図書館の上げ上げ蓋

韮崎旭

図書館の上げ蓋

 図書館には上げ蓋がある。大抵の図書館に。それも年代物の、毀損した心性の名残のような心もとなく不本意な上げ蓋がいくつもある。電源に関連した変圧器を加盟するような冬期の人工的な心配を郡に閉じ込めているような上げ蓋がいくらでもある。近所の図書館に向かうとよい。上げ蓋はいつも沈黙から外に出ようとはしないが、其れは特に上げ蓋一般に共通する性質というわけではない、その上げ蓋によるかというとそういうこともなく、路面図を眺めている人間どもをじっと息を殺してみているのは実質鉛のようによどんだ年季の入った気象の穏やかな疲労の蓄積からくるものかは定かではない。気味が上げ蓋のことに関心があるのであれば、貸し会議室に行くとよいのではないかとあるものはいい、またあるものは木造駅舎、あるものは棺桶だというがそのどれもが的はずれで、多少ともは実態に随っているといえる。現実的に関心事を持つことは、もしくはそれを積極的に行う意志を持つことは、上げ蓋の存在の方式に似ているという説もあるが、どちらかと言えば控えめな羊の剥製に(伏し目がちである)に似ていると言った方が僕にはおさまりが良いように思える。構内図を張り出した場所に分かたれた植物たちの博物誌をそしてしょくだいおおこんにゃくを、ばんれいしを、イグアナの頭部と現地語で言い習わされる機会均等法の形状の外殻をもつあふりかかまあしはいくらげを、観ることになるに違いないがいずれもすでに鍋の中で消耗戦の様態が観察されるだろう。駅で見本を定めたいのなら、狭小な肺病を患う霧雨も少しは訛りの濃度を濃くして立会人になってくれるに違いない。だとしても大いに疑問は残る、そう思うだろう、さだめし皮相な、唯脳論のありかに近づいてばらまかれかき回された並列する軽薄な侮蔑のもん君落書きのような……。切り分けるチョコレートケーキの遺書を逐一読まないように、人間らしさはいつでも人間から最も遠いところにいるために、君は常態を持たないナメクジの並列的な詩文をみつけることがいっだってできない。だから、ソビエトに関する書架を眺めている間に午後はあからさまに、軽佻に暮れてゆく、まるで趣味の悪いこれ見よがしなどぎつい薬理の調べだ。現代文の抽出物からきわめて陰気な、陰湿な、悄然とした、気落ちした、ヤマカガシのような利き耳だけがそこになべて苦痛を訴える困惑を足して引いて投げ出したい衝動はもうおさまらないのかと尋ねながら。破たんと腐敗と因習と荒廃をかけ合わせた改良種E[-1983ahfoaw-00086]が静かに悲しみさえのぞかせるような貞淑な瞳でこちらを見ている、あるいは貞淑なのは視線の在り方であってその改良種事態は貞淑さとは無縁ではあるけれども。河川敷で拾ってきたタナゴの干上がった私信を煮込んで湯をわかすのがわかる。「前日比とよばれる回廊」の鮮やかな、亜熱帯の照葉樹林を確かめるのであれば、照葉樹林の眩しいはっきりとしたあるいは苛酷なコントラストに視野を曝さないわけにはならないだろう。この常軌においてある種のビタミンの欠乏は深刻な合併症を引き起こす蓋然性を有意に高める。なべ底に焦げ付いてやまない磁性のように。恋うなら、窓辺の瞼を下ろせと膾は述べる。なんの信憑性もないのに、図書館には上げ蓋があるだろう。心情を書き記した女生徒を軽蔑するような高慢さを抱えながら、承諾の意思だけでなく、そのほかの、可算、或は不可算のものども、現象、強迫、狂気、正視に堪えない陰惨などを抱え込んでいる。君が見かけることのできる上げ蓋の種類は限られている。君が掲げられる思想のそぶりが限度を持つように、人らしくあるなら人でいてはならない、死人のように、石造であるかのように、あるいは希ガスのように、湛えるべきの静謐さを持ち合わせているか? 夜のさきでくすんだ煤煙の嗚咽に沈んだ眼球の高尚さを定められるか、確認を指さしをして行うか。図書館には上げ蓋がある。それはしばしば非常に目立たない形でそこに調和しているので見つけるのには苦心することが頻繁にあるが、しかし慣れてくると上げ蓋の性格まで想像して楽しんだところで上げ蓋には性格なんてものはない。お前は無生物に何を期待しているのかさっぱりわからない。何を期待しているんだ。昨日からろくなもの食ってないから人間をたばこと言って破砕した。人間の脊椎を破断した。人間を挽き肉にする手間を惜しまないつつましい勤勉さは美徳。人間の血で人間の血をかき混ぜた。人間の眼球を砂糖漬けにした、間違えた酢漬け。きゅうりとともに、漬けるときに、つまようじなどで眼球に穴をたくさんあけると味がしみこみやすくなるのでよい。脈絡膜の明るい色調はいつだって食卓に陽気さを与えてくれる。確かに人間は大変な時期だが、間違えなければ調理法はいつだって慎重で、そうして従順であること、其れこそが肝要なのだと教えてくれるだろう、我々に。だから、苦難は人間をただ肉に、ひたすら肉に、其れから肉に、飽きもせずに肉に、空から黒いインクのような墓石を眺めるコンドルのように、変わらず肉を求めてやまない。そうだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

図書館の上げ上げ蓋 韮崎旭 @nakaimaizumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ