に従って父の後を尾行した私は、とある施設内にて開かれていた集会に忍び込むことに成功し、そこで理解しました。


 この集会に参加している者たちは、みんな吸血鬼であると。


 そんな吸血鬼たちの中心に立っていたのが父でした。


 父は人間たちとの共存を望む者たちの集団を率い、人間たちに敵対する吸血鬼たちが、その行動を止めさせるために活動を続けているみたいでした。


 人間たちに危害を加える吸血鬼がいなくなれば、必ず今現在吸血鬼たちを苦しめる様々な制度が緩和されるはずだと信じて。


 そして、極めつけだったのが、父が母に対して吸血行為を行っている姿を目撃してしまったことです。


 吸血鬼は同族の血を吸ったところで意味はなく、純粋な人間の血を吸わなければいけません。


 それは父が吸血鬼。母は人間であるという証明でした。


 衝撃の事実に混乱し続けていた私を襲ったのが今回の出来事です。


 襲撃者たちは、おそらく警察の方々、それも対吸血鬼特殊部隊の人たちだと私は考えています。


 自身の娘や自らについての身分詐称。


 国や自治体の許可を得ないままの出産。


 吸血鬼による集会開催の扇動。


 その他にも両親は様々な犯罪行為を行っていたでしょうから。




「私が知っていることは以上です」


 そう言うと少女はテーブルの上に置かれたコップを手に取り、その中の緑茶をゴクゴクと飲み干した。


 自分自身が人間ではないということ。両親が自分の知らないところで犯罪に手を染めていたこと。そんなことを知った彼女の心象を窺い知ることは俺にはできない。そして、今はそれを尋ねることもしてはいけない。


 だから俺はひとまず自分の現状について整理し、行動選択を行おう。


 今の俺は犯罪者の子ども、それも吸血鬼の血が混じった女の子を匿うただの学生。俺にとって一番の問題はおそらくこれだ。


 彼女をこの家から今すぐ追い出してしまえば、この件は簡単に片が付く。


 しかし本当にそれでいいのだろうか。


 だが俺ごときに一体何ができるのだろうか。


 俺の決断次第では、一人を救うためにたくさんの人が犠牲になる恐れがある。


「悪い、少し電話をしてもいいか?」


 俺はポケットからスマホを取り出しつつ、少女に確認をとる。


「っ!……はい、どうぞ」


 一瞬驚いた表情を見せた少女だったが、覚悟を決めたように頷く。


 俺はスマホの電話帳機能からとある人の電話番号を探し、その番号に着信をかけた。


 数回のコール音の後、もしもしと目的の人の声で反応が返ってくる。


『もしもし』


「もしもし、ご無沙汰してます、三澄です。今お時間よろしいでしょうか」


『大丈夫だ。どうした?』


「少しご相談がありまして。真島さん、うちの近所で起こった事件についてご存じですよね?もう既にニュースにもなっていますし」


『ああ、知っている。それがどうかしたのか?』


「今も捜索に入った家の娘が行方不明だとか。それでですね、とある女の子をうちで、少なくともしばらくは匿いたいと言ったらどうします?」


『何?……少し待ってくれ。今そっちに向かう』


「わかりました」


 通話が切られる。俺はスマホをスリープ状態にしてポケットにしまった。


「あの……匿うってどういうことですか?」


 横から少女に問いを投げかけられる。


「言葉の通りだよ。俺はお前をしばらくこの家で匿うつもりでいる。ただ、俺だけの意思では判断を下せない。だから今電話をしたんだ。……ああ、まぁお前が本気で出ていきたいっていうのであれば別だけど」


「いや、それは……」


「まぁ覚悟が決まってないようなら、しばらくここにいればいいんじゃないか?まぁ真島さん、俺の後見人になってくれてる方なんだけど、その人次第なんだけどな」


「後見人……ですか?」


「ああ。俺、両親二人とももういないんだ。だから代わりに色々世話になってる」


「っ、そう、だったんですか……。あの、ごめんなさい」


「いや、別に気にしなくていい。もう済んだことだ」


「……はい」


 両親が既に他界していること。少なくとも彼女には気にしているような素振りを見せていないはずだが、どうも気になるらしい。


 まぁ状況が状況だけに、自分に置き換えて考えているのかもしれない。そう勝手に結論付け、俺はそれ以上この件に言及するのを止めた。

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