反逆の疑いで上司が捕まっています

 元・悪魔のオオクラ様。邪悪なる存在故に、浄化作用のあるアルコールは弱点となりうる。

 彼のための献上品である、マモネさんのところの金平糖。僕はその突起を全て削り、酒で洗浄した。

 オオクラ様は今、死にかけている。原因となる食べ物が判明していない以上、食事の量や回数を減らすべきではあるが、暴食の神であるために、食事を摂らないでいるのは、それはそれで問題だった。大いなる魂を維持するためには、大きなエネルギーを絶えず取り込む必要がある。オオクラ様にとってそれが食事だ。笑いの神であればたくさんの笑い声がエネルギー源だったりするのだが、オオクラ様は「たとえ毒でも食さなければならない」のだ。そうでなければ、精神体は次第に衰弱していく。

疑わしき食事は100、関与している神々は20。その全てを調べるより先に、毒が作用して息絶えるか、エネルギー不足により消滅する可能性も非常に高いそうだ。調査が長引けば、衰弱の確率はどんどん高まっていく。原因特定が困難になっていくというわけだ。


「で、どうして俺がこんな目に遭っているんだ?」

 赤い檻の中で、不服そうにあぐらを組んだツバキバラ様が言った。睨まれて僕は萎縮する。ツバキバラ様はフンと鼻を鳴らすと、次にシダキ様を睨む。しかしシダキ様は怯むことなく、どういうわけか楽しげに微笑んでいた。

「スルガ、お前俺を裏切ったな?」

「別に、裏切ったとかそういうわけじゃ……」

 シダキ様が、僕をかばうように腕を出す。

「どちらかというと、君が裏切った形になっているよ」

「は?」

 驚きと呆れの混じった、ツバキバラ様の声。

「オオクラの状態を知られないようにしていたけど、彼に仕えていた、君を除く99の神々に知られないよう手を回すより先に、オオクラが死にかけていることがバレてしまった。まあ、正直そんなに尊敬されているような神々ではなかったから、ショックを受ける者はいなかったけどさ。怪しい行動を取っている者を取り押さえておく必要が出てきたんだよ。反逆罪という体で、今君は捕まっているというわけ」

 全員が疑われている状況になれば、犯人は下手に動くことをしなくなるだろう。では、誰かが疑われている場合はどうだろうか? 犯人からすれば見当外れの対応だ。そうなると、自分の犯行がバレていないことに驕りが生じうる。

「自分に疑いの目が向いてないならばと、調子に乗って毒の量を増やすことも考えられる。もしそうなれば毒の速効性が高まるから、原因となった食事の特定も簡単になるかもしれない。ちびちびと盛られていれば疑惑は薄く広く、盛大に仕込まれていれば濃く狭くなる。もちろん、調子に乗ればバレてしまう可能性が高まるというようなことを、向こうが気づいてなければの話だけど」

 シダキ様が話している最中も、ツバキバラ様は僕を睨んでいた。視線を落とす。

 アルコールが害となりうるなら、僕のやっていた作業がオオクラ様を死の淵に追いやっているかもしれない。シダキ様にそう相談すると、彼は嬉々とした表情でツバキバラ様を檻に閉じ込めた。

 シダキ様は、角を操る能力に長けている。神々の角それ自体が凝縮されたエネルギーであるため、それを生成するには相当の力を要するのだが、いとも簡単にそれを地面から生やし、それを強固な檻へと変えてしまうシダキ様は本当に恐ろしい。攻撃にも防御にも使える彼の武器を、ツバキバラ様を捕らえる牢獄にしたわけだ。

「スルガくんが謎の作業を金平糖に施していたのは、君の指示があったからだ。そしてそれがオオクラを苦しめているのだとしたら、その責任は君にある。それどころか、自らの手を汚さずに事を進めようとしたのだから、より罪は重くなるというわけだ」

「俺があいつを殺して何になるってんだ?」

 ツバキバラ様は、僕に言っているようだった。わからないので、首を振る。ものすごく怒っているだろうと想像できるので、顔を上げることができない。

「まあ僕はね、君がどうしてそんな滑稽な指示を出したのかはわかっているよ」

 あまりにもけろりと言うので、僕は驚いてシダキ様を見る。彼は僕と目を合わせて、やさしく目を細めた。

「もちろん、その理由をスルガくんに説明したっていいんだけど――」

 言葉の途中で、バキンと音がする。

 ハッとして檻を見ると、ツバキバラ様を覆う角のいくつかに亀裂が入っていた。ツバキバラ様の、眉間の皺が深くなっている。僕ではなく、シダキ様を睨んでいた。怒りで空気を振動させ、その衝撃で檻にヒビを入れたのだろう。

「疑わしきは罰さない。けどしばらく、ツバキバラには「愚かな調査隊」を演出する道具のひとつになってもらうよ」

 足音がして、後ろを振り返る。オオクラ様の容態を報告してくれた、竜のお面の女の子だ。僕を追い越して、檻の前に立つ。ツバキバラ様をじっと見ているようだったが、目が見えないのでわからない。

「その間は、交代で僕の従者たちが君の世話をしてくれるから。オオクラへ金平糖を運ぶのも、スルガくんにしばらく代行してもらう。のんびりと、そこで暮らしててくれたまえよ。なぁに、退屈な時間を過ごす場所が変わっただけさ」

 そういってシダキ様は、僕の肩をとんと叩いて歩き始める。僕は一度ツバキバラ様を見て、ぺこりと頭を下げてから、シダキ様を追いかけた。後ろの方で、舌打ちが聞こえる。

「シダキ様」

 小さな声で名前を呼ぶと、シダキ様は首を捻ってくれる。

「僕は、ツバキバラ様が犯人だとは思えません」

「うん、僕もそう思ってるよ。彼には妙な指示をしたという疑わしい証拠はあっても、動機がないんだ。面倒くさがりの彼が、形式的に上官であるオオクラを仕留めようとするはずがない。面倒くさがりだから部下に命じたということもありうるけど、それは動機にはならない。疑わしいことをしてしまった原因ではあっても、オオクラを殺す理由にはなりえないんだ」

 さっきから仕留めるだの殺すだの、物騒な単語が出てくるものだ。僕なんかが口にしたら厳しい制裁は避けられない。飄々と神の死を口にできるのは、シダキ様自身が、偉い神様だからだろう。

「さて、スルガくん。ひとつ君に謝らなければいけないことがある。いや、そんなに重要なことではないんだけどね」

 立ち止まって、シダキ様が言った。僕が息を呑むのを、待っているのだろうか。じっと僕の顔を見たまま、動かない。

「なんでしょうか?」

「原因の特定を進めたところで、オオクラは消えるだろう」

 え?

 声に出ない。ぽかんとしてしまう。開いた口へ詰め込むように、シダキ様が言葉を続けた。

「塵も積もれば力となり、継続は山となる、というわけだ」

 ことわざを、わざと間違えて遊んでいるようだ。

「相当、毒が蓄積されていたんだ。あれはもう助からない。今すぐに消えることはないだろうけど、オオクラの消滅は必ずやってくる」

 まるで天気の話をするように、シダキ様は話していた。彼ほどの地位になると、神が消えることなど雨が降るのとそう変わらないのかもしれない。

「そんなわけで、若干の任務変更だ。スルガくん、オオクラにトドメを刺してほしいんだけど」


 ニキビを、ずっと触ってしまう感覚かもしれないな。

 普段よりも頭が重い。その原因である赤々しい角を、両手でさする。電撃でも放出できそうな雰囲気だが、僕自身のものではないから、ただの飾りでしかない。肩が凝る。

 シダキ様の従者はその証として、シダキ様から角を授かることになっていた。深紅の短い角をふたつ生やしていることで、何か重大な任務に関与しているということを示しているのだ。実際、竜のお面の従者然り、シダキ様に仕える者は精霊であるが、低位の神よりも職務が重かった。いわば、大出世である。精霊でありながら一般の神以上の功績を残せるのだ。

 しかし、それだけ目立つということでもある。ため息が出た。

「仮に、誰かがオオクラを殺すことで、その席を狙っているとする。その場合、犯人にとって一番嫌な事態というのは、オオクラが消滅したあと、彼の立場を引き継ぐ者が決定していることだ」

 シダキ様の言葉を思い出しながら、目の前の金平糖を眺める。たしかに大きくはなっているが、削るべき箇所も大きくなっているので、そんなに作業が楽になるとは思えなかった。まあ、突起を削れという上司が現在拘束中なので、それに従う必要もないのだけれど。そもそも洗浄に用いた酒が疑われているので、どれだけ頭の中のツバキバラ様が怒り狂おうとも、知らん振りをしなければならない。

 問題は、金平糖以外の大量の段ボールだ。この中に毒があるかもしれないと考えると、気が重くなる。

「ツバキバラは、偽りの反逆者。スルガくんは、偽りの後継者というわけだ。犯人がオオクラ毒殺による成り上がりを期待しているのであれば、その地位を引き継ぐスルガくんが邪魔になる。同じように、君を殺そうとするかもしれない」

「僕に近づいてくる者がいたら、犯人の可能性が高いということですね?」

「あるいは、急に謎の貢ぎ物が来た、とかね」

 恥ずかしながら僕は、次の「上位の神」として様々なところで紹介されている。未だ檻の中にいるツバキバラ様には、角を指差して笑われた。そして、お前の元で働かされるのはごめんだな、という嘆き。僕だって、かつての上司を顎で使いたくない。まあ偽りだから、そんなことは決してありえないんだけど。

 予想とは違い、僕に近づいてくる者や不審な貢ぎ物はなかった。成り上がり目当てというのは見当違いで、単なる怨恨という説が強くなってくる。もちろん、僕のことが犯人に知れ渡っていればという前提に基づいてはいるが。

 さて、どのみち消えてしまうらしいオオクラ様のために何かをすることはできないので、シダキ様は犯人探しの方に重点を置き始めた。つまり毒物の特定である。

 毒はどこに含まれているかわからない。1食あたりの量も少ないらしかった。そうなると、いっそのこと同じ食事を多量に与えてみた方がわかりやすいというわけだ。1日1食、少量の毒を食べていたならわからない。だがその食事を100食一気に食べたらどうなるだろうか。当然、容態は悪化するはずだ。

 どうせ消えるのなら、盛大に散ってもらおう。そうすれば原因がわかりやすい。シダキ様に、オオクラ様を助けようという気はさらさらなかった。家庭菜園の話をするかのように計画を提案するシダキ様は、僕の知っている優しいシダキ様と表面上は同じでも鋭さが違っていて、どっちが本物かわからない。

 オオクラ様への配膳は、100件全てが僕の仕事になった。後継者だからという雑な理由づけである。もちろん実際は、疑わしき19の神々の介入を排除するためだ。僕が配膳しても毒の作用が出たなら、製造の段階で混入していたことになる。これで何も効果がなければ、届いた貢ぎ物がオオクラ様に運ばれる段階で――つまり19の神のうちの誰かが、毒を盛っていたということ。

「それでももし、何もなかったら――」

 ツバキバラ様の、責任になる。

 僕にはやはり、ツバキバラ様がオオクラ様を消そうとしているとは思えない。だから早いところ、彼の無実を証明しなければいけないのだ。


 同じものを100食、口に突っ込むという都合上、普段よりも多量に納品してもらわなければならない。しかし、100食お願いしますと言われた犯人が、警戒しないでいるだろうか。一部しか毒を混ぜないようにするかもしれない。何度か話題に上がっているように、犯人が勘付いて、毒を一切混ぜずに様子を見た場合が最悪だ。特定できないままオオクラ様は死に、ツバキバラ様が犯人ということになってしまう。

 以前100の店を観察したのと同じように、僕は今、オオクラ様用の食事を提供していた店全てを回っている。100食分用意するように、お願いするために。ここまで回ってきた26件全てで、嫌な顔をされてしまった。正気ですかと、聴き返されたこともある。しかし僕も引くわけにはいかないので、シダキ様からいただいた角が威厳を放っていることを祈りながら、普段よりも声を落としてお願いをしていた。お願いというか、命令だ。ぼんやりとだが、人間だった頃の「高圧的な上司」を思い浮かべ、参考にした。だが、僕自身がどちらかというと圧をかけられる側だったため、たぶん様になっていない。

 そう考えると、どれだけ命令されても嫌だと感じなかったツバキバラ様は、僕にとって本当に特別なのだと思う。そこらの人に言われたなら傷ついてボロボロになるであろう言葉も、あの方の口から放たれたなら、ため息ひとつで済ませられる。

 僕はあの方を、信頼していた。

「でも、向こうはそうじゃないのかもしれない」

 つい、口に出してしまう。落ちた言葉は、青白い地面の染みのひとつになった、ような気がした。本当に言葉が落ちているわけではないのに、タバコを消すように地面をなじる。

 次は、金平糖をつくってくれたマモネさんのところだ。何となく気を引き締めて、顔を上げる。別にいい顔をしたいわけじゃないが、好感を持てる女性には、同じように好意を持ってほしかった。

「あれ?」

 だが、先客がいるようだ。正確には客ではなく、外から店を眺めているだけなのだが。

 あの顔を、僕は知っている。顔というか、あのお面だ。まさに、僕とシダキ様がここを訪れたとき、オオクラ様の容態を、ツバキバラ様から聞いて、教えてくれた竜のお面。

「あの、どうかしましたか?」

 声をかける。びくりとして、こちらを振り返った。彼女は僕を見て、さらに驚いたようだったが、仮面の下は見えないので実際のところはわからない。

「今は、ツバキバラ様の見張りじゃないんですね」

 そういえば、交代制だと言っていたな。

「ええ、そうなんです。休憩中と言いますか、何というか」

 急に声をかけたからかもしれないが、以前ここで報告を受けたときよりも幼い声だった。体も小さいし、もしかすると若くして亡くなった子どもの魂なのかもしれない。人は大人になればなるほど人間界に染まっていくが、それは逆に、若ければ若いほど魂が純粋だということでもある。寿命を迎えた魂は、その穢れを地獄や煉獄で浄化する必要があるが、子どもの場合は穢れが少ないので、比較的すぐに転生が可能だと聞いた。

 まあ、今のは僕の推測で、本当にこの娘が以前人間だったかはわからない。実際は心の綺麗な中年男性だったかもしれないし、仮にそうだとしても、その頃の記憶があるわけでもないだろう。それこそ僕のように、記憶の初期化がうまくいっていない場合を除けば。

 しばらく居心地が悪そうにしていたが、竜のお面の娘はぺこりと僕に礼をして、そそくさとどこかへ消えてしまった。嫌われているのか、恥ずかしがり屋なのか。

 もしかしたら、彼女はここの常連なのかもしれない。通貨のようなものがほとんど存在しない神界では、たいていが顔パスだ。もちろん、その身分によって顔パスできる範囲は違うけれど。精霊とはいえ、シダキ様の従者である彼女たちは、ツバキバラ様と同等の地位にある。きっと、甘いものも好きなだけ食べられるだろう。

 ショーケースを見ていたのに、僕が声をかけたのだとしたら。幸福のひとときを邪魔したのかもしれない。そう思うと、急に申し訳なくなる。

「マモネさん、ごめんください」

 暖簾をくぐって、店の奥を覗く。前回同様、客の顔を見るより駆けつけることを優先しているように、やや前のめりで作業場から出てきた。

「いらっしゃいま――」

 顔をあげた彼女の顔が、固まる。視線は、やや上。僕の角に注がれていた。

「これですか、似合わないですよね。出世したというか、なんというか……」

 世間話をしにきたわけじゃない。頭を振って、本題を伝える。

 まさか、毒のチェックをするために100食分一気に食べさせるなどと伝えるわけにはいかない。もしそんなことをすれば、犯人に警戒されるからだ。しばらく慌しくなるため、配達してくれても対応ができないかもしれない。だから一度にまとめてくれた方が、すれ違いにならずに済む。こんな具合だ。

「かしこまりました。ありがとうございます」

 話を聞き終えて、マモネさんが微笑んでくれる。僕はもしかしたら、人間だった頃に和菓子屋さんの女性店員に片想いをしていたのかもしれないなと、勝手な想像をしてしまった。それくらい、彼女の笑顔は温かく、心地いい。

 もう少し、話がしたいな。そんな欲求が、つい出てきてしまった。

「シダキ様の従者のひとりに、竜のお面をつけた娘さんがいるんですが、ここの常連さんなんですか?」

 そして、僕はすぐに自分の欲望を後悔することになる。笑顔をもっと見たいと思っていたのに、彼女の顔がやや曇ってしまったのだ。

「あ、いえ! さっき、彼女が店の前にいたものですから、そうなのかなって、思っただけです、すみません」

 すぐに謝る。僕の謝罪にびくりとしたように、彼女は再び笑顔になって頭を下げた。

「謝らないでください。急に言われて、どの方だろうと、記憶を辿っていただけですので」

「そうですか、それならよかったです。それでは、がんばってください。失礼します」

 深々としたおじぎを背中に受けて、僕は再度暖簾をくぐって店を出る。角が暖簾を破ってしまわないかと不安になり振り返ったが、暖簾は傷ひとつついていなかった。

 角をさする。必要以上に、これが彼女を怖がらせてしまったかもしれない。ため息をつく。名誉ある角だが、早くこれが不要になってほしいと願った。

 目を開ける。目の前に笑顔のシダキ様が立っていて、思わず間抜けな声と共に後ずさる。

「シ、シダキ様。どうかされたのですか?」

「今、何件目?」

 質問の意図がわからないでいた。しばらくして、ぴこんと頭の上で電球が灯る。もちろん、実際にそんなものはない。頭の上にあるのは電球ではなく、角だ。

「今ので、27件目でした。あと、73残っていることになります」

「ご苦労様、もういいよ」

「そうですか、ありがとうござ――」

 きょとんとする。

「もう、いいというのは?」

「調べる必要がなくなったかもしれないんだ」

「え?」

「犯人、わかったかもしれないってこと」


(続く)

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