共犯者に対して取り調べをしています

 神界には、前世の記憶を塞ぐ仕事がある。実のところ、記憶を丸々と消すわけにはいかないのだ。というのも、そうしてしまえば輪廻転生というものはほとんど旨みと効力を失ってしまうからである。過去に何をしてきたかという事実をまるっと消すのではなく、本人に見えないように――まるで修正テープを使うように、記憶の上から塞ぐのだ。シダキ様のような高位の神でなければ透かして見えない、封印が施されているというわけである。

 さて、修正テープという例を出したのは、僕が人間だった頃にそれを使った記憶があるからで、その記憶を持っていることが問題なのであり、まさに修正テープと表現した理由なのだ。以前の僕はかなりの不器用だったようで、修正テープがよく途切れてしまった。テープ自体が薄く破れやすいので、テープを引き終わったときに綺麗に紙から剥がさないと、ちぎれたトイレットペーパーさながら、斜めに切れることがある。そして、真っ直ぐ切れていないまま次に使うことになるので、最初の文字が完全には隠れないで少し見えているということがしばしば起こった。

 そして、神界における「転生を控えた精神体に対する記憶シール作業」にも、同様のことが起こりうるのだ。前世の記憶――歴史書のようなものに、ひたすら白い膜を被せるわけである。僕とツバキバラ様が以前従事していた「交通安全教室」は不慮の事故で死を迎えた蚊に対して開かれたものであるが、そこと同じ系列に、先の「記憶シール部隊」が存在する。僕たちのかつての仕事は、「蚊としての生涯を満足にこなす前に死んでしまった者」を対象としたもので、その教訓を残したまま再度蚊としてやり直させるので、ある意味では「輪廻転生課」とでもいうべき部署の仕事のひとつだった。そしてそこの花形のひとつが、記憶シールである。とはいえ、実態はかなり大雑把で、僕のように「塞ぎこぼし」がよく起こる。シールがうまく切れず、部分的に塞ぐことができないまま転生が行われるのだ。

 そして今回の「オオクラ毒殺事件」は、この「よくある事故」が引き起こしたともいえるのであった。


 まるで、大きなタマゴを神様と見立てて崇拝しているかのような、異様な空間。それほどまでに、オオクラ様だった赤い物体は、異様な威圧感を放っていた。

 僕とシダキ様が故意にオオクラ様を毒殺したこの場所にマモネさんを連れてくると、彼女はそのタマゴに驚くことはなく、ただじっと、ややむすっとした様子で睨んだ。怒りのような、冷たくさえ感じる、鋭い熱。なるほど、たしかに彼女はオオクラ様を知っていて、何かしらの恨みを持っており、毒殺に加担したのかもしれない。

 では、それはどうして?

「ここで気絶している、女の子に見覚えはありますか?」

 僕の質問にハッとして、彼女は僕の手の差す地面を見る。まだ、竜の面の女の子は眠っていた。まるで死んでいるかのように静かだ。……死んでないよな? 僕、やっちゃってないですよね、シダキ様?

 マモネさんは地面に倒れる彼女を見ると、両手で口を覆って膝から崩れ落ちた。

「気絶しているだけだよ」

 シダキ様がやさしく、しかし鋭く強調すると、マモネさんはびくりとして、彼に小さくお辞儀をする。そして、着物の裾に触れて上品に座ると、女の子を見下ろした。彼女たちは、やはり知り合いのようである。そうでなければ、共犯などありえない。いったいどこに、会ったこともない共犯者などがいるものか。

 ツバキバラ様の姿が見えないので、きょろりとあたりを見回すと、いつの間にか彼はオオクラ様の亡骸に近づいて、ペタペタとそのタマゴの殻を触っていた。ときおり、拳をぶつけてみては、むしろ己の拳の方が砕けたかのように痛がっている。何をしているんだ、あの人は。自分の上司が死んだというのに。

 まあ、そもそも上司だとは思っていなかったのだろうし、実際にトドメを刺したのは、僕たちなわけだけど。それにしたって、もう少し興味を持ってもいいんじゃないだろうか。身近に計画された事件が起これば、どうしてそんなことが起きたのかと、推理したくなるものだと思うのだが。まあ、きっと「面倒くさい」からなのだろう。

 僕は視線を、マモネさんに戻す。尖った耳がいやに艶っぽいが、僕は邪念を振り払って、彼女に改めて質問する。

「この娘とマモネさんは、いったいどういうご関係ですか?」

 女の子の指が、一度だけぴくりと動いた。もう少しで、目を覚ますかもしれない。その前に、マモネさんからの聴取を済ませておかないと。

 マモネさんは、もう一度指が動いて彼女が起きるのを待つようにしばらく

黙っていたが、再び動く気配がないのを見ると、静かに僕の質問に答えた。

「この娘は、私の妹です。いえ、正確には――妹だったようです」


「私は、気づいたらこの世界に生まれていました。どういうわけか今のこの姿のまま生まれたようで、それ以降特に歳を取ることはありません。けど、それはこの神界では当たり前のことだったようですね。自分の、一番輝かしかった頃の姿で生活をするということは、よくあることらしく、どういうわけか少し前世の記憶を持っているお客様がちらほらいて、よくお話を聞かせていただきました。そうであるならば、私のこの姿は、私が一番幸せに暮らしていた頃のものだと、容易に推測することができました。

 そしておそらく、ここからがみなさまの関心事だと思うのですが、私にはしっかりと、前世の記憶がありました。正確には、ある出来事についての記憶が、まるまると残っていたのです。記憶が残っているお客様の様子だと、普通は断片的に記憶が残っているらしいのですが、私の場合ははっきりと、ある日のことが思い出せるのです。

 それは、人間として生活していた頃の妹との思い出。より正しくいえば、妹の最後についての思い出です。私は妹と、近所の山へピクニックに行ったのですが、少し開けたところのベンチで仲良くふたりで食事をしていると、突然妹の姿が消えました。真後ろの森の中へ、赤い腕によって引きずられていったのです。私は急いで立ち上がり、木を分けて、妹が連れ去られたであろう場所を探したのですが、全く、何の手がかりも見当たりませんでした。私は家に帰って、泣きながら両親に相談しました。近所の人や警察の方も協力してくれて、山で大規模な調査が行われたのですが、誰ひとりとして、妹の姿や、形見になりうるようなものさえも発見できませんでした。

 近所の人や、私の両親さえ、妹は神隠しにあったのだと言い始めました。そして、妹の素行に何か問題があったために、罰が当たったのだという人さえ出てきたのです。信じられませんでした。妹は、本当にいい子だったのです。それなのに、彼女のことをよく知らないような人たちが、まるで彼女が悪いこだったからだといい始め、そしてそれを確信するようになっていったのです。妹は私に対して、かなりの甘えん坊でした。ですが、友達はおろか、両親にだって、私に対してほどは甘えることはせず、むしろ我慢のできる子どもでした。それなのに、あの子は友達にもワガママに振る舞っていただとか、よく親を困らせていただとか、そんな話がどんどん広まっていくではありませんか。一緒に暮らしていて、そうではないとわかっているはずの両親でさえも、まるで最初からワガママで手のかかる子だったと話し始めるようになったのです。そしてあろうことか、欲張っているとオオクラ様という神様に連れ去られてしまうぞ、なんて教訓にまで発展し、例の山とその周囲では、オオクラ様信仰が始まったのです。

 なるほど、たしかにそれなら、妹の失踪はまさに神隠しということになります。ですが私は、そんなことは信じませんでした。妹は何も悪くないことを知っていましたし、それに何より――ほんの一瞬だけ見えた、昆虫のような、長くグロテスクな腕は、まるで神様という、神々しい存在の体の一部分だとは思えなかったからなのです。あれはそう、どちらかといえば悪魔の腕でした。妹は、悪魔によって殺されたのです。

 私は地域の人たちとは反対に、オオクラ様信仰を憎みました。それまでやさしかった近所の人たちが、全て敵に見えたのです。すれ違う度に挨拶を交わしていた人々は、みんな誰も、妹のことを知らなかったのだ、と。それどころか、彼女を貶めるような話まで捏造したではないか、と。私は高校を卒業するまで、その地域で嫌々生活をしていました。そのあたりで、私の記憶は終わっています。推測しかできませんが、そんな街で暮らしていくことはできないと、私は別の町に移り住んだのだと思います。神界では主に和菓子を取り扱っていますが、それに対して奇妙な親近感を感じていることを考えれば、おそらく似たような職についていたのではないかと思います。もちろんこれは推測の域を出ず、みなさんの知りたいこととは全く無関係なことですね。失礼しました。


 話を戻します。そんなわけで、妹が失踪してからいくらかの年月が経過し、どういうわけか私は、その記憶だけを保持して、この神界で生を受けました。シダキ様の従者――今ここに倒れている、かわいそうなこの子ではないどなたかから、主に神々の供物としての和菓子屋――および甘味処に従事するよう仰せつかって、しばらくは記憶保持の違和感を抱えながら、のんびりと生活をしておりました。

 ですがある日、店の前にぽつんと、竜のお面を被った女の子が立っているのに気づきました。一目で、シダキ様の従者のひとりであることはわかりました。なかなか入ってくる様子がないので、私が店の外に出て声をかけると、彼女は私の袖を掴んで、小さく震えるではありませんか。いったいどうしたのだろうと、心配になって腰を屈めますと、彼女は少しの時間だけ竜の面をズラし、その下に隠された顔を見せてくれたのです。本当に、一瞬でした。ですがその一瞬が、どれほど長く感じられたことでしょうか。いいえ、長く感じたというよりは、その顔を見たとき、しばらく私の思考は停止してしまったのです。なぜならその顔は、私の記憶の中で唯一残っている、人の顔と全く同じだったからです。散々親だの近所の人だのと話をしてきましたが、記憶の中の彼らの顔はぼやけていたのです。妹のその、かわいい笑顔だけが、私の記憶に鮮明に残っていたのです。

 私は我に返り、妹の転生体であろう女の子を店の中に引き連れて、しばらく話をしました。記憶違いではないか、人違いではないかと、お互いに確認し合っていたのです。そして、間違いなく私たちが前世で姉妹であったことがわかると、手を取り合って静かに泣きました。突然私たち姉妹は引き裂かれることになったのですから、再会がいかに喜ばしいことであったか。

 さて、感動の涙も渇いた頃、妹が切り出しました。新たに、オオクラ様という神が誕生したというのです。私はその名前を聞いて、耳を疑いました。そして、背中が凍りつくのを感じたのです。そのオオクラ様というのはまさか、私の愛しい妹を奪った、あの悪魔のことではないかと。そして凍りついた背筋は、すぐに怒りの炎で溶け出しました。妹も、同じ想いだったようです。そして彼女が続けるには、そのオオクラ様が、神々への供物の毒味を担当することになり、1日に100食も食べることになっているということでした。そして、オオクラ様は元々悪魔であり、神界の敵とならぬよう、大量の食事で買収したようなものであること、それゆえに、彼が高位の神の座に就いていることをよく思わない方が多くいることも教えてくれたのです。私たちは同時に、オオクラ様に復讐をしようと言い出しました。私たちの幸せな日々を奪った彼に、私たちの手で鉄槌を下さねば気が済まぬと。

 オオクラ様への供物は、私のところの金平糖でした。これは毒殺するのに、非常に都合がいい食べ物でした。といいますのも、金平糖には無数の突起があるために、体積に対して表面積が大きいのです。いってしまえば、毒を塗る面積が多いということになります。それと同時に、金平糖自体はかなり小さいので、仮に金平糖が疑われて一粒が検査にかけられても、死にいたる量の毒物は検出されません。さて、オオクラ様を殺すために用いた毒についてですが、これについてはわざわざ別で調達したわけではございません。私は最初から、この毒を持っていたのです。もったいぶらずに言ってしまうと、それは着色料でした。この着色料は液体でして、金平糖のカラフルな色合いをつくるのに用いられます。ですが、そうなると金平糖そのものが毒物になってしまいます。実はこの着色料は、それ自体毒性を持っていますが、加熱によってそれが損なわれるようにできているのです。砂糖を加熱して蜜をつくるのですが、その際にこの着色料を加えることで、無害な色つきの蜜ができるわけです。とはいえ、このままの金平糖では普通の方が召し上がっても無害な代物ですから、仇であるオオクラ様に対しても何の効力も持ちません。そこで私は、一度完成させた金平糖の表面に、常温の液体着色料を塗ったのです。熱が加わっていないために、やや色に違和感が生じるのですが、一見しただけでは私でも見分けがつきません。それに、オオクラ様には目と呼ぶべき器官が存在しないと妹から聞いていたので、大きな問題はありませんでした。

 一度、シダキ様たちが私のところへ訪問し、金平糖のサイズを変えるよう仰ったときは、非常に驚きました。ついに、私たちの復讐がバレてしまったのだと、内心かなり脅えていました。しかし、特に問い詰められることもなかったので、安心したものです。念には念をと、サイズを変えたものには着色料を塗ることはしませんでしたが。しかし、着色料を塗らない金平糖をお渡ししたということは、それまでに納品した金平糖の毒がうまいこと蓄積されていなければ、私たちの復讐は果たされません。私はただただ祈りました。どうか、私たちの悲願が果たされますようにと。あの悪魔を――私たちの手で懲らしめることができますようにと。そして先ほどスルガ様より、オオクラ様が亡くなったと報告を受けました。望みは叶ったのです。

 さあ、私の話は以上です。どんな処罰でも受け入れます。ですが――どうか、私のかわいい妹だけは、苦しみのない形で罰してもらえればと思います。この子はもう、十分に苦しんだはずです。軽減した分の苦しみは、どうか私に与えてくださいませ。私は生きているうちに、彼女の汚名をすすぐことができなかった、無力な姉だったのですから」


 長い告白。そして、凄惨な物語だった。

 僕はマモネさんに、何と声をかけたらいいのかわからず、向こうに見えるオオクラ様の亡骸を、ただ睨むことしかできない。

 シダキ様はいつもの微笑を浮かべず、顎に手をやって何やら考えているようだった。そしてその視線は、未だに眠り続けているマモネさんの妹――彼の優秀な従者のひとりに注がれている。いったい、仮面の下にどのような表情を浮かべて、彼女は眠っているのだろうか。罪のない自分の命を奪い、愛する姉から引き離した悪魔の最後を見届け、充実した思いに満たされたのだろうか。そしてその直後、犯行への関与を疑われ、どんな顔で逃亡を図ったのだろう。何より、僕の電撃はどれだけ痛かったのだろうか。ぶっ放した僕自身が相当の反動を受けているのだから、彼女へのショックは相当のものだろう。事実、なかなか彼女は寝覚めない。よく見ると小さく胸が上下しているので、たしかにただの気絶なのだろうけど。

 いったい、誰が悪いのだ。

 毒殺を試みたマモネ姉妹か。毒であるとわかっていてあえてトドメを刺した僕とシダキ様か。悪魔そのものである、暴食の神・オオクラ様か。何の興味も示さないツバキバラ様か。

 何かが、ひっかかっている。未だ目を覚まさない、マモネさんの妹から話を聞かないと、事件の全てを知ることができないような気がした。

 懲りもせず、ツバキバラ様はオオクラ様を殴っている。マモネさんは、妹をただ見守るばかりであったが、この沈黙はきっと、彼女をどんどん追い詰めていくだろう。何も悪を為していない対象への一方的な暴力ではなく、これは復讐なのだ。完全な悪ではなく、妹に対する愛情を由来とする行為であった。そして、少しだけとはいえど交流してわかるように、彼女はとても清らかな女性だ。そんな彼女が、この罪悪感に堪えられるとは思えない。

 僕はマモネさんの名前を呼ぶ。座ったまま、彼女が顔を上げる。今にも泣き出しそうな顔だが、抱きしめて慰めるわけにもいかない。シダキ様も、僕を見ている。あなたは呼んでない。

 僕は遠くに見えるツバキバラ様を指差して、彼女に言った。

「……とりあえず、一緒に殴りに行きます?」

 マモネさんはきょとんとしていて、僕は決して冗談で言ったつもりはないのに、難しい顔をしていたシダキ様が笑い始める。むっとして彼を睨もうとしたのと同時に、マモネさんも上品に、小さく笑ってくれた。


(続く)

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