人殺し
第1話
「……ねえ、アッシャ」
「なんだい、シャハル」
「いい加減、こいつに他の料理を教えてよ!!」
テーブルを強くたたき、シャハルと呼ばれた少女は、向かい側に座っているアルマンを指してそう声を荒げた。そんな少女に、アッシャと呼ばれた少年は顔色一つ変えず、黙々とテーブルに置かれた、オムレツを口にする。
「毎日、三食全部オムレツって!! 買ってから2年間、オムレツ意外覚えないってどういうこと?! アッシャ、嫌になんないの?!」
「別に。ニグムのオムレツは美味いし。だいたいハル、お前オムレツ好きだろ」
アッシャの言葉に、シャハルはテーブルに置かれたオムレツに目を向ける。オムレツは綺麗な黄色をしていて、真ん中には『シャハル』と少女の名前が綺麗な赤色のケチャップで書かれている。そんなオムレツを見て、シャハルは喉を鳴らした。
「……こ、こんな奴が作ったやつ、食べれるわけないじゃん!! 私、いらない!!」
シャハルはそう言って、部屋を出て行った。そんなシャハルの背中を、ニグムと呼ばれたアルマンは真っすぐ見つめる。
「気にするなニグム。あいつ、ああは言ってるけど、お前のオムレツめちゃくちゃ食いたがってる。これからもオムレツ、作ってやってくれ」
「……あー」
そう一言、低く返すニグムに、アッシャはニッと笑って「サンキュ」と返した。
*
「おーい、ハルー」
アッシャはコンコンと、『シャハル』と書かれたプレートが張ってある、ドアを叩く。
返事は返ってくることはない。そんな慣れた事に、アッシャは苦笑いをこぼし、扉を開けた。ベッドとテーブルだけの、見慣れたシンプルの部屋に、シャハルはベッドの上でいつものように踞っていた。
「ハル、風呂沸いたぜ」
「……」
「飯、食わないと倒れるぞ」
「あいつが来て一年経つけど、よく平気だよねアッシャ」
少し涙声に、アッシャは扉を閉め、シャハルの隣へと座る。
「あいつ、汚いしブサイク」
「しょうがないだろ。十一年も前のアルマンだ」
「加えて何言ってるかわかんないし、笑わないし。……気持ち悪いよ」
「そうか? こっちが聞けば、答えてくれる」
「『あー』って? そんなの会話になってない!!」
「……ハル、アルマンは人間が造った人間だ。人間が造るものには、限度がある。それに、中古屋のおじさんも言ってたろ。ニグムは、そういう機能が弱いだけで、そのうちある程度は喋れるようになるって」
「一年経ってやっと『あー』よ?! 今のアルマンは、笑うし会話もできる!! 人間の技術は進歩してるのよ!! やっぱりお金を貯めて、良いアルマンを買えば良かったのよ!! 私、あんなのが家族なんて、絶対嫌!!」
「……お前は優しいな、ハル」
その言葉に、シャハルは勢い良く立ち上がった。
「どこがよ!! 私、最近アッシャの言ってる事、わかんないよ……っ!! アッシャも、あの変なアルマンみたいになっちゃったの……っ?!」
「どんなにニグムの悪口を言っても、お前はあいつを人間だと思おうとしてるんだろ? 優しいよ」
「……バカっ!!」
シャハルは、そう声を荒げて、ドアを勢い良く閉めて部屋をでた。部屋をでると、ちょうどドアの前にニグムが黄色の月のマークがあるマグカップをもって、立っていた。
「……何よ、それ」
「……あー……」
「アッシャに? アッシャなら私の部屋にいるよ。私、お風呂行くから」
「……」
「それと、それ私のマグカップ。アッシャのは太陽のマークのやつだから。間違えないでよね」
シャハルはそう言って、階段を降りていった。すると、シャハルの部屋のドアがゆっくりと開き、アッシャは苦笑いをこぼす。
「ニグム、それは俺にか?」
「……あー」
「お前がマグカップなんて間違えるわけないのにな」
そう笑いながら、アッシャはシャハルの部屋の机へと視線を移す。机には、写真が飾られており、その写真には、小さい頃のシャハルとアッシャ、そしてその後ろには二人の両親が笑って立っていた。母の方は、アッシャと同じ茶髪で、父の方はシャハルと同じ金色の髪。
「……ニグム、それ一口もらってもいいか?」
「……あー」
ニグムは、ゆっくりと、マグカップをアッシャの方へともっていく。アッシャは「サンキュ」とニグムからマグカップを受け取った。
「お、ハルの好きな蜂蜜入りのミルクか。わかってんじゃん」
「……あー」
「ははっ、照れてるのか? お前は、ハルが好きなんだな」
「あー」
「そうかそうか! ハルもさ、お前のこと嫌いじゃないんだよ。あいつはもんのすごいわがまま娘だよ。だけど、本当は優しいやつだからさ、人をそう簡単に嫌いになったりしない」
「あー」
「明日は森に行く。ニグムもゆっくり休んどけ」
アッシャはそうニッと笑って、ニグムのしっかりとした肩をポンと叩いて、シャハルの部屋の隣の部屋へと入った。そんなアッシャの背中をニグムは見つめ、先ほどアッシャが触れた自分の肩にそっと触れた。
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