犯人を捕まえたものの納得がいきません

「本当に、やることが多すぎるよね」

 またもや、段ボールの前に来ている。前というか、囲まれているというのが正解だろうか。100食の提供が全て僕の仕事になったために、段ボールの数は膨大になっていた。箱の側面には、中身がどこから来た何であるのかの記載はあれど、あまりにも多すぎて区別がつかなくなりそうだ。

 シダキ様と一緒に、ため息をつく。遠くの方に赤い檻が見えた。ツバキバラ様の檻である。シダキ様が予想していたように、最初は文句を言っていたツバキバラ様も、今ではすっかり静かになった。それどころか、一切の職務から解放されて喜んでいる節さえある。

「金平糖、どこだっけ」

 シダキ様が珍しく、遠い目で口にした。それほどまで、箱の数が多いのだ。

 金平糖というと、マモネさんのところのものだろう。たしかこの辺に置いたはずだと言うこともできないほど、風景が変わってしまっていた。これでまだ全て揃っていないというのだから、驚きである。その前に、どうにかして原因を突き止めたいところだ。

 まあ、シダキ様にはもう、犯人がわかっているらしいが。

 そして、金平糖を探せという言葉。ここから導き出されるのは――凶器は金平糖で、犯人はマモネさんということ。

 信じられないな。口に出さず、黙々と段ボールの間を泳ぐように歩く。


 ようやく金平糖の箱を見つけると、僕はわかりやすいように、それを箱の群れから遠ざける。

 するとちょうど、手に何かを持ったシダキ様が歩いてきた。近づいてくるにつれて、それがお猪口と徳利であることがわかる。少し前まで、削った金平糖を洗浄するのに使っていたものだ。

「この中から金平糖を探し出せた僕への、労いの一杯ですか?」

「そんな感じかな」

 冗談を言ったつもりだが、シダキ様の返答はどちらかわからない。

 シダキ様が、箱を一つひとつ開けていく。しばらく開け続けて、ようやく彼の手が止まった。中を覗く。作り直してもらう前の、小さな金平糖だ。少しだけ、残っていたらしい。他に開封されたものは、少しサイズの大きいものだった。突起を削るのに都合がいいということで、シダキ様がマモネさんに命じたもの。ビンに詰められているのでよくわからないが、一粒はおよそ、親指の爪の大きさぐらいか。

「まず、その大きい方を食べてみて」

 シダキ様が指を差す。疑うことなく手を伸ばし、ビンを取る。ずっしりとしているが、その気になれば1日で食べきれる量なのかもしれない。フタを捻る。きゅるきゅると、ガラスの擦れる音がした。

「注意深く、味わってみて」

 僕は頷き、大きめの金平糖を指でつまむ。宇宙から拾ってきた星のようで、子どもにとってはワクワクの対象になりうるだろうなと改めて思う。口に放り込む。ピンク色の金平糖だったが、桃味ということはない。いってしまえば砂糖の塊だ。しかし、マモネさんが丹精込めてつくったものだと思うと、愛おしさのようなものが舌の上に広がる。

「ちょっと、味わいすぎかな」

 シダキ様の苦笑いが見えて、急いで噛み砕く。すみませんと謝る。

「で、今度は小さい方。できるだけ、表面をじっくり舐めてほしい」

 それが何を意図するかはわからなかったが、とにかく彼の言葉に従った。通常サイズの金平糖のビンを手に取って、フタを外す。かわいらしいサイズで、このままアクセサリーにできそうだなと思う。このサイズだと、ビンの中に指を突っ込んで摘むのは大変なので、いくらか手の平に出してから一粒取った。

 言われた通りに、ゆっくりと味わう。

「こっちの方が、甘い……?」

 先ほどの大きなものが砂糖の味だとしたら、小さい方には人口甘味料のような味わいが足されている。

「それが、毒なんだよね」

 シダキ様の言葉に、金平糖を吹き出しそうになった。吐き出す代わりにむせる。背中をとんとんと叩いてもらった。

「念のため、これで消毒を」

 差し出されたのはお猪口。ゆらゆらと液面が揺らぎ、早く飲んでよと急かされる気分になる。頭を小さく下げてから、お猪口を受け取って酒を飲み干す。砂糖とは違う、痺れを伴う甘さが喉に染みていく。

「まあ一粒だし、毒も少量だから、特に問題が起こるようなことはないと思うけど」

 シダキ様は、大きい方の金平糖を口に入れた。ごりごり噛み砕かれる音がする。


 球体があったとして。

 それを縦に真っ二つに切ったとすれば、表面積は切断面の分だけ増える。そこからさらに、横に切っても増えるのだ。斜めに切っても増える。表面積は、基本的には分割するほど増えていく。

 あるいは、フライドポテト。ポテトフライでもいいが、ここではフライドポテトとする。ジャガイモの表面に油がコーディングされるとして、同じジャガイモの重さなら、太いポテトよりも細いポテトの方が油を多く含みうる。あくまでも、内部に染み込まなければ――体積の影響を受けなければの話だが。理由は、先の球の例と同じだ。ジャガイモは、細く切れば切るほど表面積が増加する。表面を油が覆うのであれば、表面積が大きいほど油も多くなるというわけだ。

 そして、金平糖も同じじゃないかという話。人間の腸には、吸収効率を高めるため、たしか絨毛じゅうもうという名の突起が無数に存在している。腸に許された体積はそこまで多くないので、その分表面積で工夫しているのだ。つまり突起は、表面積を増やすのにうってつけ。ところで金平糖は、球に無数の突起がついたようなものだ。そして金平糖は小さい。限界近くまで分割された球は表面積を増し、さらに突起がそれを倍増させる。

「多量の毒で殺せば、原因が特定されやすい。しかしここでジレンマが起こる。あまり少なすぎても、効き目がなくなってしまうからだ。つまり、毒は分割させた方がいいし、摂取させる総量も多い方がいい。それを同時に叶えるのが金平糖だ。甘い毒なら表面に塗っても誤魔化せるし、怪しまれて一粒毒見しても異変は感じられない。常識外れの量を摂取しない限りは、全く気づかないというわけ」

 そしてターゲットは、よりにもよって常識外れの食事をする元・悪魔。

「気づいたときにはもう遅く、オオクラの体はだいぶ蝕まれていた。けど、まだ遅い方だ。本来だったら、もっと早い段階で毒が効き始めていただろう。いつ死ぬのか、いつ死ぬのかと、金平糖に毒を塗る生活なんて、そう長く続けられるものじゃない」

「もしかして、ツバキバラ様は――」

 シダキ様が笑った。

「彼にはそのつもりはなかっただろうし、そもそも毒が塗られてるなんてことも知らなかったはずだ。ただ彼の気まぐれ――正確にはワガママが、図らずもアルコール洗浄という形で、毒の効果を薄めることになった」

 シダキ様が立ち上がる。つられて僕も立つ。

「それ、持って」

「え?」

「小さい方ね」

「破棄するんですか?」

「トドメを刺すっていったじゃないか」

「はい?」

「オオクラには、退場してもらおう。別に僕は犯人を裁きたいわけじゃないが、興味があってね。オオクラが死んで、いったい犯人たちが、どんな顔をするのか」

 犯人、たち?

 物騒なことを話しているのにも関わらず――オオクラ様には申し訳ないが――僕はその複数形が気にかかった。


 まるで、タマゴのバケモノだなと改めて思う。以前見たときと変わらず、いや、もっと苦しんでいる様子のオオクラ様は、そのタマゴボディのヒビ割れを大きくしていた。なんとなく、死ぬときは殻が割れるんじゃないかなと想像する。まあ、今がその「死ぬとき」なんだけど。

 一応神様だからと、食事は全て貢ぎ物ということになっている。杯に、目一杯の金平糖。豪華な皿ということにしているが、本来酒が注がれているべきものに金平糖が山盛りになっているのは、なかなか奇妙な光景であった。神への供物というより、雑な食事のように見える。よくもまあ、あれだけ小さな粒が綺麗な山をつくっているものだ。金平糖の突起がうまいこと摩擦を生んで、粒同士の結束を強めているのかもしれない。

 そして何より、僕がつくったあの山を、毎回ツバキバラ様はあのバケモノじみたオオクラ様の前に献上していたのかと思うと、笑えてくる。健康な状態のオオクラ様に、言葉は通じたのだろうか。ツバキバラ様がこの状況で、悪態をつかないわけがない。

 酒はオオクラ様にとって毒となりうるだろうが、今回は金平糖に塗られた毒を軽減する役割の方が大きかった。部下への理不尽な命令だったとはいえ、むしろオオクラ様の延命に役立ったのだから、事態が落ち着いたらツバキバラ様は功労者として讃えられるかもしれない。

 しゃぐしゃぐと、オオクラ様が金平糖を食べていく。衰弱しているからか、見た目のわりに酷くゆっくりだった。隣で早食い競争をしたら、僕の方が早いんじゃないかという具合である。もちろん、山盛りの金平糖を食べ切る自信はないが。なんならあれ、毒だし。

「スルガくんに近寄ってくる者や届いた不審物がないとすれば、犯人の目的はオオクラの死そのものだ。出世が狙いならば、オオクラの毒殺は第一段階に過ぎないからね」

 せっかく角を生やして威厳を出してみたものの、全くのムダだったというわけだ。角を撫でる。シダキ様のエネルギーが凝縮したものだからか、ひんやりとしながらもちりちりと焼けていくような感覚がある。

 オオクラさまは、ゲームで見るミミズのモンスターのようだ。目がないというのに、いったいどうやって金平糖の位置などを把握しているのだろうか。

「タイミングがよかったというか悪かったというか。君が困っているのを見かねた僕が、マモネさんのところに金平糖のサイズを大きくするようお願いしたとき、オオクラの危篤報告があった。つまりその段階で毒が効きはじめたというわけだ。金平糖のサイズを変えろなんて妙な依頼に、疑り深くなるだろう。何か裏があるはずだと。大きくしろといわれているから、大きくするべきだし、勘付かれている可能性もあるから、しばらくは毒のないものを出荷しなければならないな、なんて」

 だから大きい方の金平糖は、毒の味がしなかったのだ。マモネさんが計画を中断して、サイズ以外はごく普通の金平糖をつくるようにしたから。

「まあ残念ながら、僕は名探偵じゃない。僕自身が、犯人の残したうっかりに気づいたわけじゃないんだ。不審者に関する証言があって、そこを疑ってみたら、まあこういうことかな、というだけ」

 しゃくしゃくという咀嚼音が、ぴたりと止まる。その代わりに、耳を塞ぎたくなるような呻き声が始まった。オオクラ様のクチバシから、ばらばらと唾液が垂れていく。ねばついた唾液に、嫌悪感を覚えた。昆虫のような脚ががたがたと震え、タマゴ型の巨体を支えられなくなる。がしゃんと音がして、体の下の部分が地面につく。黒い液体が底から流れていくが、ヒビの入った側面からも、そのうち溢れ出してくる。見ていて気持ちのいいものではない。目を背ける。

 目を逸らした先に、何かが見えた気がした。はっとして、顔をあげる。向こうもそれに気づいたのか、くるりと振り返って走り去っていく。

「シダキ様! 誰かいました!」

「電撃!」

「はい!?」

「その角、電撃出せるんだよ! 強く念じれば出せるから!」

 出るのか、電撃。街中でぶちかまさなくてよかった。そういうのは最初にいってほしい。

 精霊ゆえ大した力なんかないのだが、言われるまま去って行く背中を睨みつける。とんでけ、電撃。

 ばちんと音がして、自分の上半身が吹き飛んだような感覚に襲われる。もちろん、実際に吹き飛んだわけではない。痺れたのだ。

 歪んだ視界に、何度か屈折しながら空を切る光が見える。電撃だろう。僕が出したのだ。すごいじゃん、僕。言ってる場合ではない。背中から倒れこむ。頭を強く打った。

 ぱきんと音がする。精神体だからそんなものないのだが、頭蓋骨が砕けたのかと思った。頭が軽くなる。角だ、角が折れたんだ。触って確かめようとするも、腕が動かない。血の気が引いたような感覚。貧血だ。貧血と同じ感覚じゃなかろうか。頭が揺れているわけでもないのに、視界が左右に動いて定まらない。

 遠くの方でバシンと音がして、何かが倒れる音もする。逃げた背中に、無事雷が当たったのだろう。いったい誰だろう。まさか、マモネさんだろうか。いや、それにしては背が低すぎた。じゃあ、誰だ。マモネさんの、共犯者の方か。確認したいが、起き上がれない。

「大丈夫?」

 シダキ様が、笑いながら聞いてくる。あまり、大丈夫ではない。

「もう少し、寝かせてください」

 情けねぇなと、ツバキバラ様の呆れる声が聞こえた気がした。幻聴か。

 そうなんです、僕は情けないんです。頭の角から電撃出して、犯人を退治するなんて器じゃない。僕はあなたと一緒に、交通安全教室でもやってる方が性に合ってるんですよ。


「まさか、この娘だったなんて……」

 当たり前だが、電撃を放った本人よりも、ぶつけられた方がショックがデカい。僕が目を覚ましても、まだその娘は倒れたままだった。

 竜のお面。シダキ様の従者のひとりだ。

「ああ、こいつで間違いねぇな」

 檻から出されたツバキバラ様が、彼女を見下して言う。しゃがんで気にかけてあげるという気持ちはさらさらないようで、むしろ「お前のせいで牢にぶち込まれたんだぞ」と唾でも吐きかけそうな雰囲気だ。

 ちらりと、後ろを振り返る。タマゴの殻が、どっしりと残っていた。6本の腕はなくなっており、溢れていた黒い液体も蒸発してしまったようだ。これで、オオクラ様は消滅してしまったらしい。あの殻は入れ物の役割をしているため、中身であるオオクラ様が消えても残っているとのこと。あれ、いったいどう処分するんだろうかと、変な心配をしてしまう。たぶん僕が処理を任されそうだな、という予感があるからだろう。

「オオクラに金平糖を食わせてるとき、いつも見られてるような気配を感じてな。いつだったか顔が見えて、竜の面だったからシダキんとこのじゃんって」

「どうして、そのときに問い詰めたりしなかったんですか」

「面倒くさかったから」

「……どうして、早く教えてくれなかったんですか」

「面倒くさか――」

「わかりました、もういいです」

 全く、この人は。濡れ衣を着せられていたというのに、汚名を雪ぐことすら億劫に感じるのだ。そのクセ文句はしっかり言う。不満なら、動けばいいのに。

「マモネさんとこの娘は、いったいどういう関係なんでしょうか?」

 アリの行列でも見るように、シダキ様は女の子を見下ろしている。怒っている様子はなく、早く起きないかなと思っているようだった。

「そして、オオクラにどんな恨みがあったのか……」

 ぽつりと、シダキ様が呟く。

「シダキ様も、そこはわかってないんですか?」

「何となく、推測できるけどね。答え合わせはしておきたいかな」

「でも、起きませんよ、この娘」

「僕としても、早く真相が知りたいんだよね。だから、連れてきてくれないかな」

「……誰をですか?」

「もうひとりの方」

 マモネさんのことだ。

「折れた角じゃ、格好がつかないかもしれないけど」

 笑われる。はっとして、頭を触る。先の欠けた角。さぞ不恰好だろう。お願いして、取ってもらおう。もう必要のないものだ。僕はオオクラ様の後継者ではない。角も偽物。僕の居場所は、ツバキバラ様なんだ。角も地位も名声もいらない。穏やかに暮らしていたい。


「マモネさん」

 何時間ぶりだろうか。まるで彼女に会うために通いつめている健気な客だな。

 そろそろ僕の声を覚えてくれたのか、あまり慌てることなく、ゆったりとマモネさんが店の奥から出てきた。

「どうしたんですか、その角……?」

「名誉の負傷、ってやつかもしれません」

 結局、おもしろいからという理由で、角はまだ僕の頭から消してもらえていない。シダキ様やツバキバラ様は笑っていたけど、マモネさんは笑うことなく、心配してくれていた。たしかに、痛そうではある。痛みは全くないのだけれど。

 そして、僕はこの無様な姿を同情してもらうために来たわけではない。

 笑顔は、つくらないでいよう。シダキ様のような、怒らせたら怖い大物の雰囲気は出せないからだ。それにたぶん、そんなに喜んでくれるとも思えない。

 あくまでも、罪悪感のようなものを、引き出せるように、重苦しく。

「オオクラ様、死にましたよ」

 どうしてそれを、と言いたげに、マモネさんの目が見開かれる。お話を聞かせてくださいと伝えると、彼女は紺色のバンダナを外して静かについてきた。

 尖った耳が、少しだけしょんぼりと下がっているように見える。


(続く)

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