第五話 天才の奴隷

「おい、そこの黒い変な服を着た兄ちゃん! いい奴隷が入ってるぜ!」


 俺がテントの中をのぞくと大きなイノシシの形をした獣人が、俺に声をかけた。

 テントの中には無数の檻が置かれ、中には奴隷らしき様々な種族が閉じ込められている。店主はいい奴隷が入っていると言っているものの、全ての奴隷が檻の隅に俯いて座っている。お世辞にも、威勢のよさは感じられない。


「先ほど叫び声が聞こえたが、あれはなんだ?」


「……ああ、それはそれは大変失礼。最近入った奴隷がまだしっかり調教できてなくてなあ、いくら鞭で叩いてもいうことを聞かねえんだ。ったく、ご近所に迷惑をかけちまった。ほら、あいつですよ、あいつ」


 俺は店主が指す檻を確認する。


「君は……!」


 低身長で金色の髪をした碧眼の女の子。

 顔立ちも、身長も、全体の容姿が全て前世の俺の妹にそっくりだった。細長い耳から察するに、どうやらエルフのようだ。


「店主、あのエルフの奴隷を知っているのか?」


「……いや、他人の空見だ。疲れすぎて知り合いを奴隷だと勘違いしてしまったようだ」


 当たり前だがここに妹がいるわけがないし、ましては俺の妹は人間だ。

 論理的に考えて、ありえない。


「それはそれは、疲れているからこそ、この歓楽街を楽しむべきだ!! または、この檻の中から好みの女性を買って一晩中なぶり散らかすのはどうだ? 下手したら売春宿に通い詰めるより安くなるかもしれないぜ? 一人で足りないのであれば、二人でも、三人でもいくらでも用意してやる!! がーはっはっは!!」


 威勢の良い獣人だ。


「確かに買い切りで使い放題というのは極めて合理的だな」


「そうだろう!! お兄さん、見た感じ異国の人だな? そんな黒い服装みたことねえぜ! シュテールに来たお土産にさ、シュテールの奴隷はいいんじゃないか?」


 俺は檻の中を見ながら、間を抜けていく。

 性別だけではなく、種別も色々揃っており、奴隷商としては商品が充実していると感じる。

 もちろん競合の比較がいないため、あくまでも『なんとなく』だが。


「……で、この奴隷たちはいくらぐらいなんだ」


「お、ようやく買う気になったか」


「値段次第だ、高かったら買わないに決まっている」


「まあまあ、お兄さん。まあそういわずにさ? 安くしておくからよ!! ……とはいえ、基本的に奴隷は種族や性別、年齢によって総合的に値段がつけられるから一律の価格はねえんだ」


 店主は檻を指さしながら、檻の中にいる奴隷の価格をあげていく。


「あのリザードマンはまだ若くて力もあるから中金貨5枚。あそこのウェアウルフは力はあるが年はそこそこ行ってるから中金貨1枚。あとあそこの女のヴァンパイアは若くてそこそこ容姿もよいから性処理用として中金貨3枚ってところだな」


「なるほど」


「もちろん複数人買えばその分安くするぜ! お兄さん、まだ若いだろ? 一人相手じゃ処理しきれないじゃないか? んん? んんんんんん!?」


「性奴隷なぞいらん。……性処理なぞ、一人でやったほうが効率的だ。因みにあのエルフはいくらなんだ」


 俺はこのテントに足を運ぶきっかけとなった叫び声の元凶のエルフを指さす。

 檻の片隅にいるが、他の奴隷とは違い、店主をこれでもかというほど睨みつけている。


「こいつか……。いやーこのエルフ、言うこと聞かなくて超困ってるんでね、あいつ買うなら安くするぜ」


「……ほう、不良品を俺に押し付けようってことか? 商人があきれたもんだな」


「い、いや、そんなことはない!! え、エルフはただでさえ寿命が長くて魔力値が高い!! リザードマンや巨人族に比べたら力はあまりないかもしれないが、一生こき使うことが出来るってこった! 悪くないと思うよ! あ、あと……」


 店主は俺の耳元でつぶやく。


「このエルフさ、チビだけど、結構かわいいだろう? 今晩の相手にいいと思うよ!! ロリプレイも、たまにはいいんじゃないか? んん? んんんんんん!?」


「はあ……。だから……、性奴隷なぞいらないと言っているだろう……」


 俺は檻に近づき、エルフに声をかける。


「おい、君の名前を聞こう」


「め、メルル……です」


 檻の隅で体育すわりをしながら、緊張した面持ちで俺を見つめる。

 刺々しい眼差しは奴隷商へ向けたもののようで、俺に対しては多少、ほんの多少柔らかくなったように感じた。


「俺が仮に君を買うとする。君は外に出られるが、俺の奴隷になる。……ただ、役立たずの奴隷は足でまといになるだけだ。俺もそんなやつに飯を食わせようとは思っていない。世の中は等価交換だ。君は何ができる?」


 メルルは涙を浮かべる。


「……何も、出来ません……」


「おい、エルフ!! そこは自分を売り込むところだろうが!!!」


「店主、ちょっと黙ってくれないか」


「お、おう……」


 客の前で内部の争いを見せるのは三流だ。客にとって店主と奴隷の仲が悪いなんてどうでもよい話だ。

 相当奴隷商として経験を積んできたのだろう、このエルフ以外の奴隷はしっかりこの奴隷商に調教され、大人しく檻の中で客を待っている。


 俺はエルフと目線を合わせるにしゃがむ。


「お前は外に出たいか?」


「……」


 メルルはうつむいたまま、少し黙り込む。


「君は出たいのか、出たくないのか。はっきりしろ。時間の無駄だ」


「……出たいです!!」


 メルルは檻の柵をつかむと、俺の顔をじっと見ながら訴えかける。

 頬は涙でぬれ、目は赤く充血していた。


「な、なんでもします! 外に出られるの出れば、どんなことでもします!! どんな労働でも、どんなスケベなことでも耐えて見せます!!」 


「……なるほど。お前は多少なりとも店主の影響を受けているのかもしれないが、俺はスケベなことはするつもりはないからな」


 安値で一生エルフを従えられるのであれば、悪くないディールだ。

 奴隷とされている立場からすれば非人道的で悪しき風習かもしれないが、奴隷を使っている立場からすれば使わない理由はない。


「店主。で、このエルフはいくらなんだ」


「お、やっぱりエルフがいい感じか。安くしてやるよ。中金貨1枚でどうだ」


「いや、高い。こっちはお前が調教できなかった不良品をもらってやってるんだ。仮に言うこと聞かなくて早々に処分する羽目になったらお前は保証してくれるのか? それでもいいのであれば返品交換ありで契約書を書け。それであれば中金貨1枚だ」


「い、いや、その……」


 店主のリアクションからするに、このエルフは相当言うことを聞かなかったのだろう。返品されても困る品物については返品交換ありは逆にリスクなのだ。不良品であっても在庫がある以上、維持するためにコストをかけなければならない。店主としてはこの奴隷に飯を食わせてやるよりも、安値でもいいからさっさと売り払って処分したいという気持ちだろう。


「なら、俺のディールはこうだ」


 俺は商談の席に置いてあった紙とペンをとり、俺が考える契約の内容を書いていく。


「返品交換なしで小金貨5枚。このエルフが俺の言うことを聞かなくても俺はあんたに関する変な噂は流さないし、もちろんあんたに代金を返してくれなどとも言わない。ここで小金貨5枚を払ったらそこで終了だ。あんたは何も保証する必要はない」


「な、なるほど……、しかし小金貨5枚は安すぎる……! せ、せめて小金貨8枚で!!」


「いや、小金貨5枚だ。不良品をもらってやると言っているのだ、このままあんたの店においても飯代がかかるだけでさっさと売り払いたいのだろう? ここは俺の言うことに乗れ。俺の頭の中で軽く計算したが、金貨5枚であれば、あんたも特はしないが損はしないディールのはずだ」


「ま、参ったな……」


 店主は頭を掻きながら、額に汗を浮かべている。

 俺が作った契約書の内容を見てため息をつく。


「ふう、お兄さんには負けた。いいぜ、その内容で取引しよう」


「商談成立だな」

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