第一章 出会いと変化
第1話 出会い1
「こんなとこで何してんだ?」
朝の登校時。いつも通りかかる小さな公園へ、まるで何かに引き寄せられるように足を踏み入れた俺は、ベンチの上で膝を抱えて丸くなっていた少女を傘の中に入れてやる。
「っ!」
身体を大きく跳ね上げた少女は、慌てて後退った結果ベンチから転げ落ちてしまった。
そして、真っ白な衣服や黒い長髪が泥に塗れることもお構いなしに、四つん這いのまま必死に俺から距離を取る。その表情は恐怖に染まっていて、目も心なしか赤い。
……えぇ、俺、そんなに怖がらせるようなことした?
一度、周囲を見回してみるも、この公園内には俺とあの少女以外誰もいない。
やっぱり俺を怖がっているらしい。俺が見知らぬ男であるとはいえ、少しビビり過ぎな気がする。
困り果てた俺は、彼女が先程まで座っていたベンチの背もたれの部分に開いたままの傘を立て掛け、その場から距離をとって、少女の反応を窺うことにした。
あっという間に真っ白なカッターシャツやズボン、バッグが雨水を吸い、全身がぐっしょりと重くなっていく。
不意に一陣の風が吹いた。うお、結構寒い。六月とはいえ、ここまで濡れると流石にか。
髪の毛から滴り落ちる水滴を拭いながら、怯えたまま傘と俺自身とに視線を行ったり来たりさせている少女を待ち続ける。
俺の様子を伺いながらも、恐る恐る傘を手に取る少女は、手に持った傘を警戒するように周りを観察した後、ゆっくりと傘を持ち上げた。
なんかアンバランスだな。男物じゃ、彼女には大きすぎる。
「なぁ、少し話をさせてくれないか。もちろん俺はここから動かない」
俺の呼びかけにピクリと身体を跳ねさせる少女だったが、ゆっくりと顔を縦に振った。
「どうしてここに?」
「……て……」
俺の質問に少し間を開けて答えた少女の声は、雨によってほとんどがかき消され、よく判別できない。
「ごめん、ちょっと待っててくれるか」
俺は少女に手振りを交えながらその場に待機してくれるよう頼む。
再び首を縦に振る少女。それを確認した俺は、公園の出入り口付近に設置された自動販売機へと向かい、小さめのホットミルクティーを二本購入してから公園の中に戻る。
少女へ、探るように一歩ずつゆっくりと近寄ってみたが、先程俺が立っていた位置を越えるとダメらしく、仕方なしにその位置で停止した。
大体十メートル弱。ここから投げて渡すのは、ちょっとよろしくない。どうしたもんかな。
「なぁ、俺はこれを渡したいだけなんだ。ベンチのところまで近づくけど、心配しないで」
返事は返ってこない。それでも俺は一歩踏み出した。
すかさず俺から離れるよう一歩後退る少女。
そんなやり取りをゆっくりと繰り返すこと数分。ようやくベンチに手が届くところまで辿り着いた俺は、その上にペットボトルを置くと、足早に再び離れる。
少女は、雨に打たれるペットボトルを警戒するように眺めていた。
俺はそんな彼女を尻目に、自分の分のホットミルクティーのキャップを捻り、傾けてその中身を一口ふくむ。
まだそこそこ温かい。これなら大丈夫そうか?
横目で少女の様子を確認する。少しずつベンチに近づいていく少女の姿が見えた。
そうしてようやくペットボトルを手に取った少女。傘を肩と脇に引っ掛けるようにしながら両手でボトルを覆うと、その顔の強張りがほんの少しだけとれたように見える。
そしてキャップを捻り、恐る恐るほんの一口啜った。
その後もミルクティーを一口ずつ、噛み締めるようにして飲んでいく少女を横目に、これからについて考えを巡らせる。
他に、俺にできることはなんだろうか。すべきことはなんだろうか。
今のところ対話は望めない。なぜか、見当もつかないほどの心理的な距離が俺と彼女との間にはある。
ならそれを縮めるために、俺は——
ドシャリ、という音が耳に届き、思考が打ち切られる。
「え? ……おい、大丈夫か!」
少女が倒れていた。手に持っていたはずのペットボトルや傘を投げ出して。
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